「なんだこれ、ダンスパーティー?」
ある日の早朝、ヘルツブルクに寄港した商船経由で一通の手紙がもたらされた。
それがグレースから俺とベアトリーチェにあてたもので、内容は来週に開かれるダンスパーティーへの誘いであった。
特に断る理由も無かっため、ベアトリーチェにも了承を取ったうえで返事を書いて再送した。
「にしてもダンスパーティーか……着ていく服がないぞ」
行くとは言ったものの、俺は着ていく服が皆無であることに気がついた。
いま着ているのは普段着だし、ダンスにはあまり向かないであろう。
仕方がない、トマスに頼みに行くとするか。
「え、ダンスパーティー用の服ですか?」
「あぁ。今持っているもので行くわけにもいかないかと思ってな」
「別にそれでも構わないと思いますが……せっかくですし新作を作りましょうか!」
「ベアトリーチェと随伴するメイドの分もお願いしたい。あとできれば色使いは似せてくれ」
いくつかの注文を受けたあと、早速彼らはデザイン作業を開始する。
しばらく作業を眺めていると、突然トマスが立ち上がってどこへと歩いていく。
彼はなにか大きな箱を抱えて戻ってき、俺にそれを見せようと持ってきた。
「司令、ぜひ開けてみてください」
「どれどれ……ってこ、これは!」
「すごいでしょう? これガラスではなく全部ダイヤモンドですよ。全部で7506カラット、近くの洞窟探査時に1つだけ見つけたものです」
「な、7506カラット……」
あまりの数字の莫大さに、思わず気絶しそうになった。
トマスはこのダイヤモンドを使ってティアラなどの一連の宝飾を作ろうと言い出したのである。
俺の分はいいからベアトリーチェのものを作ってもらうよう頼んだが、どうもやばいものを作りそうだ。
「大丈夫ですって! 良いのを作りますから!」
「頼んだぞ……くれぐれも常識の範囲内のもので」
「了解しました♪」
◇
「ぬほほほほ! 素晴らしい気分じゃ!」
1週間後、俺とベアトリーチェはダンスパーティー参列のためにルクスタントを訪れていた。
今や三冠王国の事実上の王都たるこの町中を俺たちは馬車に乗って駆け抜ける。
ベアトリーチェはトマスたちが作ったドレスなどを大変気に入っているようだ。
ベアトリーチェのために制作されたものは全部で5点だ。
黒を基調として金がアクセントに入ったロングドレス、ティアラ、イアリング、ペンダント、指輪がベアトリーチェに贈呈された。
また俺とほぼお揃いの王笏も制作されて持参している。
ティアラには切り出した350カラットのプリンセスカットのダイヤの上に150カラットのペアシェイプカットのダイヤ、その他大小のダイヤが散りばめられている。
イアリングには左右で10カラットずつ、ペンダントには200カラットのダイヤが、指輪には5カラットのダイヤモンドが使われている。
だが何よりも恐ろしいのは2人がそれぞれ持っている王笏であった。
王笏は24金でできており、各所に女神や羽の彫刻が施されてる。
そしてここにもダイヤモンドがはめ込まれているのだが……驚異的な大きさであった。
ベアトリーチェの王笏にはカリナンⅡと呼ばれる800カラットのダイヤが、俺のものにはカリナンⅠと呼ばれる1000カラットのダイヤが据え付けられている。
これらのダイヤは『偉大なるアフリカの星』と同じカットが施され、王笏の上部に据え付けられた。
もはやここまで来るとダイヤだけで相当重くて腕が疲れる……
俺はベアトリーチェとは対象的に、前を開けた黒のフロックコートの中にグレーのウェストコートで下に黒いズボンをサスペンダーでとめ、白い蝶ネクタイを結び、黒のシルクハットと白い手袋に黒の革靴、コートには翼天勲章と特一等名誉騎士団章を付け、腰に短剣をさしただけのシンプルな格好であった。
「うむ! この服が着れるのであれば合併して正解じゃったな!」
「別にそのためではないぞ……」
「分かっておる、じゃが今はそれぐらい幸せじゃー!!」
