俺はあえて動作を緩やかにする。
いま魔物は、殺気を放ち続けているものの動いてはいない。
俺の魔力弾を一発受けたおかげで慎重になっているのだろう。
それならば、かなり話し合いの見込みがある。
彼我の力量がわかる程度には知能があるということだからだ。
とはいえ、今俺が素早く動くと刺激になりかねない。
魔物が、とっさに俺に向かって攻撃してしまうかもしれない。
そうなれば戦闘開始となるだろう。
俺は歩きながら、懐の上からシギショアラに触れた。
どうやら眠っているようだ。
シギが起きる前に、面倒ごとは済ませたい。
俺は魔物の二十歩手前で足を止める。
魔物はとても大きかった。
古代竜の大公や、ティミよりは小さいが、グレートドラゴンぐらいの大きさはある。
そして、まるで全身が金属で作られているかのように見えた。
だが、近づいて魔法で観察してみると、体表の金属は鎧のようなものだとわかった。
「ルカもティミもわからないわけだな」
ここまで近づいても、目で見る限り体が金属でできた魔物に見えるのだ。
魔力を詳細に感じ取ると肉体の魔力と体表の金属の魔力が別だと気付ける。
だがわずかな差だ。俺がに十歩手前まで近づかなければ気づけなかったほど同化している。
よほど長い間、金属を身にまとって暮らしていたのかもしれない。
「お前はここで何をしている?」
「……キサマタチをコロス」
「……まさかと思うが、そういう呪いか?」
「…………」
魔物は口を閉ざした。だが放たれる圧力のようなものが減った。
殺気が少し収まっている。
「話せない類の呪いなら、話さなくてもいい。一方的に話すからしばらく聞いてくれ」
「…………」
魔物は沈黙したままだ。だが殺気はさらに収まった。
沈黙は肯定という意味だと考えていいかもしれない。
「体表を覆う金属が呪具なのか?」
「…………」
「その呪いをかけたのは、このダンジョン奥に封じられているという不死者の魔人か?」
「……チガウ」
「ダンジョン製作者に呪いをかけられたのか?」
「…………」
「ふむ。ダンジョンの守り手として、呪いをかけられここに閉じ込められたということか」
「…………」
「とりあえず、俺の仲間に聖女がいるから解呪してもらおう」
「…………ソレはムリだ」
魔物の発した言葉は、呪いの核心には何も触れていない。
それでも、苦しそうに呻くように言葉を紡いでいる。
呪いに関して少しでも話すだけで苦痛が走るようだ。
呪いの核心に触れたら、いかに強大な魔物と言えど、苦しみで死にかねない。
それほど強力な制約だ。
「なぜ無理なんだ? いや、答えなくていい。答えれば死にかねないのだろう?」
「…………」
魔物は一瞬何か言おうとした。だが、あきらめたようだ。
やはり、呪いの核心に近づくほど、言葉にするのが難しいのだろう。
厄介な呪いを考えるものだ。
ダンジョン製作者は余程手の込んだことをするのが好きらしい。
「解呪されそうになったら、そのものを殺さねばならないということか」
「…………」
沈黙は肯定だ。
「そういうことならば安心しろ」
「…………オマエたちはカエレ」
魔物は俺の言葉を信用してはいないのだろう。
それでも大人しくなって、じっとこちらを見ている。
当初あれほど強烈に発していた殺気は完全に収まっている。
「ユリーナ! こっちに来てくれ。のろ……」
「わかっているのだわ。全部聞こえてたから」
さほど大きな声で話してはいなかったが、周囲が静かなので響くのだろう。
「そうか。頼む」
ユリーナはゆっくりと近づいて来る。
そして、俺の三歩後ろで止まる。
「ユリーナ、解呪できそうか?」
「これは、これは……。随分と厄介な呪いなのだわ」
「難しいか?」
「それは当然、難しいのだわ」
「だが、出来るんだろう?」
「もちろん。アルラ。お願いするのだわ」
「わかってる」
ユリーナにとっても難しい解呪。つまり解呪に時間がかかるということ。
その間、ユリーナは戦闘機動が取れなくなる。
お願いするというのはその間の防御を俺に任せるという意味だ。
「もちろん、最初からそのつもりだ」
「うん。任せるのだわ」
そんな話をしていると、クルスもやってきた。
その肩にはチェルノボクが乗っている。
「呪いですかね。確かにすごく嫌な感じがしますね!」
『するー』
折角チェルノボクが来てくれたので、俺は一応聞いてみる。
「チェルノボクの権能で解呪できそうか?」
『できないー』
「そりゃそうか」
チェルノボクは俺の左ひざをかかっていた不死殺しの矢の呪いを解いてくれた。
あれは死王の眷属と化した元魔王の由来の呪いだったから解けたのだ。
死神にかかわらない呪いはチェルノボクの管轄外だ。
「じゃあ、クルス。折角来たんだから、防御を手伝ってくれ」
「わかりました!」
ヴィヴィやベルダの護衛としては、ティミとルカが残ってくれている。
それにフェムやモーフィもだ。だから、向こうは安心だ。
クルスを戻す必要性は少ない。こっちを手伝ってもらえばいいだろう。
「ユリーナ。解呪に取り掛かってくれ。防御は俺とクルスに任せて専念して——」
『あるらーあるらー』
「ん?」
『すこしだけできるー』
チェルノボクは、クルスの肩の上でプルプルしていた。