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第9話


「はあ。声楽の授業は憂鬱だわ」


「レクシーに憂鬱じゃない授業なんてあるの? あたしには無い!」


 私が溜息交じりに愚痴を言うと、キャロルは胸を張りながら胸を張れないことを言い出した。


「それって元気よく言うこと?」


「だって勉強嫌いなんだもん。レクシーもでしょ?」


 私は嫌い……ではない。苦手なだけで。

 それに好きな授業だってある。


「基礎魔法実践の授業は好きよ。基礎的な魔法なら多少リズムがおかしくても使えるし」


「この前、卵割ってたじゃん」


 図星をつかれて、ぐぬっ、と声が漏れた。

 私は先日、唯一得意だと思っていた基礎魔法実践の授業でも落ちこぼれてしまったのだ。


「卵の浮遊魔法は応用だと思うのよ。絶対に基礎魔法じゃない。だって難しかったもの」


 私以外の生徒は卵を割らずに浮遊させていたが。

 正直、私以外にも失敗する生徒がいると思っていたのに、みんな器用だった。


「レクシーのリズム感じゃ、卵を浮遊させるのは難しいかもね。レクシーはいつも魔力量でゴリ押してるだけだし」


 キャロルがあごに人差し指を当てながらそんなことを言った。


「私、魔力量でゴリ押してる……かしら」


「楽器学の先生の言葉を借りるなら。いくら肺活量があっても正しい吹き方をしないとフルートの音は出ないけど、大量に息を吹きかければその中の少しは上手い具合にフルートに当たって音が出る。って感じ?」


「つまり……どういうこと?」


「レクシーは、一の力で出来ることを百の力でやってるってこと。最高に効率が悪いけど、出来はする。みたいな」


 な、なるほど?


 大は小を兼ねる、のような魔法の使い方をしている感じだろうか。

 通りで細かい調節が苦手なわけだ。

 そんな無理やりな魔法の使い方で、魔法のコントロールなんて出来るわけがない。

 それにしても。


「もしかして、キャロルって頭良い?」


 私が自分で理解していないことを、こうも簡単に説明するなんて。

 落ちこぼれ仲間のキャロルが、まるで優等生みたいだ。


「今頃気付いたの?」


 キャロルは何でもないことのように言った。


「は!? じゃあなんで落ちこぼれなんかやってるのよ!?」


 私とキャロルは、影で「落ちこぼれ二人組」と呼ばれているのに。

 頭が良いなら、キャロルは何故そんな地位に甘んじているのか。


「あたしは努力と勉強が嫌いなんだよねー。授業をサボるからおのずと成績が悪くなるってわけ。テストとか課題は割と出来るタイプだよー。面倒くさいから嫌いだけどー」


 しっかり授業に出ても成績の悪い真の落ちこぼれは自分だけだったことを知り、私はがっくりと項垂れた。




 今日も声楽の授業は散々だった。一人だけリズムが外れていると何度も注意をされてしまったのだ。


「声楽に楽器学に作曲学、音楽科目だけで何教科あるのよ」


 私は半泣きで時間割表を眺めた。半分以上が音楽系の科目だ。


「レクシーって音は外してないから音痴とまでは言えないけど、リズム感がね」


「音を外してる生徒が叱られないで、私だけ叱られるのは理不尽よ」


「音を外しててもリズムが合ってれば、ちゃんと魔法が使えるから。音痴でもリズム感があれば問題ないんじゃない?」


「解せない」


 キャロルはむくれる私の肩を叩くと、元気よく手を振った。


「人生なんて解せないものだよ、友よ。じゃああたしは部活に行くから。また明日ねー!」


「雑なまとめ方。まあいいや、部活頑張ってね」


 キャロルは、このために学校に来ている、と言わんばかりの軽快な足取りで教室を出て行った。

 教室に残された私は、のろのろと荷物をまとめて、席を立った。





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