目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話 地の波紋

 唐突に、投げ飛ばそうとした尻尾の手応えがなくなった。


「!?」


 完璧だったはずの重心がズレた。前のめりにバランスを崩したマギラに、後ろから衝撃。


「う、わぁっ!?」


 激しい揺れと衝撃に操縦室が明滅し、そこかしこでミフ粒子がスパークする。モニターには地面と、前方でのたうつ怪獣の尻尾。それはマギラの転倒と、尻尾の自切による投げ技の不発を意味した。とすれば、怪獣は……。

 起き上がる間もなく、再び衝撃。背面モニターに映る、単眼。


「ぐ、うっ……!」


 再び逆転した攻守に、マナの顔が歪む。焦りと緊張に、呼吸が乱れる。


「この……っ!」


 背中に取り付いた怪獣は、立ち上がろうとするマギラを的確に妨害してくる。破れた喉からボタボタと体液が垂れ落ち、強酸が装甲の表面を侵す。


 その時、倒れたままのマギラの首がぐるりと後ろを向いた。口内の砲門が単眼と見合った瞬間、光が迸った……!


 じじっ! ばちばちっ!


 旋光は空気だけを焦がし、まっすぐ空へと吸い込まれた。ビームを回避した単眼が、勝ち誇ったように見開く。


 怪獣は学習していた。首の転回からの反撃は、予測済みだったのだ。


 ――それを、マナも予測していた。


「全弾発射!」


 マギラの背部垂直発射装置VLSが、大量のミサイルを撃ち出した。二段構えの攻撃は怪獣の意表を突き、その腹に幾重もの爆発を叩き込む!


 ずどどどどどどっ、と連続する炸裂音が聞こえ、マナはマギラを通して重さが消えるのを感じた。


 転倒から復帰し、態勢を立て直す。振り向けば、苦しみもがく怪獣。鱗に阻まれようと、爆発の多重衝撃はその内側に確かなダメージを与えていた。


 操縦室には、耳障りなアラートが鳴り響いていた。モニターの表示は、背部VLSの損傷と使用不能を示す。超至近距離でのミサイル発射はマギラ自身をも傷つける、まさしく捨て身の攻撃だったのだ。


「ふっ……ふぅっ……」 


 マナは不思議と冷静だった。だが冷静なのは思考だけ。荒い呼吸音がアラートより大きく聞こえる。操縦桿を握る手が力み、時間が遅く感じた。


 奇妙な感覚だった。

 何か大きく強い感情に、置き去りにされたような空虚感。だが、やるべきことは分かっていた。


 任務を、遂行するのだ。それが、自分の全てだ。

 そのために……。


 立ち上がった怪獣が、突っ込んできた。怒り狂った怪獣は頭を振り上げ、折れずに残った牙をナイフのごとく振り下ろす。


 がぎゅっ!


 牙が、マギラの左肩に突き刺さった。ひしゃげた装甲がミシミシと鳴き、怪獣はさらに深くへ牙を突き立てる。


「それでいい……」


 マナがつぶやくと同時。損傷部を軋ませながら、マギラの左腕が怪獣の首を抱えて固定する。同時に掲げた右腕の先端は、いびつな円錐型に展開変形していた。凄まじいスピードで回転するそれは、マギラの近接武装……二重反転穿孔ホロウィング掘削機ドリル


「くらえ!」


 振り下ろしたドリルが、瞬膜をガリガリと穿つ。事態に気付いた怪獣の脱出を阻むのは、マギラの左腕だけではなかった。怪獣の牙が、わざと強度を落とした装甲に自身を縫い付けている……!


「お前……がっ……!」


 マナは顔を歪ませ、荒い息でうめく。

 必死で、任務のことを考えた。


 日本のため、みんなのためだ。

 自分はそのための存在だ。

 怪獣を、倒すのだ……!


 次の瞬間、ドリルへの抵抗が消え、右腕が怪獣の頭部に沈み込んだ。


 ――悍ましい絶叫が廃虚の街にこだました。


 牙が根元から折れ、怪獣がマギラを振り払う。そのまま後ろに倒れ込むと、めちゃくちゃに瘴気と酸を吐き散らした。


 だが、もう何をやっても無駄だ。

 マギラを止めることはできない!


「お前が……お前が……っ!」


 突き立った牙も意に介さず、マギラの両手が怪獣の両足を掴んだ。無慈悲な握力に鱗が砕け、骨が軋む。苦悶の叫びは、マナには聞こえない。もはやマナには自分の声も、アラートも、何も聞こえてはいない。


 怪獣を倒す。

 怪獣を殺す。

 任務を遂行するのだ。


 マギラの尻尾が、どどどどどどっ、と接地面にスパイクを打ち込み、機体を固定した。


「う……おおおおっ!」


 腰のジョイントが最大トルクで、プラズマスラスターが出力全開で、マギラの上半身を捻る。


 怪獣の巨体を、マギラはハンマー投げのように振り回し始めた。怪獣の頭部が廃墟にぶつかり、次々と粉砕し、弾き飛ばす。

 だが止まらない。

 遠心力が怪獣の体を浮かし、さらに回転が加速していく。


 回る。

 回る。

 さらに速く、回る……!


 発生した風圧が大気をかき混ぜ、巨大な空気の渦を生み出した。竜巻にも似た旋風が、廃墟に満ちる瘴気を巻き込み、吹き散らしていく。


 そして回転が最高速度に達した瞬間、マギラは体を捩じった。

 回転軸が縦から横へと入れ替わり、変化した軌道は地表の水平面と交差する。


 大地が波打った……!


 衝撃が大量の土砂を打ち上げ、周囲の遺構がガラガラと崩れ落ちる。爆音の残響が空へと消えるまでに、しばしの時間を要した。


 ――一転、静寂が辺りを包んだ。


 土煙が収まると、爆心地に怪獣がいた。それを見て、マナは追撃を止めた。正確には、が、そこにあるだけだった。


 マギラの周囲に、澄んだ空気が満ちていく。滅びた夜以来、瘴気に閉ざされていた都市に陽光が差し込む。その中心では灰銀色の装甲が光を反射し、鈍く輝いていた。


「はっ……はっ……はっ……!」


 マナは荒い呼吸を整える。

 ようやく戦いの終わりを実感し、虚脱感が全身に広がった。操縦席に体を預け、沈み込む。

 静寂の中で目を閉じると、血液の流れる音すら聞こえてくるようだった。


 そしてマナは、小さく呟いた。


「状況……終了……」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?