箱が開いた瞬間、中から魔物が飛び出した。
「キャーーーッ!」
魔物はまっすぐに上級生の元へと飛んで行った。上級生は叫びながら盾で魔物の攻撃を防ぐ。
盾にぶつかった魔物は方向を変え、今度は『魔物討伐実践』の生徒の一人を目がけて向かっていく。
あまりにも迷いの無い攻撃に、私たちの反応は遅れた。
魔物が最初に狙ったのが上級生ではなく私たちの誰かだったら、その生徒は毒の棘にやられていたことだろう。
「魔物に狙われた者は盾を構えて、狙われてない者は拘束魔法を飛ばすんだ!」
ジェイデンの大声を聞いた生徒たちは、魔物に狙いを定めて魔法を放つが、魔物が小さいために上手く当たらない。前回の魔物よりも的が小さい分、厄介だ。
それに魔法を正確に放つには、正確なリズムでの詠唱が必要だが『魔物討伐実践』の授業では、これがとても難しい。
いつもは正しいリズムが刻めている生徒たちも、緊張したこの場では上手くいっていないようだった。
魔法が当たらないどころか、魔法が不発に終わる生徒も何人かいた。
では逆にいつも失敗している私が上手く出来るかと言うと……そんなことはない。
基礎が出来ていないのに、本番でいきなり成功するわけがないのだ。
「みんなー! 個人で動かないで、力を合わせよう!」
「賛成!」
私たちはそれぞれ自分の身を守りながら、大声で作戦を立てる。
「あいつに魔法を当てる方法を思い付いた奴はいるか!?」
「当たらないなら、乱れ撃ちをすればいいわ!」
「馬鹿! みんなはお前とは違うんだぞ!?」
意見を出してはみたものの、私の力業な提案はすぐに却下された。
「まずは全員で固まって作戦を立てましょう!」
そして私のすぐ後に出された女子生徒の意見が採用され、私たちは一箇所に集まることになった。
「私が防護魔法を張っている間は魔物の攻撃を気にしなくていいです。落ち着いて作戦会議をしましょう」
提案した女子生徒の張った防護魔法の中で、次の行動について相談をする。
「彼女が集中できる場所をくれたから、大きな魔法が使えるな」
「ああ。馬鹿みたいな意見だが、魔法が大きければ小さなあの魔物にも当たるだろう」
決まった案は、私の乱れ撃ち作戦と大して変わらないものだった。
「みんなで集合魔法を練り上げてくれ。まとめた魔法を俺が魔物にぶつける」
ジェイデンが良いところ取りをするとも聞こえるこの意見に、誰も反対はしなかった。
実際、良いところ取りすることにはなるが、その分責任重大だからだ。
集合魔法は複数の魔法使いの魔力を集め、魔法を強力にしてから放つ方法だ。複数の魔法使いが魔力を使うものの、魔法を放つのは一人だけ。ゆえに普通は一番魔法のコントロールが優れた者が放つ。
「この中で一番魔法のコントロールが上手いのはジェイデンだもんな。任せるぜ」
一人の男子生徒が言うと、周りの生徒たちも頷いた。
「じゃあ私も魔力を」
「お前はいい」
「は?」
協力しようとした私の申し出を、ジェイデンがキッパリと断った。
「お前の魔力が入ると、制御が利かなくなる恐れがある」
「いや、でも魔力は少しでも多い方が」
「いらない」
ジェイデンは断固として私の参加を認めなかった。
私だけ仲間外れにする気!?
