唐突に、投げ飛ばそうとした尻尾の手応えがなくなった。
「!?」
完璧だったはずの重心がズレた。前のめりにバランスを崩したマギラに、後ろから衝撃。
「う、わぁっ!?」
激しい揺れと衝撃に操縦室が明滅し、そこかしこでミフ粒子がスパークする。モニターには地面と、前方でのたうつ怪獣の尻尾。それはマギラの転倒と、尻尾の自切による投げ技の不発を意味した。とすれば、怪獣は……。
起き上がる間もなく、再び衝撃。背面モニターに映る、単眼。
「ぐ、うっ……!」
再び逆転した攻守に、マナの顔が歪む。焦りと緊張に、呼吸が乱れる。
「この……っ!」
背中に取り付いた怪獣は、立ち上がろうとするマギラを的確に妨害してくる。破れた喉からボタボタと体液が垂れ落ち、強酸が装甲の表面を侵す。
その時、倒れたままのマギラの首がぐるりと後ろを向いた。口内の砲門が単眼と見合った瞬間、光が迸った……!
じじっ! ばちばちっ!
旋光は空気だけを焦がし、まっすぐ空へと吸い込まれた。ビームを回避した単眼が、勝ち誇ったように見開く。
怪獣は学習していた。首の転回からの反撃は、予測済みだったのだ。
――それを、マナも予測していた。
「全弾発射!」
マギラの背部
ずどどどどどどっ、と連続する炸裂音が聞こえ、マナはマギラを通して重さが消えるのを感じた。
転倒から復帰し、態勢を立て直す。振り向けば、苦しみもがく怪獣。鱗に阻まれようと、爆発の多重衝撃はその内側に確かなダメージを与えていた。
操縦室には、耳障りなアラートが鳴り響いていた。モニターの表示は、背部VLSの損傷と使用不能を示す。超至近距離でのミサイル発射はマギラ自身をも傷つける、まさしく捨て身の攻撃だったのだ。
「ふっ……ふぅっ……」
マナは不思議と冷静だった。だが冷静なのは思考だけ。荒い呼吸音がアラートより大きく聞こえる。操縦桿を握る手が力み、時間が遅く感じた。
奇妙な感覚だった。
何か大きく強い感情に、置き去りにされたような空虚感。だが、やるべきことは分かっていた。
任務を、遂行するのだ。それが、自分の全てだ。
そのために……。
立ち上がった怪獣が、突っ込んできた。怒り狂った怪獣は頭を振り上げ、折れずに残った牙をナイフのごとく振り下ろす。
がぎゅっ!
牙が、マギラの左肩に突き刺さった。ひしゃげた装甲がミシミシと鳴き、怪獣はさらに深くへ牙を突き立てる。
「それでいい……」
マナがつぶやくと同時。損傷部を軋ませながら、マギラの左腕が怪獣の首を抱えて固定する。同時に掲げた右腕の先端は、
「くらえ!」
振り下ろしたドリルが、瞬膜をガリガリと穿つ。事態に気付いた怪獣の脱出を阻むのは、マギラの左腕だけではなかった。怪獣の牙が、わざと強度を落とした装甲に自身を縫い付けている……!
「お前……がっ……!」
マナは顔を歪ませ、荒い息で
必死で、任務のことを考えた。
日本のため、みんなのためだ。
自分はそのための存在だ。
怪獣を、倒すのだ……!
次の瞬間、ドリルへの抵抗が消え、右腕が怪獣の頭部に沈み込んだ。
――悍ましい絶叫が廃虚の街にこだました。
牙が根元から折れ、怪獣がマギラを振り払う。そのまま後ろに倒れ込むと、めちゃくちゃに瘴気と酸を吐き散らした。
だが、もう何をやっても無駄だ。
マギラを止めることはできない!
「お前が……お前が……っ!」
突き立った牙も意に介さず、マギラの両手が怪獣の両足を掴んだ。無慈悲な握力に鱗が砕け、骨が軋む。苦悶の叫びは、マナには聞こえない。もはやマナには自分の声も、アラートも、何も聞こえてはいない。
怪獣を倒す。
怪獣を殺す。
任務を遂行するのだ。
マギラの尻尾が、どどどどどどっ、と接地面にスパイクを打ち込み、機体を固定した。
「う……おおおおっ!」
腰のジョイントが最大トルクで、プラズマスラスターが出力全開で、マギラの上半身を捻る。
怪獣の巨体を、マギラはハンマー投げのように振り回し始めた。怪獣の頭部が廃墟にぶつかり、次々と粉砕し、弾き飛ばす。
だが止まらない。
遠心力が怪獣の体を浮かし、さらに回転が加速していく。
回る。
回る。
さらに速く、回る……!
発生した風圧が大気をかき混ぜ、巨大な空気の渦を生み出した。竜巻にも似た旋風が、廃墟に満ちる瘴気を巻き込み、吹き散らしていく。
そして回転が最高速度に達した瞬間、マギラは体を捩じった。
回転軸が縦から横へと入れ替わり、変化した軌道は地表の水平面と交差する。
大地が波打った……!
衝撃が大量の土砂を打ち上げ、周囲の遺構がガラガラと崩れ落ちる。爆音の残響が空へと消えるまでに、しばしの時間を要した。
――一転、静寂が辺りを包んだ。
土煙が収まると、爆心地に怪獣がいた。それを見て、マナは追撃を止めた。正確には、
マギラの周囲に、澄んだ空気が満ちていく。滅びた夜以来、瘴気に閉ざされていた都市に陽光が差し込む。その中心では灰銀色の装甲が光を反射し、鈍く輝いていた。
「はっ……はっ……はっ……!」
マナは荒い呼吸を整える。
ようやく戦いの終わりを実感し、虚脱感が全身に広がった。操縦席に体を預け、沈み込む。
静寂の中で目を閉じると、血液の流れる音すら聞こえてくるようだった。
そしてマナは、小さく呟いた。
「状況……終了……」