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第33話「その頃、シデ山の山峡で」

 エルンの街の東にあるシデ山は、悪竜イビルドラゴンの住む大洞穴や、邪悪な生物が巣食うダンジョンがたくさんあり、アウストリア王国最大の魔境と化している。

 そこで王国は、シデ山の麓に石の城砦じょうさいを築き、モンスターが里に下りてこないように監視をしつつ、モンスターを倒すことを生業なりわいとする冒険者たちを支援してきた。


 そのシデ城砦で今、大変な事態が起こっていた。

 物見櫓で見張りをしていた警備兵ルネリは、シデ山から湧きだしたあまりの数のモンスターに絶叫している。


「た、隊長! モンスターの群れが大量に、千……二千、三千!? うああ、まだまだ出てきます!」


 慌てふためく若いルネリに向かって下から警備隊長のオルハンが「落ち着け!」と声を荒げると、物見櫓に上がってくる。

 冷静に、正確な敵の数を確認する。


「これは、五千というところか。なんてことだ、空からはガーゴイルの群れに……最強最悪の魔獣、悪竜イビルドラゴンまでいるのか。最悪の事態だ」


 想像を絶する五千匹のモンスターに、たった一匹で一つの街を殲滅できるとも言われる伝説の魔獣。

 もはやここまで来ると、笑うしかない。


「ど、どうしましょう隊長?」

「ルネリ、お前は至急、早馬を用意しろ。近くのエルンの街と王都アウストリアに伝令を走らせるんだ!」


「救援を求める知らせですか?」

「王都にはそれだ。近くの村々やエルンの街には、住民の避難命令だな」


 王国最強のSパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』によって、一度は復活を阻止されたシデ山の悪神であったが。

 その余波により、シデ山を中心にモンスターの異常な増殖が確認されていた。


 それ故に、このシデ城砦に王都より精兵が補充されて、百人を超える警備兵が詰めていた。

 小さいながらも堅固に作られたシデ城砦に、王都からの援軍を加えた百名の勇士を頼もしいと思ったが、この未曾有の数のモンスターの襲来の前では塵芥ちりあくただ。


 モンスターの群れは、統率者がいるのかそれとも本能的に人がいる方に向かうのか、エルンの街の方角に向かってきている。

 距離的に言って王都からの援軍は間に合わない。


 この数が攻めてくれば、もはやエルンの街は捨てるしかないだろう。

 高い石壁に守られたこの砦だって、いつまで保つかはわからない。


 それどころではなく、これはついにシデ山にいるという悪神の復活が起こったのではないだろうか。

 そうであれば、これは神話級の災害となる。


 この国唯一の聖女であるセフィリアが命をかけて封じたというのに、こんなにも早く悪神の復活が起こってしまったとすれば、それは不運と言う他ない。

 しかも、自分が隊長の時に起こるとはとことんついてないと、オルハンは身の不運を呪った。


 現場指揮官であるオルハンは、ある程度の事情を聞かされてはいる。

 ただそれに対する方策は、王都の上役が考えることだ。


 一介の警備隊長であるオルハンが、判断するところではない。

 どうであれ自分は務めを果たすだけだと、オルハン隊長は小さな城砦の各所を歩きまわって、兵士を激励しながら防衛網の最終チェックを行った。


 そうして後ろを振り返ると、早馬がエルンの街と王都に向かって無事に走っていったのも確認する。


「伝令には、ルネリとアルトを行かせたか?」

「もちろんでさ。ルネリはまだ若いし、アルトはカミさんにガキができたばっかりですからね」


 副長格のベテランである警備兵のヘルムは、隊長のオルハンにそう言って笑ってみせた。


「では、残りの皆は、この城砦で私と防戦だ」

「オルハン隊長。俺らは、ここに赴任になったときから覚悟はできてますよ」


 ガーゴイルや悪竜イビルドラゴンなど、空の敵に向けて放つ大型弩砲バリスタの弦を引き絞りながら、ヘルム副長はニヒルな笑顔を浮かべてそう答えた。

 だがその声は、少し震えてもいた。


 恐ろしくないわけがない。

 ベテランの兵士だからこそ、眼前の敵の恐ろしさをよく知っている。


 ガーゴイルの群れも強敵だが、あの巨大な悪竜イビルドラゴンがこっちに向いてきたらこんな小さな城砦、簡単に吹き飛んでしまう。

 おそらく、ここも長くは持つまい。


 それでも、意地でも引くわけにはいかない。


「みんな済まないが、私に命を預けてくれ! 王国兵士の誇りにかけて、我々は住民の避難のための時間を稼がねばならん!」


 悲壮な覚悟を決めた警備隊長オルハンは、少しでも長く時を稼ごうと徐々に近づいてくるモンスターの雲霞の如き群れに向かって力強く矢を放った。

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