「はは、それは何よりだ」
そんなことをしていると、いよいよ王城へと到着した。
俺たちは馬車を降り、兵士たちが横を囲む廊下を通って会場の広場へと足を運ぶ。
そこはかつて王都空襲時に誘導爆弾で破壊された跡を使って作られた大ホールであった。
「ルフレイ陛下、ベアトリーチェ陛下、お待ちしておりました。お席はあちらにご用意しております」
「案内感謝する」
俺たちは案内された場所へと歩いていくと、あらかじめ現地入りしていたオリビアやイズンたち10人のメイド衆と再開する。
彼女たちは俺たちと同じくトマスデザインの純白のドレスを着ており、手には1カラットのダイヤの指輪が全員にはめられていた。
「御主人様、お疲れでしょう。王笏をお預かりいたしましょうか?」
「いや、構わないよ。それにしても……」
「? どうかしましたか?」
「いや、綺麗だなーって」
「っつ////〜〜!」
思わず思ったことを口に出してしまい、オリビアは照れて顔を赤くする。
事実その場には他国のメイドたちも多くいたが、彼女たちが最も美しく輝いていた。
そんなオリビアを他のメイドたちは羨ましそうに見ている。
「なんじゃルフレイ、妾はどうなんじゃ? 妾は?」
「あぁ、ドレスも似合っているし、すごく綺麗だ」
「おぉ、面と向かって言われると照れるのう」
「何だ、言ってほしかったんじゃなかったのか」
ベアトリーチェは顔を赤くして俯いている。
俺は彼女から一旦視線を外し、大ホール内をざっと見渡した。
中には多くのメイドや護衛の兵士、青年貴族、令嬢に混じって、いくつか見知った顔も見受けられる。
「後で挨拶しにいかないとな」
「それもいいがルフレイ、この茶菓子はなかなか美味しいぞ?」
「え」
横を見ると、さっきまで顔を赤くしていたベアトリーチェは平然とクッキーを食べている。
この切り替えはどうなっているんだろうか、そう思いながら俺はクッキーへと手を伸ばしていた。
確かにクッキーはベアトリーチェが言う通り美味しかった。
「お嬢さん、後で私と一緒に踊りませんか?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そう言わず一回だけでも……」
声が聞こえたのでふと後ろを振り返ると、メイドたちに声をかけている他国の青年貴族たちがいた。
メイドたちは踊りたくないのかしきりに断っている。
するとその男の1人がオリビアの腕を手で掴んだ。
「おい、お前。少ししつこいぞ」
「! ルフレイ陛下! 申し訳ございません!」
俺は手に持っていた王笏を2人の間にすっと出し、手を離させる。
ベアトリーチェも立ち上がったので、青年貴族たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
俺はオリビアに怪我がないことを確認しながら言う。
「別に踊りたい人がいれば踊っても良いんだぞ? ここはそういう場なんだから」
「いえ、私たちは心も体も御主人様に捧げると誓っておりますので。そうでしょう?」
「えぇ。ですので他の男と踊るなどありえません!」
「それは嬉しいんだが……でもダンスパーティーと何の関係が?」
「なんじゃルフレイ、ダンスパーティーの意味もしらんと来たのか?」
え、ダンスパーティーって踊るだけじゃないの?
たしかにこういう社交的な場だし……あっ、まさか出会いの場か!
完全にその可能性を失念していたな、しまった……
「感づいたようじゃの? じゃからこの娘らが他の男と踊らんのは当たり前じゃよ」
「……そうか、じゃあ後で一緒に踊ろうか」
「え、良いのですか! やったー!」
「じゃあ順番を先に決めておきましょう! 私一番が良いわ!」
俺と踊れるとなると、メイドたちは一気にはしゃぎだした。
ちゃんと他の人のダンスを見てイメージトレーニングしとかないとな。
……そう思っていると、大ホールのドアが開いて主催者が入ってきたようだ。
さぁ、楽しい宴の始まりといこうじゃあないか。