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第6話


 授業が終わり昼休みになった途端に、ジェイデンがニヤニヤしながら近づいてきた。

 あれは私を馬鹿にするときに浮かべる嫌な笑いだ。


「お前、ついに『魔法歴史学』の授業でも叱られたな。この授業でも落ちこぼれになるつもりなのか?」


「うるさいわね。いちいち絡んでこないでよ」


「座学でまで落ちこぼれたら、お前留年するんじゃねえか? 俺が勉強を教えてやろうか?」


「結構よ。私にだって教わる相手を選ぶ権利があるわ!」


 何が悲しくてジェイデンに罵られながら勉強を教わらなければならないのだ。

 ジェイデンに教わるくらいなら、一度も話したことのないクラスメイトに教わる方がずっとマシだ。


「まーた始まった。優等生と劣等生の夫婦漫才」


 気付かぬうちに近くにいたキャロルが、私とジェイデンの言い合いを見て呟いた。


「「夫婦じゃない!」」


「わーお、息ピッタリ。レクシーさあ、意地を張らずにジェイデンに教えてもらえばいいじゃん。ジェイデンが優等生なのは事実なんだし」


 他人事だと思ってキャロルは勝手なことを言ってくる。


「キャロルは間違えるたびに馬鹿にしてくる相手に教えられたいの?」


「あー、それは嫌かも」


 キャロルはそう言って、私の腰に手を回すとジェイデンに舌を出してみせた。


「ってことだから、レクシーは私がもらった。一緒にジュースを買いに行きたいんだけど、いいよね?」


「……勝手にどうぞ」


 ジェイデンは手をひらひらと振ると、教室から出て行く私たちを見送った。



   *   *   *



 魔法学校には部活動もあるが、私はいつもまっすぐ家に帰ることにしている。

 部活動をしていては、魔法の練習をする時間が取れないからだ。

 ……私の場合は、魔法というよりもリズム感習得のための練習だが。


「“汝、浮き、重力、忘れよ”」


 呪文を唱えながら杖を振ってみる。すると私の魔法によって浮いたフライパンがテーブルの上へと移動する。

 決して失敗はしていない。しかし魔法が万全の状態で出力できている気もしない。

 おかしい。今のリズムは完璧だったはずなのに。


「“汝、浮き、重力、忘れよ”」


「……ねえ、レクシー。魔法を使う練習の前に、正しいリズムを刻む練習をした方が良いと思うわ。呪文を唱えながら手を叩いてみるとか」


 リズム感皆無の私を見兼ねた母が、遠慮がちにアドバイスをしてきた。

 自分では完璧だと思ったリズムは、周りから見るとちっとも完璧ではなかったようだ。


「お母さん。今の呪文のどこが変だったか教えて」


「うーん。今のは浮遊魔法のリズムよね? 間違ってはいないのだけれど、リズムが、何と言うか……ところどころでのんびり屋さんが出ているわ」


 母はかなりオブラートに包んだ言い方をした。

 複数箇所が本来のリズムから外れている、という意味だろう。

 ……こんなに短い呪文なのに?

 我ながら、ちょっと信じられないレベルのリズム感の無さだ。


「レクシー、よーく聞いてね。浮遊魔法の“汝、浮き、重力、忘れよ”のリズムはこうよ。タン、タタン、タンタン、タンタン」


「さっき私が唱えたのと同じよね?」


「全く違うわ。レクシーの呪文は、ところどころ遅れていたもの」


「そうだったかなあ?」


 私が小首を傾げると、母は頭を抱えてしまった。


「やっぱり私のリズム感、ダメダメなの?」


「正直に言うなら、どうして魔法が成立しているのか不思議なレベルよ。レクシーが魔法を使うようになってから、案外魔法の起動条件は緩いのだということを知ったわ」


 私のリズム感、ダメダメなんだ……。


「お願い、お母さん。教えて。リズム感ってどうすれば身に付くの? こんなに練習してるのに全然身に付かなくて挫けそう」


「ゆっくりだけど、上達はしているわ。最初はもっと聞くに堪えなかったもの」


 聞くに堪えなかったんだ……。

 母は言ってから慌てて自身の口を押さえた。


「いいよ。正直に言ってもらった方がありがたいもん。そっか、これでも一応成長はしてるんだね」


 短い呪文の中で複数箇所のリズムが外れているのが成長している状態なら、最初はどれほど酷かったのだろう。

 考えただけで恐ろしい。





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