蒼馬が目を覚ましたのは、見覚えのある白い天井だった。
「……ここ、保健室?」
「せんぱいっ♡ やっと起きてくれましたね〜〜〜〜!」
急に飛び込んできたのは、セーラー服の胸元を揺らしながら全力で飛びついてきた――後輩の由貴。
「ちょっ、痛い! 肋骨に、肋骨にっ!」
「えへへ、そんなこと言っても……さっきまでずっと眠ってたくせにぃ。心配したんですよ〜?」
「そりゃ急に貧血起こして倒れたからな……てか、なんでお前がここに?」
「え? え〜? ……だって、保健室って、蒼馬先輩が倒れたら来るって思って、待ってたんですよ?」
「…………怖っ!」
由貴はニコニコ笑いながら、氷の入った冷たい水を差し出してくる。
その顔は、天使のように可愛くて――その行動は、地獄のように怖かった。
「ふふふ……この水、体にいいお薬も入ってますから。心も体も、私のことでいっぱいになれますよ……?」
「一体何を入れたんだ……!?」
「うっそでーす♡ ただの水ですよ〜。でも、ちょっとは焦りました? 焦ったら、私のこと、忘れられなくなりますよね?」
「ああもう! お前、そういうとこあるからな!? 真面目にヤバい奴ランキングぶっちぎりだぞ!?」
「えへへ、ありがとうございます♡」
「褒めてねえよ!」
蒼馬はベッドの上で身を起こした。と、横には細かい文字でぎっしり書かれたノートがあった。
「これ……何?」
「先輩が倒れてる間に、次に一緒に行くおすすめデートコースを考えてたんです! 1ページ目は“学校の屋上でふたりきりの昼寝”、2ページ目は“裏山の祠で誓いの口づけ”、3ページ目は“あ、これはちょっと、えっちなやつなのでナイショです♡”」
「ナイショにするなら見せるな!」
その時、保健室のカーテンが勢いよく開いた。
「蒼馬! 倒れたって聞いて――うわ、なんかすげえ空気だな!」
駆け込んできた元気が状況を見て一瞬で後ずさる。絃葉と香澄も顔を出し、教室の空気が一気に騒がしくなる。
「ちょっと、由貴さん。先輩を“人質”みたいに囲むのはやめなさい」
「ええ〜? 私、ちゃんと看病してましたよぉ?」
「蒼馬、アイス持ってきたわ。……って、由貴が先に渡してる!? ずるいっ!」
「蒼馬くん、そんな……“保健室でモテモテイベント”みたいな状況、ほんとに羨ましいわ……」
「羨ましがるなよ!? 俺が一番怖いんだよ、今!!」
教室の天井を見上げながら、蒼馬は心から叫んだ。
(もうちょっと、普通の高校生活がしたい……!)
だが――その願いは、これからもまず叶いそうにない。
つづく(01)>>