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第2話


 この世界において、人間と魔物の争いは切っても切り離せない。

 毎日、世界のどこかで魔物による被害が出ている。


 その対策として編成された組織が、魔物討伐隊。

 彼らは魔物が町に入り甚大な被害が出る前に、魔物を退治しに西へ東へ出向く。


 魔物討伐隊だった父は、魔物との戦いで命を落とした。

 私は父の仇を取るために、この魔法学校に入学したのだ。

 この学校で魔物と戦う力を身に付けて、将来は魔物を退治しながら世界を回るつもりだ。


 もちろんそんなことを言うと母を心配させてしまうため「人の役に立つ魔法使いになりたい」と目的をぼやかしてこの学校を受験した。

 魔物の討伐も人の役に立っているため、嘘は言っていない。


 念願叶って私は魔法学校に入学することが出来た。

 しかし今となっては、どうして私がこの学校に合格できたのか分からない。

 入学時はリズム感が無くても、授業を受けるうちにリズム感を養えると試験官に思ってもらえたのだろうか。

 ……結果はご覧のありさまだが。



「わざわざ魔物討伐隊に入らなくても、彼らをサポートする職に就けばいいだろ。強力な武器を開発したり、魔物の生態を研究したりすることも、魔物討伐に役立つはずだ」


 幼馴染のジェイデンは、私の父が殉職したことを知っている。

 だから私が魔物討伐コースに進むことを反対しているのだろう。

 私の母が悲しむことが目に見えているから。

 だけど、それでも。


「私はお父さんの仇を取るためにこの学校に入った。でも今はそれだけじゃない。尊敬するお父さんと同じ道を歩みたいの」


「お前の親父さんは確かにすごい人だった。だけど……」


「大変! ジェイデンと無駄話をしてたせいで授業に遅れちゃう!」


 時計を確認した私は、教室移動のために走り出した。


「ちょっと待てよ。俺との会話を無駄話って言うなよな!?」


 後ろからジェイデンが文句を言いながら追いかけてきたが、私は振り返ることなく次の教室へと急いだ。



   *   *   *



「今日は、前回の授業と同じく浮遊魔法を使ってみましょう」


 『基礎魔法実践』の先生が、杖を指示棒代わりにしながらそう言った。


 『基礎魔法実践』は、今のところ私が一番好きな授業だ。

 音楽やダンスなどリズム感を必要とする授業では落ちこぼれの私も、この授業では普通の生徒になれる。

 いくら魔法にリズム感が必要とは言っても、基礎的な魔法にリズム感はそれほど重要でもないのだろう。

 その証拠に、この私が落ちこぼれじゃない!

 …………自分で言っていて悲しくなってきた。


「この授業では基礎的な魔法を使用しますが、今日は少し難しいかもしれません。使用するのは前回の授業と同じ浮遊魔法ですが、今回浮遊させるのはニワトリの卵です」


 先生は教卓の下から、たくさんの卵が入ったカゴを取り出した。

 そして卵に杖を向ける。


「よく見ていてくださいね。“汝、浮き、重力、忘れよ”」


 先生が浮遊魔法の呪文を唱えると、中に入っていた卵が生徒の机の上へと飛んでいく。勢いよく飛んで行った卵は、机の真上まで移動すると、今度はゆっくりと音も立てずに机の上に着地した。


「浮遊魔法は基本の簡単な魔法ですが、浮遊させるものが卵となると話は変わってきます。力の加減を間違えるとすぐに割れてしまいますからね」


 すぐに割れると言いながらも、先生は簡単そうに卵を生徒たちの机に飛ばし続けている。

 そして一分とかからずに全員の机の上にニワトリの卵が置かれた。


「さあ、みなさんも浮遊魔法を使ってみましょう。魔力量を上手に調節して、決して卵を無駄にしないようにしましょうね」


 先生が笑顔でプレッシャーをかけてくる。

 だけど浮遊魔法なら私でも平気なはずだ。

 基本の魔法だし、何度も使ったことがあるのだから。

 実際、前回の授業でも問題なく使用することが出来た。しかし。


「“汝、浮き、重力、忘れよ”……あれ。あれれ」


 先生の説明通り、飛ばすものが卵では話が変わってくるようだ。

 割らないようにそっと魔法を掛けると卵は飛ばない。だからと言って多めに魔力を流すと、卵がミシミシと音を立て始める。


「……魔法で卵を飛ばす機会なんてそうそう無いわよ。卵は手で持って移動させればいいわ」


「あらあら、レクシーさん。これは卵の浮遊を通して、魔力の調整方法を学ぶ授業ですよ。実際に卵を浮かせる機会があるとか無いとかの話ではありません」


 浮遊魔法が上手く使えず開き直る私に、教室を歩いて見回っていた先生が声をかけた。

 もっともな注意をされて、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。


「……すみません。頑張ります」


「はい、頑張ってください。急がず慌てず、丁寧な魔法を心がけてくださいね」


「分かりました」



 再び私が卵の浮遊に挑戦していると、教室の後ろの方で先生が嬉しそうな声を上げた。

 何かと思って振り返ると、そこには卵を浮遊させて自由自在に飛び回らせているジェイデンがいた。


「素晴らしいです。ジェイデンくんは浮遊魔法を完璧にコントロール出来ていますね」


 ……悔しい。


「私だって出来るわ。“汝、浮き、重力、忘れよ”」


 しかし悔しい気持ちが魔法に表れてしまったのだろうか。

 私の浮遊魔法を受けた卵は、木っ端みじんに砕けてしまった。


「あら。ニワトリさんの新たな命が……」


 木っ端みじんになった卵を見た先生が、悲しそうに呟いた。





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