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106 コラリーの髪の毛

 ユルングを机の上にのせて立ち上がると、俺はタオルでコラリーの髪の水分を取っていく。


「こうしていると、ルトリシアを思い出すな」

「……ルトリシア?」

「俺の妹だ」

「……かわいい?」

「可愛いぞ」


 風呂場から全裸で出てくるところも似ている。

 よく、びしゃびしゃのまま、侍女の手をかいくぐって、「にいしゃまー」と突撃してきたものだ。

 侍女に髪を触れさせずに、俺に乾かせと要求してきたりもした。


「……仲は良い?」

「年齢差が十歳ぐらいあるし、今は辺境伯家の領地にいるし。単純に仲が良いといっていいのか」


 十歳も離れると、保護者目線になる。

 それに、ルトリシアが生まれたのとほぼ同時期に、俺はケイ先生に弟子入りした。

 とはいえ、ルトリシアは王都生まれだし、五歳まで王都の辺境伯家の屋敷で暮らしていた。

 ルトリシアが王都に居た頃は、俺も辺境伯家の屋敷によく顔を出していたりもした。

 学院の寮と辺境伯家の屋敷、寝泊まりした場所はほぼ半々といった感じだった。


「年の離れた妹だからな。可愛がっていたかな」

「……そ」

「魔法で乾かすぞ」

「……魔法で? どうやって?」

「ま、みてなさい」


 俺は魔法で空気を暖めて、それをコラリーの髪に当てる。

 ルトリシアにもよくしてあげた魔法である。


「……気持ちいい」

「そうか、それはよかった」

「……難しそう」

 空気を暖める加減が難しいし、加えて送風の魔法を同時に行使するのでより難しい。


「練習しないと難しいかもな」

「……練習する」

「コラリーは魔法が得意だから、すぐにできるようになるよ」

「……頑張る」

「…………」

「………………」


 俺もコラリーも無言で、魔法の起こした風の音だけが研究所に響く。


「これでよしっと」

「………………」


 髪の毛を乾かし終わったとき、コラリーは眠っていた。

 疲れていたのかもしれない。


 俺はコラリーを横抱きに抱える。


「……軽いな」


 ロッテより軽い。まるでルトリシアのようだ。

 きっと食糧事情が良くなかったのだ。


 俺は、コラリーをベッドまで運んで横たえる。

 ファルコン号の隣に眠らせておく。

 眠っていたファルコン号は一瞬目を開けて、またすぐに眠った。


「ファルコン号も、コラリーもお疲れだな」

 そして、遠距離通話用の魔道具の作成に戻った。


「髪を乾かす魔道具も作りたいな」


 魔法で髪を乾かすのは難しい。だが、生活に必須というわけでもない。

 だが、あったら便利だ。

 安く作れたら、庶民の間に広まりつつあるお湯を作る魔道具との相乗効果も狙えそうだ。

 人々の暮らしを便利にしてこその魔道具だ。

 そういう意味では遠距離通話用の魔道具より、髪を乾かす魔道具の方が魔道具らしい。


 そんなことを考えながら、遠距離通話用の魔道具を作成していると、

「……見てていい?」

 起きたコラリーが俺の背後に立っていた。


「眠たくないか?」

「……眠くない」

「そうか、無理はするなよ? 疲れているのだろうし」

「……疲れてない。見てていい?」

「ん? 俺の作業をか?」

「……そ」

「いいぞ」


 コラリーは背後から、俺の真横に来る。

 そして、遠距離通話用魔道具を作る俺の手元をじっと見はじめた。

 見られているとなると、下手なところを見せるわけにはいかない。

 俺は気合を入れて、作成を進めた。


 …………

 ……


「これで、よしっと」


 想定より早く完成させることができた。

 コラリーに見つめられたことで、適度に緊張したのが良かったのかもしれない。


 時刻はお昼と夕方の間ぐらい。

 遠距離通話用魔道具の作成に、三時間弱しかかからなかった。

 コラリーの髪を乾かしたりした時間をのぞけば、二時間ちょっとだろうか。


「…………できた?」

「できたよ」


 俺が作業している間、コラリーは微動だにせず俺の手元を見ていた。

 凄い集中力だ。


「つまらなくなかったか?」

「……面白い」

「そうか。魔道具作りしてみたい?」

「……したい」

「こんど、教えようか?」

「……いいの?」

「いいよ」

「……頑張る」


 そのとき、結界に誰かが触れたことに気がついた。


「ん。誰か来たな。時間的にロッテかな」


 賢者の学院での授業を終えた後、こちらに来るとこのぐらいの時間になる。

 俺は寝ているユルングを抱き上げると、玄関まで移動して外を確認すると、やはりロッテだった。

 今日もしっかりと、近衛魔導騎士に護衛されている。


 俺は近衛魔導騎士たちにお礼を言って、ロッテを研究所の中に入れた。

 近衛魔導騎士たちは、ロッテが王宮に帰るときまで母屋の方で待機することになる。


「お師さま、ハティさんは?」

「ああ、ハティはだな——」


 俺はロッテにハティが実家に帰ったことを伝える。

 ハティはユルングの親の調査のため、俺とコラリーが古竜の宮殿に言ってもいいか聞きにいってくれたのだ。


「コラリーさんも?」

「……いきたい」

「許可が下りるかわからないがな」

「わ、私も行きたいです」

「ん。行きたいか」

「ダメですか?」

「俺としてはダメではないよ。聞いてみるか」


 俺はハティにつながっている遠距離通話用魔道具を起動して、ハティに尋ねることにした。

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