私の味方をしてくれる人を探そうと周囲を見たが、全員が私から目を逸らした。
「そろそろ始めてくれませんか? 防護魔法にも限界があるので」
防護魔法を張っている女子生徒が、喧嘩を始めそうになったジェイデンと私を見た。
どう考えても今は喧嘩をしている場合ではない。私は渋々ジェイデンの言う通り、何もしないで待つことにした。
私と防護魔法を掛けている女子生徒以外の生徒たちが呪文を唱えると、みるみるうちに大きな魔法が練り上がった。
「上級生の先輩方、自分の身は自分で守ってくださいね!」
防護魔法の外にいる上級生二人は、練り上がった魔法を見て一目散にマチルダ先生の後ろへと走って行った。
上級生が下級生に見せる姿がそれでいいのかは気になるところだが、ジェイデンが放とうとしている魔法は、上級生も逃げ出すほどの大きさになっているということだ。
「魔物、覚悟しろよ」
ジェイデンが魔物に狙いを定めて魔法を飛ばした。
「“我願う、魔法による攻撃を。魔力の塊による鉄槌を。魔法の力を、いざ示さん”」
魔物は魔法から逃げようとしたが、あまりにも魔法が大きいため、逃げ切ることは不可能だった。
大きな音とともに、校庭は砂煙に包まれた。
「やったのか!?」
近付いて確認するまでもなく、どう見ても魔物は消滅している。
その証拠に、魔物がいた周辺の地面は大きくえぐれている。
「やった! 魔物を倒したぞ!」
「全員の勝利だ!」
生徒たちは口々にそう言ってハイタッチをしたが、私は複雑な気分だ。
だって私だけ何もしていない。
「おーい、お前ら。喜んでいるところ悪いが、ここは校庭だ。派手に地面をえぐると他の授業に支障が出る。速やかに地面を復元するように」
こうして魔力を消耗してぐったりしている生徒たちの分まで、元気な私が地面を耕すこととなった。
* * *
「『魔物討伐実践』の後のレクシーって必ずぐったりしてるね。そんなに厳しいのー?」
何も知らないキャロルが、砂まみれの私を見て質問した。
授業中に着ていたジャージは着替えたが、髪も顔も砂で汚れてしまったようだ。
「今日は魔物退治でぐったりしてるんじゃなくて、校庭を耕してぐったりしてるの」
「そんなことまでするの? なんで? 筋トレ的な?」
「ジェイデンの馬鹿が校庭に穴をあけたからよ」
私はジェイデンをにらんだ。ジェイデンを恨むのは筋違いだと分かってはいるものの、恨まずにはいられなかったのだ。
なぜなら魔物を倒した後、まともに校庭を耕すことが出来たのは私一人だけだったからだ。
他の生徒たちは全力疾走をした後のような息の上がった状態で、弱々しく校庭を耕していた。つまり、全く戦力にならなかった。
このままでは次の授業に間に合わないと判断したマチルダ先生が一緒に校庭を耕してくれたおかげで、マチルダ先生が校庭を耕す凛々しい姿が見られたことだけは良かったけど。マチルダ先生の鍛え上げられた筋肉は、思わず見惚れてしまうほどだった。
「私も筋肉ムキムキになりたいなあ」
「マジでー? じゃあ筋肉ムキムキになったら、あたしのことをお姫様抱っこしてねー」
キャロルが私の二の腕をプニプニと摘まみながらウインクをした。
これは、私に筋肉ムキムキは無理だと思っているな!?
「そういえば。穴と言えば、町の結界に穴があいたんでしょ? 最近町に魔物が入り込んでるのはそのせいだってウワサになってるよ」
キャロルは筋肉話には興味が無かったのか、すぐに別の話題を振ってきた。
「ただのウワサだよ。正式な発表は無かったはず。まだ兵士たちが結界を点検してる最中だからね」
「その点検っていつ終わるわけー? 結界ってかなり広範囲でしょ」
「さあね。少なくとも今日明日の話じゃないと思うわ」
最近、町は騒がしい。
町に魔物が入り込むようになったからだ。
国に張り巡らされた結界のどこかが破損しているのではないかと、もっぱらのウワサだ。
幸い入り込んでいるのは小さな魔物だけのため、今のところそれほど大きな被害は出ていない。きっと結界の破損箇所が小さいのだろう。
「でももし小さくても、毒の棘を持つタイプの魔物が入り込んだら……」
先程の『魔物討伐実践』の授業は、それを見越してのものだったのかもしれない。
もしアレと同じタイプの魔物が町に現れても対処が出来るように、生徒たちにあらかじめ練習をさせてくれていた可能性がある。
「でも……私一人じゃ対処できないよ」
今日の『魔物討伐実践』で私は何も出来なかった。
それどころかジェイデンには足手まとい扱いまでされてしまった。
「私も早く魔法のコントロールが出来るようにならないと……」