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氷の公爵令嬢は微笑まない
氷の公爵令嬢は微笑まない
ゆる
異世界恋愛ロマファン
2025年06月10日
公開日
1.9万字
連載中
「人心を惑わし、国益を損ねる者」 ――そう断じられ、公爵令嬢ジュリエット・ウェントワースは、 祖国から追放された。 だが彼女は、涙一つ流さなかった。 なぜなら、祖国の崩壊は、すでに彼女の予見した未来だったから。 滅びゆく運命から唯一この国を救えたのは、自分だったのに―― 誰もそれに耳を貸さなかった。 全ての責務から解き放たれ、流れ着いた隣国。 素性を隠し平民として生きるジュリエットは、 そこで出会った第二王子レオポルドに才能を見出され、 王国顧問として再び表舞台へ。 レオポルドと共に改革を進める日々の中で、 ジュリエットの中に眠っていた“熱”が少しずつ溶けていく。 一方で、かつての祖国は―― 彼女を捨てた報いとして、ついに滅びを迎えるのだった。 「私はもう、あの国のために微笑むつもりはない」 冷たく、気高く、それでいて誰よりも誠実な公爵令嬢の、 静かなる逆転劇と、新たな愛の軌跡。

第1話 :追放の刻



1-1 追放宣告


「ジュリエット・ウェントワース、お前のような氷の女は、この国には不要だ!」


王太子 エドワード・カーライル の怒声が、広大な王宮の大広間に響き渡る。

壁には豪奢なタペストリーが飾られ、光を反射するシャンデリアが煌めいていた。

だが、その華やかさとは裏腹に、室内の空気は冷え切っていた。


私は、そんな宮廷の中心で、ただ一人、静かに立っていた。

王太子の言葉を受けても、私の表情は変わらない。


「……なぜ、そのようなことを仰るのですか?」


私の声は平坦だった。

怒りも悲しみも、驚きすらも感じさせない、冷静な声音。


それが、彼の 逆鱗に触れた のだろう。

エドワードの顔はますます紅潮し、拳を握りしめる。


「なぜだと? 貴様には愛がない! 冷たく、人の心が分からぬ! 王妃になる資格など、そもそもないのだ!」


大広間に集まった貴族たちは、王太子の言葉に頷き、囃し立てた。


「確かに、ジュリエット様は冷たい方ですな」

「王妃たるもの、国民に愛されねばならぬ。その点、セリーナ様のほうがふさわしい」


そう言って、視線が集まったのは、王太子の隣に立つ 金髪の少女 だった。

男爵令嬢 セリーナ・グレイス。


彼女は まるで純粋無垢な乙女のように エドワードを見上げ、甘く微笑んだ。


「エドワード様……私は、ただ王妃としてこの国のために尽くしたいだけですわ」


それは、あまりにも計算された言葉だった。


(愚かしい……)


私は内心でため息をついた。

彼女の目的は明白だった。


私を排除し、自分が王太子妃の座を手に入れること。


エドワードは 彼女の掌で転がされている ことにも気づかず、ただ彼女の言葉に頷いた。


「セリーナは優しい心を持っている。お前とは違う! 彼女こそ、俺の隣にふさわしい!」


彼の宣言に、私はただ静かに視線を落とした。

何を言われようと、取り乱すつもりはない。


「……私には、王妃としての責務を果たすための知識と経験があります。外交、政治、経済、すべて学んできました。それでもなお、私は不適格だと?」


私が冷静に尋ねると、エドワードは 鼻で笑った。


「努力の問題ではない! そもそもお前には、人の心がないのだ!」


それが、彼の答えだった。


努力ではどうにもならない。

彼は 私の知識や能力など、最初から眼中にないのだ。


この国の未来を見据え、少しでも安定させようと尽力してきた。

隣国との外交関係を維持し、経済の破綻を食い止めるために、どれほどの策を講じてきたか。


それらすべてを、彼は一切見ていなかった。


その瞬間、私は 理解した。


(……この国は、やがて滅びる)


