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第3話


「逆に才能だと思うぜ。浮遊魔法で卵を破裂させるのは!」


 授業が終わるなり水道で顔を洗う私に、ジェイデンが笑いながら話しかける。

 言い返そうにも卵を割ったのは事実なので、私は黙って顔を洗い続けた。


「お前の他には卵を割った奴すらいないってのに、お前は割るどころか木っ端みじんだもんな。すげえよ!」


 ゲラゲラと笑い続けるジェイデンが恨めしい。

 しかしここで言い返しても負け犬の遠吠えにしかならないので、ひたすらに顔を洗う。

 顔を洗っている間にジェイデンが去ってくれることを願ったが、相変わらずジェイデンは私の近くで笑い続けている。


「お前が魔物討伐コースに進んだら、魔物を倒すどころか仲間を木っ端みじんにしちまうんじゃねえ?」


「いくら私でも、そんなことはしないわよ!」


 さすがにこれには洗ったばかりのビショビショの顔で言い返す。

 すると水滴を飛ばされることを嫌がったジェイデンが、私の顔にタオルを押し付けた。


「落ちこぼれのくせに、本気で魔物討伐コースに進むつもりなのかよ」


「そうだって何度も言ってるでしょ!」


「…………そうかよ」


 ジェイデンは突然機嫌を悪くすると、この場から去ってしまった。



   *   *   *



「レクシーは選択授業、何にするのー?」


 私の授業希望表を覗き込みながら、友人のキャロルが驚いた声を上げた。


「嘘でしょ。『魔物討伐実践』なの!? 一番厳しい授業じゃん!?」


「私は本気よ」


「えー。一緒に『魔法教育学』を選ぼうよー。先輩曰くこの授業が一番楽らしいよー?」


 私もキャロルの授業希望表を覗き込むと、『魔法教育学』が大きな丸で囲まれていた。


「そんな理由で教育学を学ぶのはどうかと思うわ。それに選択授業は今後のコース選びの参考にするものだし……」


 私たちの学年ではまだ選択授業を一つ選ぶだけだが、来年には進むコースを選ぶことになる。

 コースごとに編成される授業がガラッと変わるため、このコース選びはかなり重要なものだ。

 今年の選択授業は本来、コース選びの前段階として決めるべきものとされている。


「レクシーったら頭が固いぞ。人生経験を積むと思えばいいんだよ」


「人生経験ねえ」


 案外、十六歳の選ぶ進路なんてそんなものなのかもしれない。

 自分に合わなかったら、まだまだ方向転換の出来る時期だ。

 キャロルを見習って、私も『魔物討伐実践』以外に目を向けてみてもいいのかも。


 そんなことを思いながらも、私は『魔物討伐実践』に丸を付けたまま、授業希望表を提出した。



   *   *   *



 選択授業は、極端に人数が多い授業以外は生徒の希望が通る。人数の多い授業はくじ引きで受講する生徒を決め、外れた生徒は第二希望の授業へを受けることになるのだ。

 私の選んだ『魔物討伐実践』は、人数が多いどころか定員割れ。これは毎年のことらしい。

 それなのに。


「どうしてあんたがここにいるのよ!?」


 数少ない生徒の中に、当然のようにジェイデンがいた。


「授業選択は個人の自由だろ」


「そうだけど、あんたは研究系の授業を選ぶと思ってたのに」


 私の言葉を聞いたジェイデンはニヤニヤと笑っている。


「そりゃあ俺は研究系の授業の成績もいいぜ。でも実践系の成績もいいんだ。つまりどこへ行っても優等生ってわけだ。どこへ行っても落ちこぼれのお前とは違ってな」


 ジェイデンはいつも一言多い。

 確かに私はどの授業でも落ちこぼれだけれども!

 私がジェイデンをにらんでいると、校庭に『魔物討伐実践』の先生がやって来た。

 先生は真っ赤な髪を一つに束ねていて、服の上からも筋骨隆々なことが分かる。先生というよりも女騎士のようだ。

 一言で言うと、ものすごくカッコイイ!

