ティミショアラは雪に覆われた精霊石の像の正面に滞空する。
「りゃありゃあ!」
少し興奮気味にシギショアラが鳴いた。その目はしっかりと雪像を見つめている。
ただの雪の像に過ぎない。意思も魂もない。
それでも、姿かたちはシギショアラの母のものだ。
「ティミ。少し待ってくれ」
「わかったのである」
それから俺はシギの頭を優しく撫でる。
シギは母の姿を知らない。
黙っていればシギには、あれが母の姿によく似ていると気づかないかもしれない。
だが、俺には黙っていることなんてできない。
仮に精霊石の像であっても、そっくりなのだ。
教えてあげたほうがいいだろう。
「シギ。あの像はシギの母上によく似ている」
「りゃあ」
シギは目を輝かせた。
「ティミ。近くに寄ってくれ」
「良いのか?」
「うむ」
ティミはふわりと精霊石の像のすぐ近くまで近寄る。
周囲のジャック・フロストたちからの激烈なる精霊魔法による攻撃に襲われた。
俺は左手で魔法障壁を展開する。
展開した場所はティミのさらに下。障壁に精霊魔法がガシガシ当たる。
それから俺はジャック・フロストの攻撃をしのぎつつ、ティミの頭の上に移動する。
そして、精霊石の像に右手を触れた。とても冷たい。ただの雪よりはるかに冷たい。
シギも俺の真似をして精霊石の像に手を触れる。
「これはただの像だ。シギの母上ではない。でも、ものすごく似ている」
「……りゃあ」
シギは精霊石の像に手を触れながら、鳴いていた。
シギの気が済むまで触らせてやりたい。
だから、俺は精霊魔法を障壁で防ぎ続ける。
しばらくして、シギは精霊石の像から手を放して、こちらを見る。
「遠くからも見てみるか?」
「りゃ」
「ティミ、頼む」
「了解である」
ティミは、少しだけ像から離れる。
そして周囲をゆっくりと回った。
「大きいだろう」
「りゃあ」
「シギの母上はとても立派な古代竜だったぞ」
「りゃ」
しばらくシギは母の像を見つめていた。
それから、俺の顔をぺちぺち叩いた。
「もういいのか?」
「りゃあ」
俺は改めてシギに言う。
「シギ、この精霊石の像は壊さないと駄目なんだ」
「りゃあ?」
「シギの母上の魔力の残滓に精霊が集った。そしてこの像になったんだ」
「……りゃ」
「このままだと、ジャック・フロストがあふれて、みんなが困ってしまう」
「……」
「ごめんな」
「りゃっりゃ!」
俺が謝ると、シギは怒ったように鳴いた。
「アルラよ。シギは理解しておるぞ。この雪像の姿が母のものだと言うことも。この像を壊さなければ皆が困るということも」
「シギは賢いな」
「だからこそ、シギはアルラに謝ってほしくないそうだ」
「そうなのか?」
「りゃ」
静かに返事をしたシギは綺麗な目をしていた。
決意を固めた、腹の据わったいい目だ。
シギの母親の像を壊すことに、覚悟が足りなかったのは俺の方らしい。
「ティミ。そろそろ行くか」
「もうよいのか?」
「ああ」
「シギショアラ。そなたも良いのか?」
「りゃあ」
「そうか」
それから、ティミは一度、高度を上げた。
ジャック・フロストからの攻撃が届かなくなる。
「アルラよ。どうする? 我はアルラの指示に従おう」
「そうだな。今回使うのは魔力弾だから、小細工はできない」
大魔法につきものである詠唱など魔力弾にはない。
ただ、純粋に魔力をぶつけるのだ。
「距離は近い方がいいのだが……」
魔力は距離による減衰が大きい。近いに越したことはない。
「だが、あまり近づくと、ジャック・フロストどもの精霊魔法が飛んでくるぞ? 攻撃を防ぎながらとなると不安ではないか?」
ティミの言うとおりだ。
魔法障壁を展開しながら、魔力弾を撃つことは容易い。
だが、今回は、全力で特大の魔力弾を放たねばならない。
そうなると、魔法障壁すら展開したくない。
「我の体で受け止めても良いぞ?」
ティミはそんなことを言う。
たしかにティミは強大なる古代竜だ。
ジャック・フロストの精霊魔法を食らっても、たやすくおとされることはない。
それでも、痛くないわけがない。ダメージは入る。
「そうだな……急降下しながら、至近距離で全力の魔力ブレスと魔力弾を撃ち込むか?」
「面白いことを考えるものだ!」
そう言ってティミは大きな声で愉快そうに笑う。
「だが、理にかなっておるな! さすがアルラだ!」
急降下すれば、精霊魔法の範囲に入るのは一瞬だ。
ジャック・フロストが魔法を放とうとしたころには、もうこちらは攻撃を終えている。
「それでいこうぞ!」
ティミは、旋回しながら、さらに高度を上げた。
一応、クルスとルカに言う。
「聞いていたと思うけど、急降下からの攻撃するから、落ちないようにな」
「了解です!」
「ほんと、恐ろしいこと考えるわね」
クルスは楽しそうに、ルカは呆れたように言う。
「シギ。ちゃんと懐に入っておきなさい」
「りゃ!」
シギは俺の懐に入ると、顔だけ出して、しっかりと前を見る。
母の像が消える瞬間を見届けようというのだろう。
「ティミのタイミングでいいぞ。こっちはいつでもいい」
「了解である」
さらに何度か旋回した後、
「アルラ。行くぞ!」
「おう」
ティミはふわりと一瞬上にあがった後、垂直に近い角度で降下する。
俺はティミの頭の上に乗ったまま、角を掴んで足を踏ん張る。
左ひざに力が入って、正直痛い。だがそんなことは言ってられない。
クルスたちも鱗にしがみついていることだろう。
クルスとルカたちなら振り落とされることもあるまい。
「りゃああああああ」
シギが大きな声で叫んでいる。
ティミは自由落下よりも速い加速で、落ちていく。
「いっけええええええ」
「RYAAAAAAAAAAA!」
俺とティミは叫びながら、精霊石の像へと魔力弾と魔力ブレスをぶち込んだ。