次の日。
俺たちは朝から迷宮に入った。
「今日も狩りをするんだが、リフレイアの精霊術の熟練度も上げていこうと思う」
「熟練度……? 確かに精霊術は使い慣れることで位階が上がるとは言われていますが。でも、もうけっこう使ってきたんですよ? 少なくとも妹より」
「個人差があるんだろ」
俺なんて第4の術がどの術だったかすら曖昧なくらい、一気に覚えてしまった。
リフレイアがなぜ術の覚えが悪いのか。その理由はわからない。
ただ、適切に正しく何度も使っていれば必ず道は切り開かれるはずだ。
というか、それしかやれることがない。
「まず、ライトの術……それが『光ノ顕』だと思うんだけど、それを十全に使えることが前提になると思うんだ。俺も『闇ノ顕』であるダークネスフォグ――最初はダークミストだったけど、そればっかり使ってたら、いろんな術が生えてきたし」
「なるほど……。確かに、探索中はあまりライトは使わず、キュアグロウばかり使ってましたね……」
「松明で代用できるライトより、回復術を優先するのは当然といえば当然だけど、たぶんそこが間違いの元だったんじゃないか?」
まして三層に進んだら、ライトを使う場面などない。
余計にキュアグロウばかり使うようになる。
俺で言えば、ダークミストを使わずにシャドウランナーばっかり使ってるような感じだろうか。そう考えると、熟練度が上がらなくて別の術が使えるようにならないのも、わかるような気がする。
あくまで、感覚的なものだが、妙な確信のようなものが俺にはあった。ダークネスフォグとそれ以外の術とでは、使う時の手応えが違うからだ。言葉にはしにくいが、ダークネスフォグだけは、それこそ闇の精霊を呼び出す――いや、生み出すような感じというか。
「でも、ライトもかなり使ってきたんですよ? 二層では便利ですし」
「それ、松明の代わりに照明として使ってたんじゃない?」
「えっ……そうですけど……」
やはり、戦闘で使うのが肝要なのだろう。
とりあえず、やるだけやってみよう。
「リフレイア、1日5回使えるんだっけ? 術」
「は、はい」
「じゃあ、三層行く前に二層でライト使って魔物を倒そう。相手はオーガがいいかな」
そう取り決めて俺達は移動した。
一層をスルーして、二層に到着。
三層を知っていると、二層は暗くてジメジメしていて、伊達に地下監獄なんて名前じゃないなという印象。まあ、これぞ迷宮というイメージ通りではあるのだが。
「じゃあ、先に聞いておきたいんだけど、ライトの術って明るいだけなのか? 熱によるダメージとかは?」
「明るいだけです。ヒカルの闇と同じで実体はないんです」
なら、俺の闇と併せて使えばかなり強力な使い方ができそうだ。
「そういえば、最初に出会った時にリフレイアのライトで、俺の闇が消されたけど、あれってリフレイアの術が強いからじゃなかったのか?」
「まさか! 私の術じゃ本当ならヒカルの術を消したりなんてできませんよ。あれは『対属性の上書き』。光と闇は対属性だから、後から出したほうが必ず勝つんです。なんでも、光と闇の精霊って同じものらしくって、それが関係してるんだそうですよ?」
「後から出したほうが必ず勝つ……? マジで?」
「ヒカルがそれを知らなかったことのほうが、私驚きなんですけど」
精霊術強くて便利だと思っていたけど、とんでもない弱点だ。
ダークネスフォグが消されるというのは、俺にとっては致命傷になり得る。
とはいえ、魔物で光属性って少なそうだから、そこは救いかもしれない。
「そんなに心配しなくても、上書きできるのは同じ種類の術だけですよ? 光と闇で同じ種類なのって、顕現術、虚像術、召喚術だけかと。まあ、虚像術は自分の近くに分身を作る術だから、上書き関係ないかもですが」
「なるほどな……」
他の術も簡単に消されてしまうわけじゃないのは良かったが、ダークネスフォグがライトで確実に消されるというのは、常に心に留めておいたほうがいいだろうな。