私だけが、それを知っていた。


この国の財政はすでに限界を迎えている。

貴族たちは腐敗し、国民の不満は増大している。

さらに、隣国との緊張が高まり、戦争の危機が迫っている。


私は、それを防ぐ唯一の存在だった。


だが、誰も私の警告に耳を貸さず、私を 国を惑わす悪女 として追放しようとしている。


「ジュリエット・ウェントワース、公爵家の娘としての身分を剥奪し、この国から追放する」


国王が重々しく告げた。

その言葉が この国の未来を決定づけるもの になるとも知らずに。


1-2 追放の夜


宮廷から連れ出された私は、無言のまま城門へと向かっていた。

護衛の兵士たちは、私を馬車に押し込むようにして扱う。


「哀れな令嬢様だな。お前、これからどうやって生きていく?」

「平民として生きることなんてできるのか? まあ、野垂れ死にするのがオチだろう」


兵士たちは 笑いながら 私を見下した。


だが、私はその嘲笑を 静かに受け入れた。


「……あなたたちは、本当に幸せね」


「な、なんだと?」


兵士たちは眉をひそめたが、私は何も答えなかった。


(この国は、やがて滅ぶ)


それは、もはや 避けられない運命 だ。


この国は、私を排除することで 唯一の救済手段を失った。

誰も気づかぬまま、滅亡の道を歩み続けている。


かつての私なら、この国を救うために 命をかけてでも策を巡らせた だろう。

だが今の私は、そんな必要はない。


私の警告を 嘲笑い、無視した者たちがどうなるか。


私は 何もせず、ただ見届ければいい。


「ジュリエット様、最後に何か言い残すことは?」


一人の兵士が尋ねた。


私は 初めて微笑んだ。


「……いいえ、何も」


それは 氷のように冷たい微笑み だった。


彼らは その意味を、まだ理解していない。


だが、やがて彼らは気づくだろう。

自分たちが追放した女こそが、唯一の救いであったことを。


そして、その時には すべてが手遅れになっているのだ。



1-2 追放の夜


王宮から追放されると決まったその日、私は夜の城門に連れてこられた。

宮廷から出されるのは早朝になるかと思ったが、処刑されるわけでもない私に対し、彼らは見世物にするつもりはないらしい。

それとも単に、王宮に「不吉な女」がいるのが許せなかっただけかもしれない。


城門は静まり返っていた。

見送りに来る者などいるはずもない。

かつて私に敬意を示していた貴族たちも、取り巻きとして愛想よく振る舞っていた者たちも、誰一人いない。


――いや、それどころか、私は この国全体に憎まれていた。


「ジュリエット・ウェントワース、二度と戻ってくるなよ」


私を見張る兵士の一人が吐き捨てるように言った。

他の兵士たちも同調し、私を 冷笑混じりに見下している。


「国を滅ぼそうとした女が、ついに追放か。これで国も安泰だな」

「この女が何を企んでいたかは知らないが、王太子殿下の決断は正しい」

「もしお前がこの国の民なら、石でも投げられていたかもな」


彼らは口々に 私を罵る。


だが、私は 何も言い返さなかった。

怒りも悲しみも、もう私の中にはない。


(愚かしい……)


私の忠告は 彼らのため だった。

この国が間違った方向へ進んでいることを知らせるためだった。


それが、どうしてこうなったのか。


貴族たちは私を 冷たい女だと蔑んだ。

王太子エドワードは 「氷の女に王妃は務まらない」 と決めつけた。

国民たちさえ、噂に踊らされ、私を 国を惑わす不吉な存在 だと信じ込んだ。


――この国には、真実を見極める力がなかった。


このままでは、数年以内に 戦争か経済破綻 によって滅びるだろう。

だが、もう 私には関係のないこと だ。


私は この国を救う唯一の存在だった。

だが、彼らが 私を追放したことで、その可能性は完全に潰えた。


(そうね……これで、ようやく解放された)


