「さあ結界魔法を張り終わったぞ。この結界によって魔物が逃げられないことはもちろん、お前たちも逃げられない。そして私は魔物を倒すまで決して結界を解く気はない。そのつもりで挑め」
そう言うなり、マチルダ先生は魔物の入った箱に向かって呪文を唱えた。
すると箱のふたが大きく開く。
「討伐始め!」
すぐに魔物が箱から飛び出した。魔物は身軽な動作でこの場から逃げようとしたが、その行動は結界に阻まれた。
結界はドーム状に張られているらしく、魔物が跳躍によって高い位置から逃げようとしても無駄だった。
その隙に、背を向けた魔物に向かって、次々と生徒が放った魔法が飛んでいく。
魔物は素早く振り返ると、その魔法を跳躍で躱して逃げ回る。私の魔法も飛んで行ったが、簡単に躱されてしまった。
「全然当たらないわ」
魔物に攻撃を当てるシミュレーションでは百発百中だったが、実際には一発も当たらない。
数撃てば当たると攻撃魔法を乱れ撃ちしてみるが、どれも躱されている。
動き回る的に当てることがこれほど難しいとは思わなかった。
それに私の魔法は、私の狙った位置とは少しズレた場所へと飛んでいく。きっと私の詠唱と杖を振るタイミングが良くないのだろう。
魔法自体は使えるが、リズム感の無さが細かな調整を阻害する。
「これじゃあ埒が明かないわ」
初回の授業とはいえ、逃げ回るだけの魔物相手に七人でも勝てないなんて。
「くそっ。少しの間だけでも動きを止められれば、当たるのに」
ふと見るとジェイデンが悔しそうな顔で杖を構えていた。
ジェイデンは私のような乱れ撃ち戦法ではなく、一発で確実に仕留めるつもりのようだ。
「それって何秒くらい?」
「三秒もあれば十分だ」
「そう……三秒ね」
私は跳び回る魔物を観察した。
拘束魔法を掛けようにも、そもそも魔法が当たらない。それなら物理も視野に入れるべきだろう。
この魔物を三秒間押さえつけたら、反撃で受ける怪我はどの程度だろう。
……考えても分からない。実践あるのみだ。
私は地面に置かれた盾を手に取った。剣はいらない。片手を剣に使ったら、盾を持つ力が半減してしまうから。
「ジェイデン、三秒以上は保証しないからよろしく」
「は? よろしくって……」
「みんな、少しの間だけ魔法を使わないで!」
私は一方的にそう言うと、盾を持って魔物に突進した。
狙うべきは、魔物が地面に着地する瞬間。この瞬間だけは、他のタイミングと比べて攻撃を躱すことが難しいはずだ。
だから生徒たちの使う「一点に飛んでくる攻撃魔法」は身体をひねることで避けることが出来ても、「突進してくる人間の身体」を完全に避けることは出来ないだろう。
「点」で攻撃するのではなく、大きな「面」で突進すれば、大したダメージは入らないが、きっと動きを止めることが出来る……たぶんだけど!
「くらえーーー!!」
私は気合いの声を張り上げながら、身体の前に盾を構え、そのまま全力で魔物にタックルをお見舞いする。
私の勢いに巻き込まれて倒れた魔物は、しかしすぐに起き上がろうとした。だが、魔物はまた地面に倒れた。そして動かなくなった。
「……倒したの?」
「眠ってるだけだ。万が一、魔法がお前に当たったら危険だからな」
どうやら魔物には睡眠魔法が掛けられているらしい。魔法を掛けたのはもちろん――――。
「やるじゃない、ジェイデン」
「お前なあ。やるじゃない、じゃねえっつーの! 近付いたら魔物に攻撃されるのが分からねえのか!?」
せっかく作戦が成功したというのに、ちっとも褒めてくれないジェイデンに私はむくれた。
「魔物の足止めが出来ないと、いつまでも決着がつかないでしょ。魔物が自由に動いてる間は、誰の魔法も当たらなかったんだから」
「それにしたって、もっと慎重にだな……」
「こっちは多勢よ。一人が足止めをしてる間に、他の人が仕留めるのは理に適った戦い方だと思うわ」
私が当然とばかりにそう言うと、ジェイデンは頭を抱えてしまった。
「だからってお前が足止めをすることはなかっただろ!? 言ってくれれば俺が……」
「自慢じゃないけど、この中で一番魔法のコントロールが悪いのは私よ。それなら私が物理攻撃に出るのが合理的だわ」
不本意だが、私が魔法を使うよりもジェイデンや他の生徒たちが魔法を使った方が、魔物を退治できる可能性が高い。
戦いにおいて、可能性の高い手段を選ぶのは当然のことだ。
「そこまで。今が授業中だということを忘れるなよ」
私とジェイデンの言い合いを、マチルダ先生が遮った。
「魔物が寝て油断しているようだが、こいつはただ寝ているだけだ。気を抜くのは、きちんと退治してからにしろ」
マチルダ先生の言葉を聞いた生徒の一人が、魔物に向かって魔法を飛ばすと、魔物はその場で砂になって消滅した。