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第23話 その者注意につき

 「おい!あの聖女様またやりやがった!」


 「犠牲者何人目だよ!?」


 「今度のポーションはやたら茶色いらしいぞっ!」


 「姫は!?聖女の旦那の姫はどこいったんだよ!?」


 「姫は今は遠征中らしいぞっ」


 「くそっ!誰か止められるやつはいないのかっ!?」


 阿鼻叫喚。


 そんな言葉が頭をよぎったのは、慌ただしい昼食を済ませて訪れた生産ギルドのロビーだった。


 バタバタと走り回る人々がこの世の終わりみたいに右往左往している。


 一体何があったんだろう?


 っていうか、誰か聖女って言った?この世界に聖女様がいるのか……。


 それにしては物騒な聖女さまだなぁ……。


 しかも聖女の旦那が姫ってどういうこと?百合なの?百合カップリング?


 叫びが上がるロビーで上がる声に疑問とツッコミが追いつかない。が、何か大変な事態らしい。


 そっと隣のシンを見上げると困った顔をしているが特に何かを言うつもりはないようだ。スタスタとカウンターに向かって行くと受付嬢に話しかける。


 「レシピ登録をしたいのですが。」


 「かしこまりました。」


 笑顔の似合うお姉さんはカウンターの中から用紙を数枚と辞書みたいな分厚い本を出してきた。


 「こちらは登録用紙です。念のため多めにお渡ししておきますね。それからこちらはすでに登録されているレシピ名鑑です。こちらに記載のあるものは登録できませんので、提出前にご確認ください。また、レシピに関しましては週に一度登録会がございます。この登録会にレシピどおり制作した料理と登録用紙をご持参ください。試食審査後登録の可否が審査された後合格なら晴れて登録となります。あ、名鑑は持ち出し禁止ですので、ご確認後はこちらに返却をお願いします。」


 人ひとり撲殺できそうなそれを両手で受け取り、どこかで確認せねばと眺めれば、火の落とされた暖炉の前にソファを見つける。


 「シン、あそこで……。」


 言いかけたとき、シンの背後に一人の紳士が立つ。


 「失礼、馬車職人のシンとお見受けします。仕事の依頼をしたいのですがよろしいでしょうか?」


 紳士はハットを頭から外して胸に当てると視線だけで礼をする。


 シン、馬車職人だったのか……。


 名鑑を抱えながらそんなことを思っていると、ちらりとシンがこちらに視線をよこす。


 仕事の邪魔はしないのですよ。


 「私、そこのソファでこれ見てるね。」


 「わかった。そこから動かないようにね。あと、知らない人に……。」


 「ついていかないから、お仕事してください。」


 わたしは子供じゃないのですが……。や、見た目だけなら小学生のようではあるけどっ!これでも大人なのですが!?


 言いたいことをぐっと抑えたものの、半眼になるのは止められずにかつてのパートナーを見上げる。


 眉根が寄って眉尻が垂れている。単純に心配なだけだろう。それも仕方がないのかもしれない。転生してから日も浅い上に職業をサモナーにしたせいで私自身には戦うすべはない。


  そんな少女みためだけはを置いていくのは、保護者のような彼にとっては不安なのだろう。


 「ここは人の往来も多いし、フェルがいてくれるから大丈夫だよ。」


 笑顔で伝えると、渋々ではあるが頷いてくれる。


 依頼相手目の前にいるのに大丈夫なのかなその態度。


 若干心配になって相手の紳士に視線を投げてちょこんと頭を下げるとソファへ一直線に進む。


  ポスっとソファに座りペラペラとページをめくると丁寧な字でアルファベット順に記載されているようで、探している項目を眺めてみる。


 あれとこれもないなぁ。


 紙をめくりながら確認していくと、和洋折衷様々なものはあるが、それが割とメジャーなものばかりだと気づく。


 「そうか、郷土料理の類やマイナー家庭料理がないのか……。」


 さらにめくっては戻ってを繰り返していく。


 「マヨネーズも唐揚げもある……。発展系の料理もないのか、なるほど。」


 手元に集中しているとどれほどの時間がたっていたのだろうか、ふと周りが静かになったことに気づく。


 「ん?」


 視線を感じて周囲を見渡すと人が遠い。何やらもの言いたげな人や青ざめてブンブン首を降っている人もいる。


 何事?


 『アン!』


 「フェル?」


 友好的に尻尾を振るフェルの視線を追えば山葵色の長いふわふわの髪を靡かせて、桜色の瞳がこっちを見ている。身長は女性にしては少し高めだろうか。


 えっと……なんだろう。


 「あなた初めて見るわね、ロサさん?図上に名前があるし今年の朔の日に転生した人かしら?」


 「ええ、まぁ。」


 リン・アマミヤさん……。


 「日本人?」


 どこかで覚えのある名前だと思いつつも、それが日本人特有の名前だというのは間違いない。それは思わず出てきた言葉。


 「あらあら、この名前で日本人なんて言葉が出るってことはアジア圏の人?それとも……。」


 「私も日本人でした。」


 思わぬ同郷人に嬉しくなってそう言うと、ふと目の前の女性……アマミヤさんが動きを止める。


 「あなたのその笑い方、私の知ってる子によく似てる。あの子元気かなぁ……。」


 懐かしむような、独り言にも似た言葉と共に何故か頭を撫でられる。


 なぜに……。


 「ねぇ、あなた日本人だったならコレの味わかるでしょ?味見してくれないかなぁ?他の人に頼んでもコレを知らないから反応ひどいのよ。」


 拗ねたような物言いをしながら掲げるのはフラスコ。その中には茶色の液体……粘液?が入っている。


 コルクのキャップを外して差し出されると独特の香り。だがそれは懐かしさすら感じる。


 もしかして……


 「味噌ですか?」


 遠くで誰かが止めるような声が聞こえた気がする。でも匂いからコレが何なのか予想ができたので躊躇はない。


 渡されたそれを少しだけ指先に垂らして、ぺろりと舐める。


 「これ……大豆じゃない。ざらリと口に残る食感とあっさりした味……。麦味噌ですか?」


 懐かしさを感じる味。これ味噌汁で飲みたいなぁ。


 「麦味噌がわかるのね!日本人だから違いがわかるのかしら?それとも地域が近かったのかしら?」


 嬉しそうに語るその顔に見覚えがある。


 その名前すら。


 いつ?どこで?だれだった?


 喉元まで、ここまで出てきてるのに……。


 懐かしいあの人は、シルエットも見えてるのに。大切な忘れてはいけない人だったのに。


 頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えて、フラスコをその人に返す。


 「美味しいと思います。でも、ちょっと薄いかな……。」


 「あ、やっぱりそう思う?そうじゃないかと思ったの。ありがとう。」


 またね。


 来たときと同じように笑顔で踵を返すその人の背に、ふと懐かしい面影を感じる。


 『……ちゃん!』


 ああ、ここまで来てるのになんでわからないかなぁ。なんで思い出せないかなぁ。


 もどかしさで泣きたくなる。


 「ロサ!」


 突然名を呼ばれたかと思ったら視界が塞がれた。暖かな何かに包まれて額に当たるそこからドクドクと鼓動が響く。頭をゆっくり撫でられていると理解したとき、自分が抱きしめられているのだとやっと理解した。


 「シ……ン?どうしたの、急に。」


 「待たせてゴメン、帰ろう……。」


 耳元で囁かれて抱きしめられた腕に力が込められた。


 「ん?うん。」


 唐突な出来事にそれまで感じていた何かが思考の彼方へと消えていったことに気づくことはなかった。



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