 魔物討伐の道に進んだら、私もあの先生みたいにカッコ良くなれるだろうか。

 私は自身のプニプニとした二の腕を摘まんだ。

 ……今日から筋トレしようかな。


「ではこれから授業を始める。私は『魔物討伐実践』の授業を担当する、マチルダ・アディントンだ」


 先生は良く通る声で自己紹介をした。そして持参していた紙とペンを取り出し、地面に叩きつけた。


「この授業では紙とペンは必要ない。お前たちには実際に魔物と戦ってもらう。頭でっかちなだけの者は、現地では役に立たないからな。ひたすら魔物の討伐方法を身体に叩きこめ!」


 すごい。あまりにも振り切った考え方だ。

 しかし私にはマチルダ先生の容貌も相まってものすごくカッコイイ教育方針に聞こえたが、周りを見ると他の生徒たちは困惑した表情を浮かべていた。

 学校に授業を受けに来て、いきなり軍隊のようなことを言われたのでは、この反応の方が普通なのかもしれない。


「あの紙とペン、叩きつけるために持ってきたのかな」


「きっと登場するなりあの演出をしようと思って準備してたんだね。意外とマメだ」


「でも筆記用具を叩きつけるのは、教職者としていいのかな」


 生徒たちは、私の想像とは別のことで困惑していたみたいだ。

 生徒たちがざわざわしたが、マチルダ先生は生徒たちの困惑など気にも留めない様子で、後ろを振り返って合図をした。

 すると校庭に一匹の魔物が運ばれてきた。魔物は透明の箱に入れられてはいるが、箱を運んで来た上級生らしき男子生徒は、怯えた表情をしている。


「こいつは教材として私が生け捕りにした魔物だ。今は攻撃を無力化する魔法の掛かった箱に入っているため大人しいが、箱から出ればたちまち暴れ出すだろう」


 マチルダ先生は大人しいと表現したが、箱の中の魔物は箱を殴って脱出を試みている。

 これが大人しい状態なら、箱から出したらどうなるのだろう。


「これからお前たちには、この魔物の退治をしてもらう。使う魔法は自由だ。場合によっては物理で攻撃してもいいだろう。剣と盾はここにあるものを自由に使え」


 マチルダ先生の言葉で、別の上級生が武器の数々を運んで来た。

 彼女もまた怯えた表情をしている。


「みんな、変な顔をしてどうした……ああ、彼らが気になるのか。彼らは単位を落としそうになっている生徒だ。他の教師に使用を頼まれてな。私の授業を手伝うことで単位を与える約束になっている。なぜかこの措置をとると、次からは単位を落とさなくなるらしい」


 それだけマチルダ先生の授業の手伝いが過酷ということだろう。

 他の先生に頼まれたということは、彼らは『魔物討伐実践』の生徒ではないのだろう。

 その証拠に、魔物を見ながらずっと怯えた表情をしている。


「ではこれから結界魔法を張るからしばらく待っていろ。その間に魔物を観察し、退治のシミュレーションをしておくように」


 マチルダ先生は懐から杖を取り出すと、校庭に結界魔法を張り始めた。

 箱から出した魔物が校庭の外に逃げないようにしているのだろう。


 その間、私はマチルダ先生に言われた通りに、魔物を観察することにした。

 魔物は大型犬くらいの大きさで、正直最初の授業で扱うには大きすぎる個体だ。

 しかし、この授業を受講している生徒は全部で七人。全員で戦えば勝てない相手ではないはずだ。

 そしてこの魔物のことは本で読んだ記憶がある。羽を使って空を飛ぶわけではないが、跳躍力が高く、かなりの高さまで飛び跳ねることが出来る。

 攻撃は、ひっかく、噛み付くなどのシンプルな物理攻撃のみ。毒は持っていない。魔法は使えないが、個体によってはカタコトの人語を話すことが出来る。

 きっと近付かずに遠くから魔法を放てば、怪我をすることなく仕留めることが出来る。





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