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109 ロッテ対ヴェルナー

 コラリーがロッテを殺しかけたときのために俺がいるのだ。

 俺は即座に魔法障壁を展開し、魔法の矢をロッテの顔の直前で止める。


「ひっ」

 ロッテは死んだと思ったのか、目をぎゅっとつぶっている。

 息すら止めて、固まっていた。


「そこまで」

「……ごめん。止められなかった」

「コラリーはよくやった。ありがとう。危なかったがな」

「……ん」


 ロッテを見ると、まだ固まっていた。


「ロッテもよくやった」

「は、はい」


 そして一度、大きく息を吐き、それから肩で息をし始める。


「ロッテ。よく避け続けた」

「最後、避けられませんでした。もっと動けるようにならないと……」

「うーん。反省すべきはそこではない」

「どこでしょうか?」

「目をぎゅっとつぶって固まったところだな」

「はい」

「最後の最後まで諦めるな。目をつぶっても防御力はあがらないしな」

「気をつけます」


 まだ息の荒いロッテに、ファルコン号が近づいて身体を押しつけている。


「ファルコン号、元気づけてくれるの? ありがとう」

「ふぁる〜」


 そして、ぼーっと立っているコラリーの元にユルングが飛んでいった。


「ユルング?」

「りゃあ〜」

「……?」


 ユルングは、コラリーの肩に乗って、頭を撫でる。

 その様子を見て、俺は初めてコラリーが震えていることに気付いた。


 俺はコラリーの近くに歩いて行って、ロッテに聞こえないほど小さな声で語りかける。


「コラリー。俺の望んだ以上の仕事だった」

「…………でも」

「それも想定内だ。あとで話そう」

「……ん」


 殺しかけたと思って、怖くなったのだろう。

 俺が近くで身構えていたのだ。

 コラリーがロッテを殺す可能性はなかった。


 だが、コラリーへの配慮が足りなかったかもしれない。


「ユルング、ありがとうな」

「りゃ」


 俺が気付いていないコラリーの様子にユルングは気付いてくれた。

 赤ちゃんなのに優しくて、賢い。


 俺は俺の仕事をする。


「さて、ロッテ」

「はぁはぁ。はい」

「訓練の仕上げに、俺と手合わせしようか。疲れているならまた後にするが」

「いえ! やらせてください」

「その意気やよし」


 俺はロッテが落とした剣を拾って確かめる。

「うん。いい剣だ」

 魔法の矢を何度も刀身で受けて、最後には吹き飛び地面を転がったのに、欠けがない。


 その剣を俺はロッテに手渡した。


「さて、俺を殺す気で攻撃しなさい」

「でも……」

「大丈夫。ロッテの腕前じゃ俺を殺せないよ。信頼して殺しに来なさい」

「わかりました」


 ロッテは剣を振りかぶり、俺に襲いかかる。

 俺は魔法を使わず、素手でその攻撃を凌いでいく。

 相変わらず筋が良い。だが、それだけだ。


 命のやりとりをしたことがない剣。

 全く迫力の無い道場の剣。

 圧倒的な戦闘経験不足。


「うむ。筋は良いな」

「はぁぁぁぁぁ!」


 気迫を込めた一撃のつもりなのだろうが、恐ろしくない。

 先ほどまでコラリーと対峙していたときより、圧倒的に弱そうだ。

 異常なほどの成長しているとも思えない。


 攻撃が苦手なのかと一瞬思った。

 いや、生命の危機を感じていないから、ふぬけているのだろう。

 もちろん本人は真剣だ。手を抜いているわけではない。


「そんなものか。こちらからいこう」


 俺はロッテに殺気をぶつける。

「ひぅ」

 殺気を受けて、ロッテは息をのみ、後ろに飛ぶ。

 固まらず、目もつぶらないのは成長といえるかもしれない。


 俺は魔力を右の拳に纏わせて、ロッテ目がけて撃ち込む。

 もちろん本気ではないが、これまでのロッテの動きではかわせない速度で撃ち込んだ。


 それを、ロッテは地面を転がってかわした。

 受け身も取れず、無様な姿で転がった。だが、かわしたのだ。

 これまでで最も速い動きだった。


(やはり、身の危険を感じないと、勇者の力とやらは発揮できないのかも?)


 確かめるために、俺は転がったロッテに追撃をかける。

 ぎりぎり、かわせないはずの速度でだ。


「ひぁ!」


 変な声を出しながら、ロッテはかわした。

 疲れて息が切れているというのに、これまでで最速の動きだった。


 これで、ロッテに最適な訓練方法がわかった気がする。


 操られたハティに襲われたとき、ロッテは驚異的な成長を見せてはいなかった。

 為す術なくやられる寸前だった。

 だが、コラリーの魔法の矢と俺の打撃攻撃をかわす際、驚異的な動きをみせて成長している。


 つまり、ロッテは圧倒的な力を振るわれたら、あっさり死ぬのだ。

 だが、対応できるかぎりぎりの環境に置かれると、驚異的な成長を見せる。

 もしかしたら、全ての能力を発揮できたら、対応できるというときには対応できるのかもしれない。


 普通、人は全ての能力を発揮することなど、滅多にできないものだ。

 たとえ生命の危機が迫っていてもだ。


 もし、生命の危機を感じたとき、自分の能力を十全に発揮できるならば、それはチートと言っていい。

 そして、発揮した後、十全に発揮した状態を新たな基準として能力底上げするのだ。


(これが神に愛されし勇者という存在か。勇者でなければ魔王だな)


 俺は、弟子の末恐ろしさを、改めて実感した。

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