私は初めて、 安堵の息をついた。


――もう、責任を負う必要はないのだ。



---


「さっさと行け」


兵士の一人が馬車を叩くと、御者が手綱を操り、馬がゆっくりと歩き出す。

私の乗せられた馬車は、 闇の中へと進んでいった。


王都の城門を超えた瞬間、私はこの国の人間ではなくなった。

そして、私のいた国が 二度と戻れぬ場所になった ことを実感する。


窓の外を眺めると、月が高く昇っていた。

闇に包まれた大地は静まり返り、王都の灯りが遠ざかっていく。


「……」


私は、何も感じなかった。

未練も後悔もない。

むしろ、ようやく 自分の人生を取り戻せる という気すらした。


しばらくして、御者が口を開く。


「嬢ちゃん、行く宛ては決めてるのか?」


意外な問いだった。

私は、少しだけ考えた後、静かに答える。


「隣国の町まで運んでください」


それ以上、御者は何も言わなかった。

余計なことを聞かないのは、仕事として慣れているからだろう。


馬車はただ、暗闇を走り続ける。

その間、私は 自分の未来について考えた。



---


数時間が経ち、馬車は次の街に到着した。


「ここで降ろすぞ」


御者がそう言うと、私は馬車から降り、そっと地面に足をつける。

王都ではないこの場所は、私にとって 新しい世界の始まり だった。


ここからは、私一人で生きていかなければならない。


私は小さく息をつき、夜空を見上げる。

雲一つない空に、月が優しく光を投げかけていた。


「……」


王都では決して見られなかったほど、澄んだ夜だった。


(私がいなくなったあの国は、どうなるかしらね)


きっと、貴族たちは相変わらずの贅沢三昧。

王太子エドワードは、セリーナと共に 「理想の王国を作る」 などと夢想していることだろう。


だが、現実はそう甘くない。


彼らが私を 国の脅威 として排除したことで、貴族たちは より好き放題をするようになる。

国庫はさらに圧迫され、隣国との関係も悪化し、いずれ 国の崩壊は避けられなくなる。


私は、それを ただ遠くから眺めるだけ だ。


(もう、あの国に未練はない)


私は 滅びゆく国を見届けるために生きる つもりもない。

私の人生は これから始まる のだから。


王宮の人々は、私を 「氷の令嬢」 と呼んだ。

私が冷徹で、感情を持たない人間だと信じていた。


だが、それは違う。

私は ただ、愚か者に関わることをやめただけ だ。


この国が滅びる未来は 決まっている。

それならば、私は その結末を知ることもなく、新たな道を進むだけ だ。


(私は自由になった)


ふと、私は気づく。


王宮にいた頃、一度も 自分のために笑ったことはなかった ことに。

けれど、今。


この新しい場所で、私は 初めて微笑んだ。


「さあ、私の新しい人生を始めましょう」



1-3 新たな旅立ち


夜の静寂に包まれた街に、私は一人佇んでいた。


王都を追放された私は、隣国の小さな町まで馬車で運ばれた。

ここは、王都ほどの賑わいも華やかさもないが、その分、人々の暮らしが息づいている場所だ。

レンガ造りの家々が立ち並び、街灯の明かりが優しく道を照らしている。


王都を出たばかりの私には、この穏やかな景色が あまりにも新鮮に映った。


(ここから、私はどう生きていくべきか……)


