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 セナから半ば強制的にブレスレットを贈られたベルティアは、彼の言う通りそれを外せないままムーン・ナイトまで過ごすことになった。そしてもちろん、目敏い生徒たちからベルティアとセナが同じブレスレットをつけていると見つかったのは言うまでもない。


「お前さ……なにしてんの?」

「……俺のせいじゃないもん」

「だからセナ殿には気をつけろとあれほど……」

「ですから、俺のせいじゃないんですってば……」


 ベルティアがパーシヴァルとセナのパートナーになっていると噂が広まり、節操なし男爵令息だと悪口を言われている。ブレスレットを外したいけれどセナから死ぬと脅されているため、もし本当にそうなったら困るから外すこともできない。そんなベルティアを見兼ね、呆れ顔のジェイドとライナスから呼び出されたのだ。


「一応確認するけど、お前が申し込んだわけじゃないよな?」

「んなわけないだろ! セナ様から、本当は俺に申し込もうと思ってたって言われただけだよ……」

「ムーン・ナイトのパートナーが二人いるなんて前代未聞だぞ。セナ殿の相手は兄上だし、お前の相手は隣国の王太子。王族を馬鹿にする行為と言われても反論できないな、これじゃ」

「ノア殿下へのフォローはお願いします、レイナス殿下」

「はぁ!? なぜ俺が……最近の兄上はあまりにも感情がなさすぎて、話しかけにくいんだよ。お前がちゃんとフォローするんだな」

「そんなぁ……俺のせいじゃないのに……」


 噂があっという間に広まったのでセナとお揃いのブレスレットをつけていることをパーシヴァルに告げると、彼は「セナ殿から頂いて断れなかったんだろう?」と、詳細を話していないのに理解をしてくれて助かったものだ。


 ノアに関してはライナスの話の通り、最近はベルティアに無関心である。ブレスレットにも興味がないのか、今までなら何も言わずとも獣のような鋭い視線を送ってきていたものだけれど、そんな視線は今や見る影もない。


 イレギュラーな出来事にあの日のベルティアは使い物にならず、セナのイヤリングをシナリオ通りに盗もうとしたが失敗に終わった。


「ていうか、なんでそんなにセナ様に気に入れられてるんだ?」

「知らない……初めて会った日に俺が倒れただろ? ジェイドがお見舞いに来てくれた後、セナ様もお見舞いに来てくれたんだよね。それから様子がおかしい」

「最初からかよ。面識があったとか?」

「初対面のはずだけど……」

「もしかして、セナ殿からわざと嫌われようとしていたのか? だから嫌がらせを?」


 厳密に言えば嫌がらせの理由は違うのだけれど、セナに嫌われるのが目的なのは合っているのでベルティアは小さく頷いた。ライナスが点と点が合ったというように納得し、ジェイドは「通りでおかしいと思ったんだよ!」とわざとらしく大きなため息をついた。


「お前が理由もなく人を嫌いになると思ってなかったからさ……わざとなら安心した」


 ――待って、選択肢を間違えたかも。


 ジェイドとライナスは『ベルティアは理由なく人を嫌わない』なんて納得したように話をしていて、当の本人は路線を間違えたと頭を抱えた。ここは機転をきかせて『ただ嫌いだからやってるだけ』と言うべきだった。


 セナが現れてからずっと一人で好感度の数値と戦っているベルティアにとって、ライナスが初めて『嫌われようとしている理由』を分かってくれたので、条件反射で頷いてしまったのだ。自分の反射神経の良さが仇となり、ベルティアは苦い顔をして唸るしかなかった。


 攻略対象のうちの半分であるこの二人が、セナへの嫌がらせがわざとだと知っていたら国外追放される道がグッと狭まる。そもそも好感度を0%にするは不可能だし、卒業までもう日がないということは国外追放の断罪ルートにシナリオも切り替わっているだろう。


 ――無理ゲーすぎる。これ、ちゃんとバッドエンド迎えられるのかな……?


 あまりにも無慈悲な状況に頭が痛くなる。大前提として、セナの様子がおかしいのが問題なのだ。セナさえシナリオ通りに動いてくれたらいいものを、彼はノアルートに足を突っ込んでいる割にベルティアにも友好的。シナリオを無視するようなパートナーの申し込み。


 複雑なこの状況に何度目か分からないため息をつく。なんとなく自分は早死にしそうだなとベルティアは自嘲した。


「でも、セナ様も突拍子がない方だな。パートナーが二人なんて確かに前代未聞だけど、聖なる瞳のセナ様がそう決めたなら誰も指摘はできないし」

「俺は兄上が正気なのかと疑ったよ。自分が一度婚約を断った人をパートナーに選ぶなんてさ」

「……ノア殿下はきっと、セナ様と婚約すると思います」

「兄上が? ないない。それはベルティアが一番分かってるだろ?」

「人の気持ちは変わるものです。実際、パーシヴァル殿下とお似合いだと言われましたから」

「は……? それ、兄上から言われたのか? 本当に?」

「本当です。パーシヴァル殿下からいただいたブローチを見て……今までのように怒ることはありませんでした。受け入れられたという感じで」

「ベルティア、パーシヴァル殿とは“恋愛ごっこ”だろ? 本当に兄上とは……それでいいのか」

「ライナス殿下だって、俺たちが一緒になっても意味がないと分かっているはずです。これでいいんですよ。俺はアルファの男で子供はできない。でも、セナ様なら聖なる瞳で国にも必要だし、オメガだから子供もできる……それが自然の摂理です」


 これでよかったのか、なんて今更だ。こうなることを望んでいた結果がこれなのだから、手放しで喜ぶべきなのである。


 頭では分かっているのに心は何度も何度も刃を突き立てられているかのように痛んで、左胸につけているブローチをぎゅっと握った。


 そして気がついたのは、ジェイドも切なそうな顔をしているということ。ベルティアの祖母、ルシアナから聞いた話ではジェイドの家系はレイク家の監視者で、呪いを断ち切るためにいつでも対象者を殺せる機会を窺っているはずなのに。


 ジェイドの表情が何を意味しているのか分からないけれど、彼はきっと『レイク家の者に惹かれる呪い』のせいでベルティアに手をかけられないのだろう。全てを知っているからこそジェイドも何か辛い思いをしているのだろうなと、ベルティアは他人事のようには思えなかった。


「ムーン・ナイトが終わればあとは卒業か、ベルティアは」

「……そうですね」

「卒業後のことは決まってるのか?」

「いえ、まだなにも。とりあえず実家に戻ると思います」

「卒業まで何もないといいな」

「本当に……何事もなく卒業を迎えたいです」


 この学園生活では、得たものも多かったが失うものも多いだろう。ちょうど窓の外を歩いていたノアとセナの姿を見ながら、彼の心を失ったことがベルティアの人生で一番大きな損失と後悔になると確信した。




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