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第101話 あまりにも不吉な疑念

 昴の仲間が集まってくると高月邸は一気に賑やかになった。

 当時の部長にして昴の相棒でもある柳崎りゅうざきだん

 神獣すら圧倒する超能力姉妹の美剣みつるぎはがね鉄奈てつな

 それに由布子と昴を加えた面々は揃って未来を歓迎してくれた。


「はっはっはっ、今日は本当にめでたい日だ! よし、ここは俺の驕りだ、遠慮なくじゃんじゃん食ってくれ!」


 カレー皿を手に上機嫌で柳崎が言うが、もちろんここは料亭ではなく由布子の実家だ。


「なんでこいつはオレンジジュースで酔えるのかしら?」


 どう見ても酔っ払いにしか見えない男の姿に由布子が首を傾げる。

 ちなみに柳崎は言うに及ばず、このメンバーの中には酒を嗜むものはいない。戦士たるもの当然のことだというのが、柳崎の主張だが、実は単なる下戸という説もある。

 昴も飲酒には興味がないらしく、鋼鉄姉妹に至っては、どれほど強い酒でも酔うことがないので、わざわざ高い酒を飲む気にはなれないそうだ。

 その鉄奈が天真爛漫な笑顔で傘を模した形状のチョコレートを差し出してくる。


「いっぱいお菓子を買ってきたから遠慮なく食べてね」

「ありがとう」


 素直に受け取ってはにかむ未来。

 鉄奈とその姉の鋼は、六年前の事件では、あまり関わることがなかったが、ふたりとも気さくに話しかけてくれている。


「パラソルチョコか。そういや、希美ちゃんが好きだったよな」


 昴が彼女の名を出したことで、未来もそれについて思い出した。


「そういえば葉月くんって、彼女と面識があるのよね?」

「ああ。彼女のマンションで怪異が発生したことがあって、その時に偶然出会ったんだ。正直、驚いたよ。実を言えば、最近まで彼女が君なんだと信じて疑わなかったんだ」

「それほど似てるのですか?」


 妹とは対照的に落ち着いた表情で鋼が問う。

 これには昴よりも先に由布子が答えた。


「ええ、瞳の色こそ違うけど瓜二つよ。この前うちに来た時は、わたしも絶対に未来さんだと思ったもの」

「性格はぜんぜん違うけどな」


 苦笑する昴。


「もしかすっと親戚か何かか?」


 常識的な範囲で柳崎が頭を働かせる。


「可能性はゼロじゃないけど、心当たりがないわ。あの娘については、わたしも分からないのよ」


 初めて希美と出会った時、驚きこそしたものの、未来は深く考えなかった。他人の空似だと思ったていどだ。


「希美ちゃんって自分のことは語りたがらないからな。六年前の事件にやたらと詳かったり、謎めいてはいるんだが……」


 昴のつぶやきを聞いて、思案顔になる鉄奈。しばし間を空けてから得意げな笑みで自分の考えを披露する。


「こういうのはどうかな? 並行世界の未来さん」

「並行世界? パラレルワールドってやつか」

「ないでしょ、そんなにソックリな世界なんて」


 裏社会において並行世界の実在は当たり前に知られていることだが、現在のところ、そういった異世界とこの世界を行き来する方法は見つかっていない。

 それでも魔術による観測には成功していて、様々な文明が確認されているのと同時に、この世界と極めて類似した世界も見つかってはいる。

 ただし、そこまで酷似した人物がいるかどうかは微妙なところだ。それに、もし希美がそういう世界から来た存在であるならば、未来をニセモノと断定することはなかっただろう。


(あれ……?)


 ふいに未来は、そのことに疑念を抱いた。


(そもそも、どうして彼女はわたしをニセモノだと決めつけたのかしら? それに……)


 手にしたパラソルチョコをじっと見つめる。希美はこれが好きだという話だが、それは未来も同じことだ。このチョコレート菓子は母がよく買ってくれたもので、それゆえに思い入れが強い。

 不吉な想像が脳裏に浮かぶ。

 自分もまた深天たちと同じく作り物で、彼女こそがホンモノの小夜楢未来――いや、明日香希美だとすればどうだろうか。

 それならば、ここにいる未来をニセモノと断ずるのは、むしろ当然のことだ。

 彼女は葉月昴に片想いをし、金色の鎌プレアデスに執着して、操る魔術まで未来に酷似している。あの琥珀色の瞳にしても、あれは明日香希美の本来の瞳の色だ。

 未来は自分の膝の上に置いた両の手を恐る恐る開いて、じっと見つめた。

 考えてみれば一度死んだあと、未来の亡骸は朝日向耀によって回収され、ハルメニウスの力によって蘇生させられたとのことだったが、当然ながらその時の耀はハルメニウスに取り憑かれた状態にあったはずだ。

 そして当のハルメニウスは、未来の身体を自分の器にするべく狙っていた。


(まさか、わたしは最初からハルメニウスのために用意された……いえ、造られたコピーなのだとしたら……)


 自らが導き出した仮説に、今し方までの幸福感は一瞬で消え失せ、未来は心臓が凍りつくような恐怖を味わう。

 ハルメニウスのようなものにとって、明日香希美ほどの魔術師は、自分の器とするに最適な存在だったはずだ。

 そのために彼女の情報を拾い集めて人造生命体ホムンクルスを造ったのだとしたら……。


「どうした、未来?」


 やさしく問いかけてくる昴。

 未来は強ばった顔に無理やり笑みを浮かべると慌てて頭を振った。


「いいえ、なんでもないわ」


 浮かび上がってきた不吉な想像を必死で頭の中から追い払う。


(そんなことあるはずがない)


 自分に言い聞かせるように繰り返す。


(わたしは本物よ。本物の小夜楢未来だわ)


 しかし、何度繰り返してみても、心に生まれた疑念の影は消えてくれなかった。

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