そう考えながら、私はそっと 夜空を見上げた。


満天の星が輝いている。

王宮では、厚い壁と高い天井に囲まれ、こんな星空を見ることはなかった。

私はふと、自由になったのだ という実感を抱いた。



---


◆ 宿探し


まず、私は宿を探すことにした。

王都の貴族だった私には、宿を自ら手配するなど考えたこともなかったが、今の私は ただの一人の女 に過ぎない。


街を歩いていると、軒先に小さなランプを灯した宿を見つけた。

「旅人歓迎」と書かれた木製の看板が揺れている。


私は意を決して扉を開いた。


「いらっしゃいませ」


中に入ると、カウンターの向こうにいた中年の女性が微笑んだ。

彼女は温かみのある雰囲気を持ち、客を迎えることに慣れているようだった。


「泊まりたいのですが、部屋は空いていますか?」


私がそう尋ねると、女性はにこやかに頷いた。


「ええ、今なら一番奥の静かな部屋が空いていますよ。一泊銀貨三枚です」


私は、すぐに手持ちのコインを取り出し、銀貨三枚を差し出した。

王宮にいた頃に比べれば 取るに足らない金額 だが、今の私にとっては 貴重な財産 だった。


「ありがとうございます。名前を伺っても?」


「……リディア、とでも名乗っておきます」


私は咄嗟に偽名を使った。

ジュリエット・ウェントワースの名を捨て、今からは ただの一人の旅人 だ。


「リディア様ですね。お部屋へご案内します」


宿の女主人は特に詮索することもなく、私を部屋へ案内してくれた。



---


◆ 夜の独白


部屋に入ると、私は窓を開け、外の空気を吸い込んだ。

かつての生活とはまるで異なる。


王宮では、私は常に気を張り、誰かの目を気にして生きていた。

しかし今は 誰の目も気にする必要はない。


――私は、自由になったのだ。


ベッドに腰掛けると、じわじわと 実感が湧いてくる。


私は、公爵令嬢として生まれ、王妃となるための教育を受けてきた。

礼儀作法、舞踏会での振る舞い、政治や経済の知識。

だが、それらすべては 王都に置いてきた過去のもの だ。


今の私は 何者でもない。


(これから、私はどう生きるべきか……)


その答えは、まだ見つからなかった。


だが、一つだけ確かなことがある。


私は、もう二度とあの国には戻らない。


――そして、王都はやがて滅びる。


私はそれを知っている。

貴族たちの腐敗は極限に達し、財政は破綻寸前。

隣国との関係も悪化し、いつ戦争が起きてもおかしくない。


王太子エドワードも、セリーナも、自分たちが国を導いているつもりでいるだろう。

だが、彼らは 国を守るために必要な知識も覚悟も持ち合わせていない。


(もう、どうでもいいことだけれど)


私は、静かに 微笑んだ。


かつて、私は 「氷の令嬢」 と呼ばれた。

冷たい、無慈悲な女だと侮られ、嘲笑され、追放された。


だが、それももう 過去のこと だ。


私は 氷の令嬢ではなくなった。

ジュリエット・ウェントワースという名前も、今この瞬間に 捨てた。


「……さて、明日はどうしようかしら」


自分の声が 驚くほど穏やか だったことに、私は少しだけ驚いた。


こんなふうに、未来を考える余裕ができたのは久しぶりだった。



---


◆ 新たな決意


翌朝、私は 久しぶりに目覚めの良い朝 を迎えた。


朝日が窓から差し込み、鳥のさえずりが心地よく響いている。

王宮にいた頃よりも ずっと素朴な朝 だが、それがとても 愛おしく感じた。


私は軽く身支度を整え、宿の食堂へ向かった。


「おはようございます、リディア様。朝食はいかが?」


女主人が優しく声をかける。


「ありがとうございます、いただきます」


出されたのは、黒パンと温かいスープ。

王宮で出されるような豪華な料理ではないが、素朴で温かい味がした。


(これが、普通の生活……)


私は、初めて 人間らしい温もり を感じた気がした。


王宮では、私は 道具のように扱われていた。

完璧でなければならず、感情を持つことさえ許されなかった。


だが、ここでは 私のことを知る人は誰もいない。

ただ、一人の人間として扱われている。


それが、なんだか 嬉しかった。


食事を終えた私は、宿の女主人に尋ねた。


「この町で仕事を探したいのですが、どこか紹介していただけますか?」


「まあ! 働くつもりなのね。それなら、市場の商人たちに聞いてみるといいわ」


私は小さく頷いた。


(今度こそ、私は 自分のために生きる)


王妃としての未来を捨てた今、私は 自分の人生を選ぶ権利を手に入れた。




1-4 新しい生活の始まり


王都を追放され、隣国の小さな町で新たな生活を始めることになった私は、まず 仕事 を探すことにした。


宿の女主人に紹介された市場へ向かうと、朝の陽光が商店の軒先を照らし、人々が活気よく行き交っていた。

王都の宮廷にいた頃は、こうした 庶民の暮らし など見向きもしなかった。

だが、今の私にとって、この光景は 新しい世界 そのものだった。


私は市場を歩きながら、仕事を探せそうな店を観察する。

野菜や果物を売る店、革細工の職人、食堂、布地を扱う商人たち――どこも活気があり、店主たちは忙しそうに働いていた。


(さて、私はどこで働くべきかしら?)


私は公爵令嬢として 王宮の作法や政治、経済 を学んできたが、市場での仕事となると 経験は皆無 だった。


王妃になるために身につけた知識は、果たしてこの町で 生きる糧になるのか?