俺にとってダークネスフォグはまさに生命線となりえる術なのだから。
◇◆◆◆◇
適当にゴブリンやオークを蹴散らしながら歩き回って、オーガを発見。
2体の武器持ち。なかなかの強敵だ。
「もう一つ確認だけど、リフレイア自身はライトによる光の影響は受けないんだよな?」
「え、ええ。明るくなる恩恵は受けられますが、眩しく感じたりはありません」
「じゃあ、合図するからタイミングに合わせてライトをオーガに掛けて、それから剣で攻撃。実際にやってみなきゃわからないから、どんどん試していこう」
「は、はい!」
俺はダークネスフォグを使い、闇に紛れたまま、2体で固まっているオーガへと接近し、闇の範囲を広げて2体を包み込んだ。
二層の魔物は、暗い階層を徘徊しているくせに、視覚頼りであり、ダークネスフォグのような漆黒の闇には対応できない。おそらく、ダークミストだったら意味がなかったのだろうとは思うが。
視界が遮られ、狼狽えるオーガ。
仲間がいる場合、オーガは武器を振り回すのを躊躇するので、案外仲間意識があるのかもしれない。
ダークネスフォグの効果は最大で半径10メートル。
俺は限界ギリギリの10メートルまでオーガから離れた状態で、リフレイアに合図を送った。
「今だ!」
「はい! ライト!」
ダークネスフォグの闇を消し去ると同時に、オーガの目の前に出現する眩い光球。
「ウガアアアアア!」
二体のオーガが、突然の明かりで目を焼かれ悶絶する。
「効いてるぞ!」
想像通り、視覚を頼りにしている魔物には有効なようだ。
闇と光は表裏一体。闇が効くなら、当然光だって効く。そういうことなのだろう。
前後不覚に陥り、武器を取り落としそうなオーガ。
真夜中の如き闇から、いきなり太陽を直視させられたようなものだ。人間だったら、しばらく目がくらんで何も見えなくなるだろう。
戦闘では決定的すぎる隙。この時点で勝敗は決したようなもの。
ちなみに俺は腕で光を遮ったので、なんとか平気だ。
「シャドウバインド!」
問題は無いだろうが、俺は念のために2体のオーガをバインドで拘束した。
バインドは通常は1体にのみ作用させる術だが、効果範囲を広げることも可能だ。ただし、その場合の拘束力はかなり弱まり、オーガなら2秒程度で拘束は切れてしまうだろう。
しかし、2秒あれば問題ない。
目をやられた上に、身動きも取れないオーガたちを、リフレイアが巨剣を振り連続で屠っていく。
予想通りの結果となったが、この感じだと俺の術がなくても同じ手で相手を怯ませることができるはずだ。
滅茶苦茶に使える術だと思うのだが、リフレイアのように単独でオーガを倒せる戦士となると、わざわざ、こういう絡め手で1日5回しかない術枠を使うという発想がなかったのだろう。
「ま、いつもやってることと似たようなことだけど、実戦で術を使うってこういうことだから。たぶん、これを毎日やってれば、それなりに熟練度上がると思うよ」
偉そうなことを言えるわけじゃないが、熟練度が表示されるステータスボードがあるという点で、俺のほうが持っている情報が多いとも言えた。
そして、どういう条件なら上がりやすいのかも。
「た、確かに……なんだか上手く術が使えたって実感があります……。私、実戦でこの術を使うなんて……考えたことなかったです。フォトンレイ以外は全部補助的なオマケみたいな術だな……なんて思ってました」
「オマケって。……リフレイアさ、俺も他の術をそんなに見たことあるわけじゃないけど、『顕』が一番大事な本質的な術で、逆に他のがオマケなんだと思うぞ。俺の術だって、他のはなくても困らないけど、闇ノ顕――ダークネスフォグはなかったら困る」
「そ、そうですね……。そうか……」
そういえば、初めて会った時、リフレイアはライトのことをつまらない術だって言っていた。そこから勘違いが始まってたんじゃないのかな。
それじゃ、光の精霊も力を貸してくれないだろ。