朱良は泣き止むと、まっすぐに妙を見た。「弘樹に会った時の様子を教えてください。」
「弘樹は元気そうじゃったよ。朝の薄暗い時刻じゃったが、裏庭の流しの辺りに立っておった。わしに気が付いて、挨拶しよったよ。修行は順調だと言っておった。それからすぐに行ってしまったよ」と妙が答えた。
「おばあ様、弘樹が修行の旅の途中だと知っていたような口ぶりですが」と朱良は怪訝そうな顔をした。
「ああ、わしらは修行のことは知っておったよ。弘樹から電話で聞いておったから。蘭と蓮も知っておるじゃろ」と妙。
朱良は蘭と蓮を見た。「あなたたち、知っていたの?」
蘭はことさらにあきれ顔をした。「お姉様がお兄様の連絡先を知らないことの方が驚きですわ。」
「なんですって!なぜ教えてくれなかったのよ」と朱良。
蓮がすまし顔で言う。「きっと弘樹お兄様に嫌われているのですわ。」
「これ、お前たち、そんな言い方をするでない」と妙。
朱良はまた泣きだしそうな気配を見せた。
「まあ待ちなさい。蘭と蓮は弘樹がこの家を出る前から連絡を絶やさんように約束させておったんじゃ。弘樹が去ってから、ほぼ毎日電話で話をしておったようじゃ。おかげでこの三年間、この二人から聞いて弘樹の生活の様子をよく知っておる。鍛錬をするにはとてもよい環境じゃ。」
「なぜ教えてくれなかったんですか!」と朱良。
「お前がそれほど弘樹のことを気にかけているとは知らなんだ。お前たちはそれほど仲がよさそうに見えんかったのでな。すまんかった」と妙。
「そんな……」と朱良は自分だけが置き去りにされていたことに気が付いて、心が冷え冷えするのを感じた。
「この二人は弘樹と年子じゃから、年が近くてその分、気心が知れておるんじゃ。お前さんが気に病まんでもええ。この二人は弘樹のことをかなり問い詰めて話をさせておるようじゃ。実は安達某のことも、この二人から聞いておった。」
「なんですって……。そんなことまで電話で弘樹が話すわけないわ……」と朱良はつぶやいた。
「この子たちはしょっちゅう弘樹に会っておったよ。それで洗いざらいしゃべらされておるようじゃ。この二人は怖い子たちじゃ」と妙。
「そんなこと、妹に話すことじゃないわ」と朱良。
蘭は腕組みをして言った。「私たちは愛を誓っているの。だからお互いに隠し事は認めないわ。」
「何よそれ、あなたたち、兄と妹でしょ!この子たちがおかしいとしても、弘樹にはありえないわよ」と朱良。
「弘樹はつらい環境にいるから、妹になつかれれば、うれしいのじゃろう」と正一も口を挟んだ。
「もしかして、あなたたちのデートの相手って、弘樹のことだったの?」と朱良。
「私たちが愛するのは、弘樹兄さんのみよ。他にデートの相手はいないわ」と蓮はこともなげに言った。
「もう朱良姉さんが、弘樹兄さんについて心配する必要はないわ。私たちがついているから」と蘭。
「どういう意味?」と朱良。
「私達、弘樹兄さんが来年高校に入学したら、アパートを借りて一緒に住むつもりなの」と蓮。
「そんなこと、親が許さないわよ」と朱良。
「数日前に、母にはもう話したわ。いい考えだって、喜んでる。それで準備を手伝ってくれているの。向こうの家とも話がついていて、兄さんは私たちの通う中学に近い高校を受験する予定よ。もう、姉さんは何も心配しなくていいわ。弘樹兄さんのことに口を出さないでください」と蘭は強い口調で言った。
「朱良、お前はもう十分に弘樹への責任を果たしておるから、これ以上は心配せんでええ。後は弘樹の好きにさせてやれ」と、正一が言った。
朱良は奈落の底に落ちていくような寂しさを覚えた。なぜか涙がとめどなく流れた。