藤原柏山の私邸書斎。
藤原柏山は、避難するように転がり込んできた黒沢竜也を見て、皮肉たっぷりに口を開いた。「どうした、失敗してから私を思い出したのか?」
「まさか関西組がここまで頼りないとはな。あれだけ自信満々だったくせに。」黒沢も自分の不甲斐なさを感じていたが、まだ切り札は残していた。
「前にも言ったが、藤原知世は一筋縄ではいかん。お前が甘く見すぎたんだ。」藤原柏山も彼女に手痛い目にあったことがある。
「まさか、あんな若い娘があそこまで鋭いとは思わなかったさ。」
「少なくとも、藤原家全体が藤原遥を大事にしている。あれが唯一の弱点だ。俺はてっきり、知世と遥は犬猿の仲かと思っていたが、知世は意外にも遥を必死で守った。本心なのか、それとも家族に芝居をしているだけなのか……」
「ここまで来たら、もう隠しごともできないな。聞くところによると、みんな集まって、すぐにでも総決算が始まるらしい。」
「楽しみにしてるのか?」
「当然さ。これだけ長く水面下でやり合ってきたんだ、そろそろ正面から勝負したい。もし藤原健介の子供たちが成長したら、俺たちの出番は完全になくなる。」
「じゃあ、計画通りだ。正面突破がダメなら、一人ひとり潰していく。」
「もう待てない。すぐに動くぞ、あの子たちが戻る前に。もし夫婦が証拠を押さえて先手を打たれたら、俺たちは対応できない。」
……
藤原家本邸。
また寝坊してしまった藤原遥が目を覚ますと、広い屋敷に自分だけしかいなかった。両親や兄たちがいないのはともかく、けが人の知世までが家にいない。
彼女は佐藤に尋ねた。「みんなどこ?」
「お嬢様、ご両親もご兄弟も、知世様と昨日の襲撃事件の調査に出かけております。三人のご子息もお手伝いされています。」
遥は内心、家族総出で動いていることに本気度を感じた。「知世は?」
「九条家のご長男がいらして、その後、知世様と私は急いで外出しました。」
「知世は昨日けがしたばかりなのに、止めなかったの?」
「知世様は昔から意思が強いので、周りが何を言っても聞きません。」
「九条森は何しに来たの?」 もしかして、何かあって二人で急いで出て行ったのか。
「知世様のお見舞いに来て、贈り物を持ってきました。」
「両親は彼女が出かけたことを知ってる?」
「まだ伝えていないと思います。」
遥は真剣な表情で尋ねた。「両親と兄たちは、同じタイミングで出かけたの?」
「だいたい前後して出発されました。」
「事前に相談した?」
「いえ、していません。」
「行き先は同じ?」
「違います。」
「つまり、急な重要な情報が入り、それぞれ対応しに行ったってこと?」
「そのようです。」
「わかった。ありがとう、佐藤さん。」そう言って、遥は自室に戻り、すぐに電話をかけた。「情報部の全員に、藤原家の家族それぞれの動きを調べさせて。特に昨日、重点的にマークしていた二人を。何か異変があったら、すぐに報告して。急いで!」
家族全員が同時に外出するなんて、偶然にしてはできすぎている。しかも、自分は「何もできない」状態で、知世もけがをしているこのタイミングだ。
もし偶然ならいい。でも、誰かが意図的に仕掛けてきているなら――遥の目は細まり、鋭い光が宿る。
少し考えてから、彼女は両親と兄たちに「知世がこっそり外出して、自分ひとり残された」と、無邪気な声で電話をかけた。
みんな驚きと心配の声をあげ、すぐに事態の深刻さに気付く。「遥、すぐ戻るから、一緒にいてやるよ。ついでに知世にもお灸を据えないと。」本当の狙いは、知世の身の安全を確かめることだ。
だが十数分後、知世と佐藤が無事に戻ってきた。
遥は少し驚いた。自分の考えすぎだったのか?
知世は玄関に入るなり、遥を睨みつけて「ちょっと出かけただけなのに、いちいちチクるなんて、ほんとに性格悪いわね」と冷たく言い放った。
遥は否定せず、知世はすでに両親と連絡を取ったのだと悟った。何もなければそれでいい。
両親と兄たちも、すぐに全員が帰宅した。もしかして陽動作戦で、姉妹を狙うつもりだったのでは――と警戒したが、二人の無事を確認して、みな安堵した様子だった。
家族そろって昼食をとった。
食事が終わると、両親と兄たちはまた出かけることになり、姉妹に「家で大人しくしていなさい」と念を押した。今の藤原家はかなり安全で、危険分子もほぼ排除されている。
それでも自分たちで動くのは、重要な証拠と証人が得られたからだ。絶好の機会を逃すわけにはいかない。藤原柏山や黒沢竜也に反撃の隙を与えないためだ。
遥のもとにも組員から連絡が入り、両親と兄たちが得た情報や目的地は問題なかったと確認できた。もう心配はいらない。両親も兄たちも、そう簡単に騙されたりはしない。たとえ何かあっても、きっと乗り越えられる。藤原家が日本一の財閥でいられるのは、彼らのおかげだ。
……
両親と兄たちが出かけてから、知世は佐藤を呼び寄せた。「九条森からの情報は本当に助かった。さっき話し合った通り、すぐに動いて!」
先ほど、知世と佐藤は自ら情報の真偽を確かめに行き、目立たぬよう数人の護衛だけを連れて秘密裏に動いた結果、黒沢竜也の隠れ家のひとつを突き止めた。だが人数が足りず、さらに両親からの急な連絡もあり、いったん引き返すしかなかった。知世はこのことを家族に話さなかった。両親や兄たちのほうがやるべきことが重要だと判断したからだ。
遥はパソコンの前で一時間ほど作業していたが、妙に屋敷が静かすぎると感じ、知世の様子を見に行こうとした。だが彼女の部屋にも、屋敷のどこにも姿が見えない。
遥は再び佐藤を呼び出した。「知世、また出かけたの?」
佐藤は答えた。「はい、お嬢様。知世様から、またチクられるのが嫌だから、絶対に遥お嬢様には内緒にしてほしいと頼まれました。」
遥は無言でため息をついた。