コラリーがロッテを殺しかけたときのために俺がいるのだ。
俺は即座に魔法障壁を展開し、魔法の矢をロッテの顔の直前で止める。
「ひっ」
ロッテは死んだと思ったのか、目をぎゅっとつぶっている。
息すら止めて、固まっていた。
「そこまで」
「……ごめん。止められなかった」
「コラリーはよくやった。ありがとう。危なかったがな」
「……ん」
ロッテを見ると、まだ固まっていた。
「ロッテもよくやった」
「は、はい」
そして一度、大きく息を吐き、それから肩で息をし始める。
「ロッテ。よく避け続けた」
「最後、避けられませんでした。もっと動けるようにならないと……」
「うーん。反省すべきはそこではない」
「どこでしょうか?」
「目をぎゅっとつぶって固まったところだな」
「はい」
「最後の最後まで諦めるな。目をつぶっても防御力はあがらないしな」
「気をつけます」
まだ息の荒いロッテに、ファルコン号が近づいて身体を押しつけている。
「ファルコン号、元気づけてくれるの? ありがとう」
「ふぁる〜」
そして、ぼーっと立っているコラリーの元にユルングが飛んでいった。
「ユルング?」
「りゃあ〜」
「……?」
ユルングは、コラリーの肩に乗って、頭を撫でる。
その様子を見て、俺は初めてコラリーが震えていることに気付いた。
俺はコラリーの近くに歩いて行って、ロッテに聞こえないほど小さな声で語りかける。
「コラリー。俺の望んだ以上の仕事だった」
「…………でも」
「それも想定内だ。あとで話そう」
「……ん」
殺しかけたと思って、怖くなったのだろう。
俺が近くで身構えていたのだ。
コラリーがロッテを殺す可能性はなかった。
だが、コラリーへの配慮が足りなかったかもしれない。
「ユルング、ありがとうな」
「りゃ」
俺が気付いていないコラリーの様子にユルングは気付いてくれた。
赤ちゃんなのに優しくて、賢い。
俺は俺の仕事をする。
「さて、ロッテ」
「はぁはぁ。はい」
「訓練の仕上げに、俺と手合わせしようか。疲れているならまた後にするが」
「いえ! やらせてください」
「その意気やよし」
俺はロッテが落とした剣を拾って確かめる。
「うん。いい剣だ」
魔法の矢を何度も刀身で受けて、最後には吹き飛び地面を転がったのに、欠けがない。
その剣を俺はロッテに手渡した。
「さて、俺を殺す気で攻撃しなさい」
「でも……」
「大丈夫。ロッテの腕前じゃ俺を殺せないよ。信頼して殺しに来なさい」
「わかりました」
ロッテは剣を振りかぶり、俺に襲いかかる。
俺は魔法を使わず、素手でその攻撃を凌いでいく。
相変わらず筋が良い。だが、それだけだ。
命のやりとりをしたことがない剣。
全く迫力の無い道場の剣。
圧倒的な戦闘経験不足。
「うむ。筋は良いな」
「はぁぁぁぁぁ!」
気迫を込めた一撃のつもりなのだろうが、恐ろしくない。
先ほどまでコラリーと対峙していたときより、圧倒的に弱そうだ。
異常なほどの成長しているとも思えない。
攻撃が苦手なのかと一瞬思った。
いや、生命の危機を感じていないから、ふぬけているのだろう。
もちろん本人は真剣だ。手を抜いているわけではない。
「そんなものか。こちらからいこう」
俺はロッテに殺気をぶつける。
「ひぅ」
殺気を受けて、ロッテは息をのみ、後ろに飛ぶ。
固まらず、目もつぶらないのは成長といえるかもしれない。
俺は魔力を右の拳に纏わせて、ロッテ目がけて撃ち込む。
もちろん本気ではないが、これまでのロッテの動きではかわせない速度で撃ち込んだ。
それを、ロッテは地面を転がってかわした。
受け身も取れず、無様な姿で転がった。だが、かわしたのだ。
これまでで最も速い動きだった。
(やはり、身の危険を感じないと、勇者の力とやらは発揮できないのかも?)
確かめるために、俺は転がったロッテに追撃をかける。
ぎりぎり、かわせないはずの速度でだ。
「ひぁ!」
変な声を出しながら、ロッテはかわした。
疲れて息が切れているというのに、これまでで最速の動きだった。
これで、ロッテに最適な訓練方法がわかった気がする。
操られたハティに襲われたとき、ロッテは驚異的な成長を見せてはいなかった。
為す術なくやられる寸前だった。
だが、コラリーの魔法の矢と俺の打撃攻撃をかわす際、驚異的な動きをみせて成長している。
つまり、ロッテは圧倒的な力を振るわれたら、あっさり死ぬのだ。
だが、対応できるかぎりぎりの環境に置かれると、驚異的な成長を見せる。
もしかしたら、全ての能力を発揮できたら、対応できるというときには対応できるのかもしれない。
普通、人は全ての能力を発揮することなど、滅多にできないものだ。
たとえ生命の危機が迫っていてもだ。
もし、生命の危機を感じたとき、自分の能力を十全に発揮できるならば、それはチートと言っていい。
そして、発揮した後、十全に発揮した状態を新たな基準として能力底上げするのだ。
(これが神に愛されし勇者という存在か。勇者でなければ魔王だな)
俺は、弟子の末恐ろしさを、改めて実感した。