二人は再び馬車に乗せてもらい、空港へ戻ろうとしていた。
「なぁ、メアリー。今、我々を追い抜いていった馬のついていない車は? この世界には自動車もあるのか?」
「うん、あれは蒸気自動車だよ」
「蒸気? 蒸気機関か」
マモルの問いかけにメアリーが応じる。
なるほど、そう言われれば周囲に水蒸気の湯気を放っている。
「うん。あれ? マモルのあのでっかいゴーレムは蒸気駆動じゃないの?」
「まさか。オービタル・レイバーの動力炉は核融合炉だ。まぁ液体を加熱させてタービンを回しているのは同じだが」
「タービン?」
トネリコを含むオービタル・レイバーと呼ばれるロボットの動力である核融合炉は重水素を用いて電力を発生させ、駆動させる仕組みだ。だが、メアリーにそれを理解してもらうのは難しいだろう。そもそもマモルも重水素を燃料とする以上のことは知らない。
「待て、まさかこの世界、モータがない? 電気というが概念がまだないのか?」
「電気?」
メアリーが首を傾げる。
「なるほどな。……待てよ? この世界は粒ではなく波で世界が出来ているという話だったよな?」
「うん、そうだよ」
「なら、なぜ核融合炉が動くんだ」
マモルも核融合炉の詳しい仕組みは知らないが、それが原子核の性質に由来するものだという程度のことは知っている。
この世界が、粒――原子核――ではなく波――音波――で構成されているというのなら、なぜトネリコは相変わらず動いているのか。
「……空港に戻ったら、貸し倉庫に入れてもらったトネリコの動力状態を解析したほうがいいかもしれないな」
「ってかさー、冷静に考えたら、ボク、マモルのことなんにも知らないや。あのオービタル・レイバーってのは何なの?」
思案していると、メアリーがそんな事を言い出す。
「オービタル・レイバーは、その英語の示す通り、衛星軌道上で労働するために作られた作業ロボットだ。それがどんどん宇宙空間で使える汎用作業ロボットになり、やがて、兵器としても転用された。まぁそもそもがマニピュレータ、つまり手を持った人型だからな、何でも持てて便利だったんだ」
「つまり、元は作業用ゴーレムだったのが、便利だったからどんどん色んな用途に使われ始めて、最終的に戦闘用にまでなったってこと?」
「そういうことだな。今では地上では行動できるし、飛び上がってから滑空するような空中戦用の装備もある」
「本当に多機能なんだね。それにしても、オービタル・レイバーか。聞き慣れない語感の言葉だけど、マモルの世界では普通の言葉なんだね」
「そうだ。英語と言って……。待て、言語だと?」
そういえば、自分とメアリーは今、何語で話しているのだ。なぜ出会い頭から会話ができたのだ、と気付いた。
自動翻訳装置が働いているのだと思っていたが、それにしては出会い頭で会話が出来たのはおかしい。以下に類似した言語があったとしても、数語、それを聞いて確認する工程が入るはずだった。
マモルが腕につけた携帯コンピュータを起動し、自動翻訳装置のプロパティ画面を表示する。
「ねぇ、それはなにー?」
と問いかけるメアリーと一度スルーしつつ、確認すると、【自動翻訳起動中 -スカイワールド語-】という表示が出ていた。当然、聞いたことのない言語だが。
(つまり、宇宙連合軍のデータベースにはこの世界の言語データがある?)
首を傾げながら、マモルはスカイワールド語とやらについて詳細データにアクセスしようとするが、表示は【統合環境データリンクにより取得】【詳細不明】。つまり、宇宙連合軍のデータベースではないようだ。
(このコンピュータはどこでこんなデータを拾ってきたんだ?)
