藤原家の夕食時、雅人たち五人が仕事を終えて帰宅し、知世が昼間の騒動について話すと、一同の表情が沈んだ。
食卓には緊張した空気が流れる。
「これからは遥のことを見守る人をつける必要があるな。今日はあの老人だったが、明日はまた別の厄介者が現れるかもしれん」雅人が低い声で言う。
「四六時中そばにいられるわけでもないし、うちの人間を戻して護衛につけたほうが安全だと思う」知世が淡々と答える。
「でも、それも長い目で見れば良い方法じゃない。遥にも少しずつこの家のリズムに慣れてもらわないと」
「焦らず、ゆっくりでいいさ」
家族が小声で話し合っていると、遥が昼寝から目覚めて遅れて食卓にやってきた。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、知世、遅くなってごめんね。何の話をしてたの?」遥は一人ずつに挨拶しながら席につき、昨日よりもずっとリラックスした様子だった。
「何でもないよ。家の暮らしにはもう慣れた?」美智が優しく尋ねる。
「うん、とてもいいよ。知世もよくしてくれるし」遥はわざわざ知世の方を見て微笑んだ。
知世はぷいっと顔をそむけて小さく鼻を鳴らす。
「それなら良かった。二人は年も近いし、困ったことがあれば知世に相談するといいよ……」
「お母さん!」知世が美智の言葉を遮り、不満そうに言う。「私がどれだけ忙しいか知ってるでしょ?これ以上負担を増やさないでよ」
「お姉ちゃんの面倒を見るのは当然でしょ、何ごちゃごちゃ言ってるの?」光が茶々を入れる。
「あなたには関係ないでしょ?同じ藤原でも、毎日家にいるわけじゃないんだから」
光は肩をすくめて、「僕は構わないけどさ。でも芸能界で忙しいし、お父さんたちは知世を表に出したくないでしょ?それに、僕は月に一度帰れるかどうかだし、無理だよ」
涼が眼鏡を直しながら、「僕は病院と研究所の往復で手一杯だし、環境的にも遥には良くない」と付け加える。
雅人がすぐに続ける。「もし遥がいいなら、私の仕事に連れて行ってもいいが、仕事が多すぎて大変だぞ」
家長の健介が話をまとめた。「結局、知世が一番適任だ。時間があるときは遥を自分の仲間に馴染ませてやって、しっかり守ってやるんだ。わかったな?」
「……はい」知世は渋々返事をした。
その後は黙々と食事が進む。
途中、美智が遥にそっと尋ねた。「そういえば遥、海外では学校に通っていたの?」
遥はうなずきかけて、首を振る。
「学校には通っていなかったけど、先生に教わっていたから、基礎は大丈夫だと思う」
藤原家の面々が顔を見合わせる。
美智が続けて、「それなら、東京のトップ校である桜華学院に興味はある?学業はそこまで厳しくなくて、社交がメインなの。無理に行かなくてもいいけど」
「知世も桜華に通ってるの?」
「知世は名前だけね。もう学院で学ぶことはほとんどないし」
知世が目を上げて淡々と答える。「たまに顔を出すくらいよ。あの学校はお坊ちゃんやお嬢様の派閥争いが激しいから」
「知世が行かないなら、私もいいや」遥は首を振った。
知世がじろりと睨む。「帰ってきて早々、私に張り合うの?」
「まあまあ、遥が行きたくなければ無理に行かなくていいのよ」美智が咳払いをして、話題を切り替えた。「それから、もう一つ大事な話があるの」
「どうぞ」遥は箸を置いて姿勢を正す。
「実は、藤原家は十数年前に九条家と婚約を結んでいて、あなたたちは年も近いから、そろそろその約束を果たす時期かもしれない。この婚約はもともと遥と九条家の息子のために決めたものだったけど、その後は知世が引き継いでいたの。でも、あなたが戻ってきたから、これからどうするか話し合わないと……」
家族は本音では遥をすぐに嫁がせたくなかった。ようやく戻ってきた娘との絆は、まだ深まっていないからだ。しかし知世の反応は——
「婚約?お父さん、お母さん、悩まなくていいよ。元々これは遥のものだし。大事に育ててきた遥は十分立派だし、九条家も満足してる。私が横取りする理由はないよ。私みたいな未熟者が嫁いだら家の顔に泥を塗るだけだし、責任も果たせない」遥は婚約に乗り気でなかった。
家族は再び顔を見合わせ、言葉を飲み込む。
知世は思わず箸を落としそうになった。「何言ってるの!この婚約はもともとあんたのものなんだから、私に押し付けないで。私はいらない!」
「こらこら……遥、気にしなくていい。知世はこういう性格なんだよ」健介と美智が困ったように苦笑する。
「?」遥は首をかしげる。
自分の読み違い?まさか知世も嫌がっていたなんて?
「知世、もう少し穏やかに。お姉ちゃんを驚かせるなよ」
「どういうこと?」遥が尋ねる。
「知世は九条家の息子に興味がないんだ。婚約のことは遥の意思に任せるけど、どうしても嫌なら私たちでなんとか破談に持ち込むこともできるよ」と美智が説明する。
知世はすぐに反発した。「私が嫌だって言った時は、誰もそんな優しいこと言ってくれなかったのに!やっぱり遥ばかり贔屓してる!」
「婚約破棄は家にとって大きな影響がある?」遥は何も知らないふりで尋ねた。
「当たり前でしょ!二つの家が手を組むための約束なのに、もしうちが反故にしたらこれまでの関係が崩れて、大きな損害になるわ」知世が即答する。
「本当に?」遥は他の家族を見回す。
父も母も兄たちも、揃ってうなずいた。この問題は簡単に済ませられるものではなかった。