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「僕は休まない!」


「また狙われるかもしれないんですよ?本調子でもありませんし、せめて一週間だけでも」


「言ったでしょ、この前ちょっとセーブしただけで僕、死んだ噂流されたんだよ!?」


「良いじゃないですか噂なんだから」


「嫌だったら嫌なの!!」


 朝食を食べ終えた茨木と清良は言い合いになってしまっていた。

 今、妖怪たちは全員出払ってしまっている。何かあっても急には駆けつけられない妖怪たちが多い中、清良を仕事に行かせるのは心配な茨木。

 清良には休めと説得していた。

 しかし、清良は仕事が生き甲斐のようなところのあるタイプである。簡単に言うならばワーカーホリックである。


「茨木くんだって休まない癖に!」


 同じワーカーホリックだろう!と、清良は腕を組む。


「……分かりました。僕が付き添います」


「うん、そうして」


 最終的には茨木が折れる。

 茨木が付き添うことに関しては清良は気にならないようだ。


 茨木は夜鴉堂をしばらく定休日として清良について家を出る。裂帛がいないので、夜鴉堂の前には清良のマネージャーが迎えに来ていた。

 茨木も一緒に乗り込むが、清良のマネージャーは茨木を気にした様子は無かった。清良が説明してくれているのだろう。


「いやぁ〜しかし、すごい反響ですね茨木さん」


 清良のマネージャーは陽気に茨木に話しかけてくる。


「すごい反響??」


 何のことだ。


「おや?ニュースをご覧になりませんでしたか?SNSでも話題ですよ」


「うわぁ!本当だ。ほら、茨木くん」


 清良はマネージャーの言葉にすぐにスマホを見た。


『清良、ツアーライブ最終日。茨木という親友と完璧で美しくハモリを披露。1人で活動している人気アイドルに相方が出来るのか、今後に期待』


 そんな記事が上がっている。

 SNSでも「茨木ラップカッコいい」「清良くんと正反対な雰囲気で良いね」「ユニット組むのかな」「期待しちゃう!」と、盛り上がっている。


「茨木さん、これはもう清良とユニットを組むしかありませんよ。この商機は逃せません!」


 清良のマネージャーは目がお金になっている。


「勘弁してください」


 茨木は全力で断るのだった。


「僕は茨木くんとならユニット組んでも良いけどね。声の相性も僕らはバッチリだよね」


「声の相性とか良く知りませんし、本当に素人なんですよ。ユニット組むならもっとちゃんとしたアーティストの方が良いでしょう。ほら、『なんだこの音痴』『清良の良さが消える』とか、批判的な言葉もありますよ」


 茨木もSNSを確認する。まさに賛否両論だ。


「僕は僕の意見にしか従わないから。アンチに耳を傾けても良いことはないよ」


「そうかもしれませんが、これに関してはどちらかと言えば俺は批判的な意見の方がすんなり受け止められますけどね」


「えー」


 清良は残念そうな表情である。


「茨木さんが嫌ならば仕方ありません。今日は清良に茨木さんが着いてくれるんですよね?それでは私は別のアイドルの方に顔を出せます」


 マネージャーは清良の専属というわけではないようだ。テレビ局の前で降ろされる。

 清良は朝の生番組に出演予定だ。茨木は清良に寄り添って仕事を見守るのであった。



 茨木と清良の生活は、朝、二人で朝食を済ませ、一緒に出かける。マネージャーの車で清良の仕事場へ、茨木が清良の警護に当たり、次の仕事の時間にはまたマネージャーが迎えに来る。

 そして、お昼は茨木が作ったお弁当を食べる。清良の仕事が早く片付いた日は茨木は夜鴉堂を少し開け、悩める難題を抱えた人々の話を聞く。

 烏の依頼はさすがに妖怪たちがいないので断りを入れた。悩める相談は増え、手紙が届くなどしているが、すぐに解決に動くことは出来ず、保留が溜まっている状態だ。

 清良も相変わらず彷徨う幽霊を見つけては行くべき道を教えるために駆け出してしまうし、茨木はそれを追いかけるのに必死だ。

 そして清良の仕事は時間がまちまちであり、なかなか予定通りにいかないものである。出来るだけ時間通りに茨木の夕飯を食べて、ベッドで寝ている。清良のマンションはもはや清良の荷物置き場でしかない状態になっていた。


 なかなか情報は掴めず、時間は過ぎて行くが、都の空気は、以前にも増して重く、澱んでいた。

 街を行き交う人々の中には、顔色が悪く、どこか生気のない者が増えている。些細なことで怒鳴り合う者、虚ろな目で一点を見つめる者。明らかに異常な光景が、日常の中に溶け込み始めていた。


 茨木はベランダから、都の夜景を眺める。煌々と輝くネオンの光も、どこか霞んで見えた。

 その時、背後から清良の声がした。


「茨木くん、眠れないの?」


 清良は、温かいお茶を二つ持ってきていた。


「ええ、少し。都の様子が、どうもおかしい」


 茨木はカップを受け取り、一口飲む。温かいお茶が、冷えた体に染み渡った。

 しかし、都はいつにも増して様子がおかしく感じるのだ。 


「僕も感じるよ。街全体が、何か重いものに覆われているみたいだ。歌を歌おうとしても、喉の奥に何かが詰まっているような感覚がある」


 清良は眉をひそめた。

 彼の歌声は、人々の心を癒し、穢れを浄化する力を持つ。その清良が、異変を感じ取っているのだ。


「やはり、斎宮朔夜の仕業でしょうか。この都の異変は、その準備段階なのかもしれません」


 茨木はカップを握りしめた。清良の力が、悪しき者の手に渡るなど、決して許してはならない。


「このままでは埒が明きません。俺は明日にでも斎宮の本邸に乗り込んでみようと思います」


 話し合いで解決する可能性があるとは思わないが、万に一つでも可能性があるならやってみる価値はあるだろう。


「僕も行く」


「駄目です。清良さんには仕事があります。斎宮についている影縫を呼び戻すので」


「でも……」


 清良は茨木が心配だ。


「大丈夫ですよ。ヤバいと思ったら直ぐに逃げますから。逃げるの得意なんですよ俺」


「分かった。気をつけてね」


 清良は茨木が心配であるが、明日の仕事はリスケが効かないものばかりである。

 ただ、茨木の無事を祈ることしか出来ない。

 清良は歯痒い気持ちをおさえて茨木に笑顔を向けるのだった。

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