「これは携帯コンピュータだ。まぁ、基本的にはトネリコのリモコンみたいなものだな」
マモルは分からないことだらけだ、と息を吐きながらメアリーに向き直る。
「トネリコって、あのオービタル・レイバー? の名前だったよね? でも、リモコンってなにさ」
「リモコンってのはリモートコントローラっていう英語の略だ。なんと言ったらいいか、そう、トネリコの頭脳と遠隔で繋がっているんだよ」
「へぇ、すごいね。その仕組みをうまくすればジッグラト同士を繋いだり出来るんじゃない?」
メアリーは興味津々だ。
「確か電波通信のはずだから、電気の理屈のないこの世界では難しいんじゃないか?」
「ならその電気? とかってのも使えるようにすればよし!」
ふふふ、ジッグラト間の通信、大きな商売の匂いがするぞう、とメアリーは嬉しそうだ。
「アルカディアを目指すんじゃなかったのか」
「その道中の話だよ。途中色んな島に寄るんだし、生きていく以上はお金を稼いでいく必要がある。だから、道中、ジッグラト間を繋いでいく。これは儲かるよー」
メアリーは新しい儲け話に夢中だ。実現可能性が低いことを指摘すべきか悩んでいると。
「そこの馬車、止まれ!」
馬車に立ちふさがるように、五人の男が飛び出してきた。
慌てて馬車が止まる。
「山賊だ!」
馬車の主が叫ぶ。
「行こう、マモル、ボクらが守らなきゃ」
慌ててメアリーが馬車から飛び出す。
「あ、おい」
マモルも慌てて続く。
「ちっ、用心棒がついてたか、ツイてないな」
山賊が舌打ちしながらフリントロック式ピストルに似た拳銃を取り出す。
「簡単にボクらを倒せると思うなよ」
メアリーも似た見た目の拳銃を二丁取り出す。
「やるしかないのか」
マモルは逡巡の末、携帯コンピュータの裏に搭載された小型の
【弾丸を選択してください】
PDWとリンクした携帯コンピュータが弾薬の選択を迫ってくる。マモルの持つPDWは基本的にレーザー、即ち、光そのものを弾丸として放つ武器だが、レーザーの性質を変質させることで、様々な性質の弾丸を放つことが出来た。
「無力化モードだ」
【無力化モード準備完了】
マモルの言葉を音声入力として受け付け、PDWがスタンモードへと切り替わる。
「覚悟しな! Ah〜♪」
山賊達が一斉に撃鉄に指をおいたと思ったと同時、軽くヴォカリーズすると、拳銃から弾丸が放たれる。
狙いは皆メアリーだった。
「そんなの当たらないよ! Ah〜♪」
メアリーは蛇行して弾丸を回避しつつ、自身もヴォカリーズし、弾丸を放つ。
弾丸の応酬は流れ弾を生み、今にも馬車や馬を傷つけそうだ。
「やるしか無いのか」
マモルはPDWを構え、安全装置を回転させ、モードをセーフティからセミオートへ変更。
チュインというキャパシタに電気をチャージした音が聞こえたのを確認すると同時、マモルは山賊のうち一人に狙いをつけ、引き金を引く。
同時、PDWの銃口レンズからレーザーが放たれる。このレーザー自体には殺傷能力はないが、レーザーの通り道を一時的に真空状態にし導電性レーザー誘起プラズマチャネルを形成する。そこをPDWの銃口レンズ上に装着された放電装置から電流が流れることで、標的に電流を流し、標的を痺れさせて意識を奪う。
まさにその標的となった相手が倒れる。
「ナイス、マモル!」
「ちっ、あの妙なのも武器か! Ah〜♪」
山賊達がマモルも脅威であると認識し、拳銃の中に弾丸を詰め直してから、マモルへと拳銃を向け、発砲する。
「マモル、危ない!」
「問題ない」
【バリア展開】
マモルの前方に半透明な六角形のタイルが整列し、飛んできた弾丸を跳ね返す。
携帯コンピュータに搭載された個人携行用の斥力式バリア発生装置によるものだった。
「歌唱もなしに魔法だと!?」
「バリアの設定を変更。レーザーと電流を通過するように設定しろ」
【バリア設定変更完了】
彼らの常識外の現象に驚愕する山賊を前に、マモルは冷静にバリアの設定を変更。レーザーと電流だけがバリアを通り抜けるようにした。
これで、マモルは弾丸を防ぎつつ、レーザーと電流で攻撃出来るようになった。
「すまんな、一方的に終わらせてもらう」
マモルは残り四人に向けて、PDWを向け、それぞれレーザーと電流を発砲。四人を無力化した。
「よし、なんとか殺さずに済んだな。警察に付き出そう」
「警察?」
聞き慣れない言葉にメアリーが首を傾げる。
「治安維持を目的とする組織の事だが……、まさか、ないのか?」
「さぁ、ボクは聞いたこと無いけど……」
そう言いながら、メアリーが無力化され倒れている山賊に銃口を向ける。
「お、おい、まて、既に無力化された相手を殺す気か?」
「え? そうだよ? じゃないと、こいつら、次にまた人を襲うよ? その時にはボクらはここにはいない。これ以上犠牲者を出さないためには、ここで殺さないと」
普段呑気なメアリーからは信じられない剣呑な言葉ではあったが、メアリーの言葉には一定の利があった。
マモルとて軍人だ。人を殺してはいけない、などと生温い道徳を解く気はない。今回殺さなかったのも、警察に当たる組織があるならそれに引き渡すのが正義だと思い、非殺傷を貫いただけだ。
「分かった。殺そう」
逡巡の末、マモルは頷いた。
やるべきことを済ませた後、二人は馬車に戻った。
馬車に揺られながら、マモルは考えていた。
警察組織もない暴力が支配する世界。御子と呼ばれる存在が搾取される世界。
この世界は、マモルの価値観から言えば
マモルは軍人である。世直しだとか、改革だとか、大それた事を考えるつもりもなかった。
けれど、この世界をこのまま放置してはいけないのではないか、そんな考えが首をもたげていた。