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第58話:牙を失くした鮫

 ルカン島は、海賊たちが商船から奪った物を保管しておく場所だった。

 最大の攻撃手段である船を破壊された海賊たちに、海軍に抵抗する戦力は無い。

 海賊たちは、一気になだれ込む海軍のみなさんに呆気なく捕縛されてしまった。


 軍用船サンク号の船内、牢の中。

 床に座る海賊たちは意外に大人しかった。

 武器は全て没収されたから観念したのかもしれない。


 独房に入れられた隻眼の大男が、静かなまなざしをこちらへ向けてくる。

 他の海賊たちの視線もこちらに向いていた。


「船を失った俺たちは牙の無い鮫と同じだ。鮫は牙が無ければ戦えねぇ。強制労働でも処刑台でも行ってやるよ」


 大男が言う。

 その隻眼からは、怒りや憎しみは感じられない。


「坊主、お前の名前を教えてくれねぇか? 冥途の土産に持っていきてぇからな」

「アルキオネ」

「そうか、いい名前だな」


 大男に言われて、スバルは名乗った。

 前世の名は言えないから、僕の名前を。

 大男は眼帯に覆われていない片目を細めて、穏やかな笑みを浮かべた。


 隻眼の大男は【海賊王】と呼ばれる人だった。

 全ての海賊を従える、海賊の王様。

 ソシエテ政府からギルドに討伐依頼がきていたけれど、今まで誰も達成できなかったらしい。


 サンク号がコメルス港に着き、ロープで縛られ連なった海賊たちが続々と船から出てくるのを見て、街の人々は只事ではないと感じて集まってきた。

 野次馬たちは、大男が姿を現すと一斉に驚きの声を上げる。


「か、海賊王?!」

「海軍がルカン島を制圧したのか?!」


 そんな騒めきが聞こえる。

 黙々と歩いていた大男がピタリと立ち止まり、人々を睨んだ。


「海軍じゃねぇ! 俺たちを倒したのはあそこにいる銀髪の少年、海竜使いのアルキオネだ!」


 辺りにビリビリと響く大声で怒鳴る海賊王。

 両手を縛られているので指差せない彼は、顔をこちらへ向ける。

 釣られるように、港にいる人々の視線が集まった。


(ちょ、なんでこんな大勢の前で言うの?!)


 甲板に立っていたスバルがギョッとした。

 スバルとしてはルカン島制圧は海軍の手柄にして、自分は依頼達成報酬を貰えばいいや~という気分だったのに。

 誇り高い海賊王は、それを許さないらしい。


「俺たちは海軍に負けたわけじゃねぇ、アルキオネに負けたんだ! お前らの英雄を違えるな!」


 またビリビリと空気を震わせる大声が響く。

 言い終えた海賊王は、再び歩き出して港の地下へと入っていった。


(英雄って何?! 俺はちょっと魔法ブッ放して海賊船を壊しただけだよ?!)


 焦るスバルの横に、トーンルンさんが歩み寄る。

 後ろには船内に残っていた海兵さんたちが並んだ。


「海賊王の言う通りだ! 我々はこの子の力を借りて、ルカン島を制圧したんだ!」


 船上から港まで響き渡る大声で、トーンルンさんが言う。

 途端に、港の人々から歓声が上がり、スバルは驚いて後退りかけた。

 でもトーンルンさんにガッチリ両肩を掴まれていたので、人々の視線から逃げられない。


(な、夏休みの自由課題、「海賊討伐の英雄になってみた」でいいかな?!)


 動揺するスバルは、そんなワケの分からないことを考えていた。

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