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第11話


 それから私たちは家までの道のりを、つかず離れず、一定の距離を保ったまま歩いた。

 もちろん無言で。

 気まずいとは思いつつ、ここで道を変えたら負けの気がしたのだ。

 だから家までただひたすらに歩くことを選んだ。


 それはジェイデンも同じだったらしい。私の横を、数メートルの距離を開けたまま無言で歩き続けている。

 残念なことに、私の家もジェイデンの家も町の外れにあるため、木以外に何も無い道を私とジェイデンはいつまでも無言で歩き続ける羽目になってしまった。


「止まれ」


 今日は家に帰ったらどんな特訓をしようかと考えながらボーッと歩いていた私の耳に、ジェイデンの囁き声が聞こえた。

 ハッとして前を見ると、目の前には魔物討伐実践の授業で扱った毒の棘を持つ魔物がいた。それも集団で。


「どうしてこんなところに……」


「分からねえ。とにかく気付かれる前にゆっくり後ずさって進路を変えるんだ。そして警備兵を呼びに行く」


「ええ、分かったわ」


 ジェイデンの意見に異論は無かった。

 授業ではたった一匹の魔物を相手に、生徒たちで力を合わせて戦ってやっと勝利したのだ。それなのに、ここにいるのは私とジェイデンだけ。対する魔物は複数。


 私とジェイデンがゆっくり後ずさっていると、最悪なタイミングでどこかからやって来た野良犬が吠えた。

 その途端、魔物の集団がこちらに振り向いた。


「まずい、走れ!」


 ジェイデンの言葉を合図に、私たちは全力で走った。走る私たちの後ろを魔物の集団が追いかけてくる。このまま警備兵のところまで逃げ切ることは難しいだろう。


 どうしようかと考えていると、ジェイデンが走りながら話しかけてきた。


「俺が魔物の足止めをするから、お前は警備兵を呼んで来てくれ」


「一人で足止めなんて無茶よ。一斉に攻撃されたら防護魔法は破られるだろうし、ここには盾も無いのよ!?」


「いいから早く!」


 きっとジェイデンは怪我を覚悟している。

 だけど……怪我だけで済む?

 マチルダ先生はこの魔物の棘の毒は死ぬようなものではないと言っていたが、もし一斉に刺されたら?

 蜂の針だって一回刺されただけでは死なないが、一気に複数個所を刺されたら死ぬ危険がある。

 ジェイデンは腹の立つ相手だが、だからって死んでほしいわけではない。しかも私を守って死なれるのは寝覚めが悪すぎる。


「足止めは私がするからジェイデンが呼びに行って」


「お前、何を言って」


「ジェイデンの方が私より足が速いし……未来だって明るいわ」


 だから魔物の足止めは私がするべきだ。もちろん死んでやるつもりはないが。


「馬鹿なことを……危ねえっ!」


 突然ジェイデンに押された私は地面に転がった。


「痛っ……何するのよ」


 顔を上げた私の目に映ったのは、同じく地面に倒れるジェイデンだった。

 しかしジェイデンは私とは違って苦悶の表情を浮かべている。


「どうし……」


 すぐに分かった。ジェイデンの腕と背中には太い棘が刺さっていたのだ。


「……うぐっ」


 ジェイデンは大量の汗を流しながら、刺さった棘を抜いた。

 無理やり抜いたせいで、傷口からは血が流れている。


「走れ」


「ジェイデンを置いてはいけないわ」


「早く行け」


 なおも魔物が襲い掛かってこようとしたので、急いで二人の周りに防護魔法を掛ける。

 すると魔物たちは防護魔法に体当たりを始めた。防護魔法が破られるのは時間の問題だろう。


「俺は……もどかしかったんだ」


 ジェイデンが目を虚ろにさせながら呟いた。


「お前は誰よりも魔力を持っていて、それなのに上手く出力できてねえ。俺はその事実がもどかしかった。誰よりも強い魔法使いになる素質があるのに、宝の持ち腐れだ……」


「ジェイデン!? 気をしっかり持って」


「俺は魔力量が少ないから、魔力を使いまくるお前が羨ましかった……魔法を完璧にコントロールすることで取り繕ってたが……魔力量の少ない俺には、伸びしろが無えんだ……こんなんじゃお前を守ることなんて……」


 ここでジェイデンはさらに顔を歪めた。身体中に毒が回ってきたのだろう。


「お前を守ろうと思って下校の時間を合わせてたのに……何の役にも立てなかったな……ごめんな……」


「やめてよ、謝らないでよ!」


 だってジェイデンは魔力量に恵まれている私を羨んでいたらしいのに、こうして私のことを守ってくれた。

 それなのに私は、ジェイデンの気も知らずに突っかかってばかりだった。


「ごめん……レクシー、ごめんな……」


「謝らないでってば! 素直なジェイデンなんて気持ち悪いわよ! いつもの憎まれ口を叩きなさいよ!」


 私に謝ってくるジェイデンなんて、ジェイデンらしくない。

 こんなのまるで、ジェイデンが死んじゃうみたいだ。


「……ごめんな、レクシー」


「謝らないでよ。こんなジェイデン、調子が狂うじゃない!」


 私は大きく息を吸うと、魔物に向き直った。

 悲しみに暮れたい気分だが、魔物たちがそんな時間の猶予をくれるはずはない。


「今逃げても、きっと追いつかれて私も魔物にやられるわ。それなら一か八か戦うしかない」


 私は魔物に向かって杖を構えた。

 ジェイデンにはもう私を止めるだけの力は残っていないらしい。汗だくになりながら地面に転がっている。


「ジェイデンの仇は取ってあげるわ。覚悟しなさい、魔物ども!」


 私はリズムを刻みつつ呪文を詠唱する。そして魔物に向かって杖を振った。


「ああもう、素直なジェイデンのせいで調子が狂う。でもせめて一匹だけでも。“我願う、魔法による攻撃を。魔力の塊による鉄槌を。魔法の力を、いざ示さん”…………へ?」


 私の杖から飛んだ魔法は、魔物の一匹どころか魔物の集団、さらに一帯の地面まで吹き飛ばした。


「ええーーーーーーっ!?!?!?」





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