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105 シャワーとコラリー

 コラリーが掃除をしてくれている間、俺は魔道具作成を集中して進めていく。

 ファルコン号の帰還までには完成させなければならないのだ。


「余分に作ってもいいかな」


 今後、必要になるたびに作るのは大変だ。

 欲しい時にいつでも用意できる形にしたい。

 とはいえ、遠距離通話用魔道具には、魔石の分割という工程がある。

 一つとして同じ物がない魔石を、丁寧に選別して綺麗に二つに割らなければならない。

 その工程があるので、遠距離通話用魔道具は、まとめて作成するのには向かないのだ。


「ふうむ。じゃあ魔石だけ二つに割っておくか?」

 一瞬そう思ったが、割ったのならば、ついでに作ってしまった方がいい。

 最も難しいのが、魔石を割るという工程なのだ。


 悩んでいると、

 ——シャー

 後方からシャワーの音が聞こえて来た。

 どうやら、コラリーはキッチンの掃除を終えて、シャワーエリアの掃除を開始したらしい。

 シャワーエリアはタロの清掃範囲内ではある。

 だが、コラリーは気になる点を見つけたのだろう。


「ピピ」

 タロもコラリーのところに行ったようだ。


 俺は作業の手を止めず。振り返らずにコラリーに言う。


「コラリー、お湯の出し方はわかるか?」

「……わかる。ハティが教えてくれた」


 さすがハティだ。しっかり教えてくれていたようだ。


「そうか。それならよかった。水だと冷たいから、お湯を使いなさい」

「……わかった。使っている」


 今は冬。

 掃除に冷たい水を使うのは、とてもつらい。


 作業を進めていると、シャワーの音が止む。


「……おわった」

「そうか、ありがとう」

「……ヴェルナー、雑巾ない? 濡れた。ごめん」


 どうやら、コラリーは床を濡らしてしまったらしい。

 それは仕方の無いこと。

 シャワーエリアは別にはっきりと区切られているわけではないのだ。


 元々、研究所にあるシャワーは実験中の事故で薬品などをかぶった際、駆け込んで洗い流すためのもの。

 快適にシャワーを浴びるための設備ではない。

 最初は水しか出なかったが、お湯が出るように改造したぐらいだ。


「謝らなくてもいいよ。雑巾なら——」

 振り返って、雑巾のある場所を教えようとした。


「コラリー? なぜ全裸?」

 シャワーエリアは基本的に丸見えなのだ。

 だから、全裸でびちゃびちゃのコラリーが見えた。


「……濡れるから脱いだ」

「そ、そうか」


 確かに今のコラリーは髪の毛までびしょびしょだ。

 どうせ濡れるなら、最初から脱いでおけばいいというのは正解である。


「ちょ、ちょっと待て」

「……まつ」


 俺はひざの上で寝るユルングを抱きかかえて、清潔なタオルが置いてある場所へと走る。

 そして、なるべく見ないようにして、コラリーに清潔なタオルを手渡した。


「……ありがと。研究の手をとめさせた。ごめん」

「それはいいんだが、なぜ雑巾で身体を拭こうとする」


 俺はタオルを渡した後、俺はすぐに背を向ける。

 そして、自分の席に戻った。


「……いつもそうしてたから」

「…………」


 俺は言葉を失った。

 雑巾で身体を拭くのが日常だったとは。


 コラリーは光の騎士団の元、道具のように扱われ、劣悪な環境で育った。

 それは知っていたが、雑巾で身体を拭く日々だったとは思わなかった。


「……問題?」

「もちろん問題だ」

「……掃除の仕方?」

「違う。雑巾は身体を拭くためのものじゃない。」

「……でも、水滴は取れる。雑巾でもいい」

「それでもだ。これからはタオルで身体を拭きなさい。雑巾は不衛生だ」

「……でも、私は汚いから」


 どれだけ汚れたとしても、普通、雑巾では身体を拭かない。

 雑巾で身体を拭くなど、物扱いだ。

 光の騎士団では、コラリーを完全にものとして扱っていたのだろう。


「コラリーは汚くはない」

「…………でも」

「でも、ではない。コラリーは汚くない。わかった?」

「……わかった」


 納得してくれたかわからないが、雑巾で身体を拭くのは止めてくれるだろう。


 まだ、俺は言わなければいけないことがある。


「それと、人前で服を脱いだりするな」

「……? 脱がないで掃除したら、服が濡れる」

「濡れても着替えればいいだけだ」

「……わかった。でも脱いでから掃除した方が効率が良い」


 効率だけでいえば、そうかもしれない。

 だが、世の中には効率以外に大切なものがある。


「普通、知らない異性の前で服は脱がないんだよ」

「……ヴェルナーのことは知ってる」

「うん、そうだな」


 特殊な環境で育ったコラリーには常識がないらしい。


「それでもだ。俺の前でも肌は曝さないようにな」

「……知ってるのに?」

「知らないという言い方がよくなかったな。特別な関係にある異性以外の前では、だ」

「……ヴェルナーは特別。助けてくれたし、身元引受人にもなってくれた」

「うん、そうだが」

「……ヴェルナーにとって、私は知らないし、特別でもない?」

「そういうわけではないんだが、なんというか好意を持つ異性の前でしか肌を曝すなというか」


 自分たちが当たり前だと認識していることを教えるのはとても難しい。


「……私はヴェルナーのこと好き」

「ありがとう。それでもだ」

「……ヴェルナーは私のこと好きじゃないってこと?」

「いや、そういうことではない。とにかく、急に服を脱がないように」

「…………わからないけど、わかった」


 そんな会話を交わしている間に、コラリーは服を着たようだ。


「……タオル、ありがと」

「ああ、使ったタオルなら、そこにある籠に……」


 そんなことをいいながら、コラリーをみると、髪の毛がびちゃびちゃだった。


「コラリー? 髪の毛を拭きなさい」

「……もう拭いた」

「でもびちゃびちゃだぞ」

「……そのうち乾く」


 夏でも濡れた髪をそのままにするのは良くない。

 その上、今は冬だ。


「風邪引くぞ。ちゃんと拭きなさい」

「……うん? わかった」


 コラリーはタオルで適当にさっと拭うと、籠にタオルを入れようとする。


「ちょっと待て」

「……まつ」


 コラリーは身体を雑巾で拭いていたぐらいだ。

 恐らくコラリーの育った環境では髪の毛をちゃんと乾かすという習慣はなかったのだろう。

 そもそも、風呂やシャワーで身体を綺麗にするという習慣すら無かったのかもしれない。


「タオルを持ったままこっちに来なさい」

「……わかった」

「はい。ここに座って」

「……うん。座る」


 俺は隣に椅子を持ってきて、コラリーを座らせる。

 そして、タオルで、コラリーの髪をきちんと拭いてあげることにした。

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