強風に小雨が混じる朝。
神宮寺裏手の墓地は
蓮太郎はもう随分長い時間、その墓を見下ろして立ち尽くしていた。右腕には包帯が巻かれ、首から下げた布で吊っている。昨夜、鈴姫の謎の力によって負わされた火傷と骨折の痕だった。
苔むした石畳を踏みしめ、なながやって来た。ななは蓮太郎の背中に向けて言う。
「……大坂城塞。野分龍が、暴れてる。浪士達も、集まってるって。……〈人斬り〉も」
反応は返ってこない。
ななはさらに、
「みんな、行ってくれるって。
蓮太郎は息を大きく吸い込み、吐いた。そして背中を向けたまま、感情の無い声で言った。
「……あれを、返してくれるか」
ななは肩を震わせた。目を恐怖に見開き、震える唇で、
「あの子が……冬姫と、同じになるの……?」
無機質な声が返ってくる。
「……同じだった。頭痛も、あの妙な力も。……きっと苦しみに苦しみながら、死を振り撒くことになる……処方は、一つしかない」
ななは一歩踏み出し、強い口調で言った。
「けど……! あの子の、本当の意思じゃない……!」
蓮太郎が振り向いた。素早くななに迫り、暗雲のごとき両目で見据える。
「……冬姫もそうだった」
ななは怯み、一歩後ずさった。
蓮太郎の低い声が覆いかぶさる。
「他の誰にもやらせない……もちろん、あの子自身にも。……今度こそ……俺が、穢れを背負い……そして、片を付ける」
ななは目に涙を浮かべた。
「私に……たった一人で、生きていけって言うの……⁉」
蓮太郎の目はどこまでも暗く、一筋の希も見出せなかった。
「きっともう……全て終わっていたんだ。十五年前に」
小雨と風が二人の間を通り過ぎる。
長い沈黙の後、蓮太郎は再び言った。
「あれを、返してくれ」
ななは俯き、胸元に手を入れ、中から白鞘の短刀を取り出した。
蓮太郎はそれを受け取り、ななを追い越して歩き出した。
ななは墓を振り返った。小さな墓石は、何も言わずにただ風に吹かれるのみだった。
―――― ◇ ――――
全てが霞みがかったようにぼんやりとしている。いつトラックのコンテナに乗り込んだのかも分からない。コンテナ内では様々な服装の大人達が代わる代わる挨拶しに来た。
鈴姫はそれらに対し何の反応もせず何の感想も抱かなかったが、唯一見覚えのある白いロングコートの女性が「分からされちゃったね。よしよし」と言いながら頭を撫でてきた事だけは不快な印象として残った。
長い時間をかけて移動した。鈴姫はコンテナの隅でずっと座席に腰かけていた。寝ているのか起きているのかも分からない。生きているのかさえも。
雨が降っている。ここは外だ。風が強い。
目の前に父がいた。どこかに向かって歩いている。
鈴姫は何の違和感もなくごく自然に、その背中を追っていた。
「
大名持貴彦は歩きながら言った。
「ほとんどの今人神は
黒雲の身体を持つ
「お前の祖神、
父の言葉はなぜか耳に心地よく、鈴姫は引き込まれるように歩いた。
「そのためか、瀬織津姫は多くの別名を持つ。川神や水神といった以外に、戦神に比定されることもある。だが最も重要な側面は、瀬織津姫という神自体が、とある神様の荒御魂であるとされていることだ」
横殴りの雨の向こうに、大きな影がぼんやりと浮かび上がってきた。
「太陽神――
その
「その真偽や理由に関しては、種々の雑説が飛び交い、未だ定説を見ない。重要なのは、それが人々の間で長く受け入れられてきたということだ――」
父は鈴姫を抱き寄せ、御霊機の上部から垂れているロープの先端に足を掛けた。ロープは自動で上昇し、父と共に鈴姫を上へ運ぶ。その途上、腹部の席にいる男性を見た。
ロープが止まり、父は鈴姫を抱いたままひらりと胸部の操縦席に乗り込む。
「もう一度言う。お前の祖神、瀬織津姫は、天照大御神の荒御魂だ――」
父は席に座り、鈴姫を膝の上に座らせた。そして後ろを振り返り、天井付近に備え付けられている神棚、その宮形に収められている神札を見た。
――
「さあ、俺の禍ツ太陽よ――共にこの国を祓い清めよう」