私は少しだけ不安を覚えながらも、ある商店の前で立ち止まった。


そこは、比較的大きな商会で、帳簿を広げた青年が、忙しそうに取引の計算をしている。

その様子を見て、私は 自分の得意な分野 に気づいた。


(私には、王宮で培った経済の知識がある。この町の商人たちにとって、それは役に立つかもしれない)


私は意を決し、その青年に声をかけた。


「すみません、お仕事を探しているのですが、人手が足りていませんか?」


青年は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに私をじっくりと観察し、興味深げに尋ねた。


「仕事? どんなことができるんだ?」


「帳簿の整理や計算ができます。経済や市場の動きにも詳しいです」


「へえ……この町の商売は未経験だろう?」


「ええ、ですがすぐに学びます」


青年は腕を組み、考え込んだ。


「……じゃあ、試しにこの取引の計算をしてみてくれ」


彼が差し出したのは、最近の仕入れ記録だった。

私はすぐに計算し、 商品の原価、利益率、今後の市場価格の変動 についての簡単な予測を述べた。


「……!」


青年の目が驚きに見開かれた。


「お前、何者だ? 普通の旅人が、こんなことをできるわけがない」


私は少しだけ迷ったが、簡単に答えた。


「ただの放浪者です」


「……ふむ。まあいい、面白いな。よし、明日から試用期間として働いてみるか?」


私は微笑み、静かに頷いた。



---


◆ 仕事の始まり


翌日から、私は商会の帳簿管理を担当することになった。

最初は疑いの目を向けていた商人たちも、私の計算能力の高さと、的確な市場分析に驚き、次第に信頼を寄せるようになった。


「お嬢さん、こんなに正確に取引の記録をつけてくれるとは……!」

「最近、利益が安定してきたのは、お前のおかげか?」


仕事をしているうちに、商人たちの態度が次第に軟化していった。


(こんな風に人と関わるのは、初めてかもしれない)


王都では 貴族たちの顔色を伺い、慎重に振る舞う ことが求められていた。

しかし、この町の人々は 純粋に結果を評価してくれる。


私の能力が、私自身の価値となる――そのことが、とても嬉しかった。



---


◆ 王都の動き


仕事を始めて数週間が経った頃、町の噂話を耳にするようになった。


「王都でまた重税が課されたらしい」

「貴族たちが金を巻き上げるばかりで、民衆は困っている」

「王太子エドワードがますます傲慢になっているそうだ」


私は、静かに 微笑んだ。


――予想通りだ。


私が追放されてから、王都の貴族たちは ますます好き勝手をし始めた のだろう。

私のような人間がいなくなれば、彼らは 誰にも咎められることなく、国を私物化する ことができる。


その結果、 国民に重い負担がのしかかるのは当然のこと だ。


私は何も言わず、仕事を続けた。


(もう関係のないことだもの)


私は この町で生きると決めた のだから。



---


◆ 初めての笑顔


市場での仕事を終えたある日、私は街の広場で小さな子供たちが遊んでいるのを見かけた。

彼らは笑いながら走り回り、純粋な楽しさを全身で表現していた。


王都では、こんな無邪気な光景を見ることはなかった。


貴族の世界は冷たく、計算ばかりの場所だった。

私が「氷の令嬢」と呼ばれたのも、そうした環境で生きてきたからだ。


だが今、私は違う。


私は ただの一人の人間 として、ここで暮らしている。

誰かの策略に巻き込まれることも、王宮のしがらみに縛られることもない。


私は 自由だ。


「……ふふっ」


自分でも驚くほど自然に 笑みがこぼれた。


私は今まで、王宮で一度も 自分のために笑ったことがなかった ことに気づいた。

だが、今は違う。


「ねえ、お姉ちゃん!」


突然、元気な声が聞こえた。

気づけば、子供たちの一人が私の方へ駆け寄ってきていた。


「どうしたの?」


「遊ぼう!」


私は少しだけ考えたが、すぐに 小さく頷いた。


「いいわよ」


そう言って、私は 子供たちと一緒に遊び始めた。


王宮では決して許されなかった、こんな時間。


それが 今の私には何よりも大切なもの だと感じた。


――こうして、「氷の令嬢」ジュリエットは、新たな人生を歩み始めたのだった。









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