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第248話 フランツ・ヨーゼフ商会

 インフラや王都フランハイムの整備が終わったところで、計画は第三段階へと移行していく。

だがその前に、ミトフェーラの物資の流通を行う商会を設立しなければならなかった。

今は国歌主導で経営するが、この商会は将来的には民間へと売却される計画だ。


 この世界にはフローラの経営する世界的商会『マルセイ商会』が存在するが、戦争の影響でミトフェーラでの営業は停止、流通網は完全にストップしていた。

そのため国民はイレーネからの支援、もしくは自給自足で生活しなければならなかった。


 フローラのマルセイ商会の再興を援助しても良かったのだが、この世界に成功している商会がマルセイ商会しかない以上、価格を独占する恐れがあるとの見方があった。

そのため対抗馬を作ってわざと価格競争を起こし、物価の低下を狙った。


 それらの思惑を反映させた結果、『フランツ・ヨーゼフ商会』が誕生した。

名前はオーストリアの事実上の最後の皇帝に由来している。

フランツ・ヨーゼフ商会は本店をフランハイムの大通り横とした。


 またイレーネの資本で作られているため、調度品は至極豪華なものにされた。

それでいて価格は低価格、高品質な物を多く売る、をコンセプトとした。

だがその上でどうにもならない問題が1つ存在した……


「むむ……マルセイ商会に独占販売権を売ってしまったせいでコカトリス肉が販売できない」


 まだ俺がこちらに来てそれほど日が経っていない頃。

イレーネ島にやってきたフローラに白金貨5枚で独占販売権を売ったことを思い出したのだ。

コカトリス肉は需要が高く、販売できないと困る。


 コンコン……


「どうぞ」


「失礼いたします。御主人様、お客様がいらしております」


 執務室の扉が開き、オリビアが入ってくる。

客って誰だろうかと思っていると、オリビアの後ろからカバンを持った女性が入ってきた。

それこそフローラであった。


「フローラ、久しぶりだな!」


「ルフレイ皇帝陛下、お久しぶりにございます」


 フローラは俺の前で膝を折って頭を垂れる。

前にあった時はこんなことはなかった気がするのだが……

俺は彼女の手を取り、立ち上がらせる。


「急に改まってどうした。今まで通りで良いんだよ」


「そうはおっしゃいましても……私めと陛下とでは身分が違いすぎますので」


「じゃあ皇帝命令だ。今まで通り接しろ」


「……分かりました。ルフレイ様、改めてお久しぶりです」


「あぁ。久しぶりだな」


 俺はフローラを用意された椅子に座らせ、俺は机の上を整理した後対面に座る。

オリビアは紅茶を入れるために一度部屋を出ていった。

フローラはしばらく室内を見ていたが、急に本題に切り込んできた。


「最近、フランハイムの改造が終わったらしいですね」


「……いきなりだな。確かにフランハイムの改造は既に終わらせたよ。それがどうしたんだい?」


「ミトフェーラの復興が進んでいることを鑑み、本日は再度ミトフェーラでの営業許可をいただきたく来ました」


「……ほう」


 フローラはカバンから分厚い資料の束を取り出し、俺の前においた。

俺はそれを手に取り、ざっと目を通す。

目を通している間にオリビアが紅茶を持って戻ってきた。


「砂糖はいかがで?」


「少しお願いします。後ミルクも」


「かしこまりました。御主人様はストレートでよろしいですね?」


「あぁ。構わない」


 俺は置かれたティーカップを手に取り、少しすする。

フローラもまたティースプーンでかき混ぜ、口に紅茶を含んだ。

彼女の喉を紅茶が通った後、俺は話を切り出した。


「まずフランハイムでの新店舗設営に関してだが、これはベアトリーチェの管轄内容だから俺からは返事することは出来ない。俺が代わりにベアトリーチェに伝えよう」


「ありがとうございます」


「だがフランハイムに新店舗とは、なかなかチャレンジだな」


「……へ?」


 フローラはよく分からず口を開けて俺の方を見る。

独占販売権を返還してもらうためには、ある程度は情報の開示をするべきかもな。

とりあえず俺は机の上に置かれている黒電話を手に取りボタンを押した後、受話器に耳を当てる。


『もしもーし、何のようじゃ?』


「やぁベアトリーチェ。今こっちにマルセイ商会の商会長が来ているんだけれど、どうやらフランハイムに新しく店舗を構えたいらしいけど良いか?って」


『その商会長はフランツ・ヨーゼフ商会のことを知っておるのか? 知っててやると言うならまぁ勝手じゃ、許可しよう』


「分かった。そう伝えておくよ」


 俺は受話器をもとに戻し、椅子に腰掛け直す。

フローラは電話に興味津々のようだった。

あの電話を交渉材料にすれば独占販売権、返還してくれるだろうか……?


「えぇと、結論から言うとOKだ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「……だが条件がある。これを理解したうえでそれでも、と言うならOKだそうだ」


「条件……ですか?」


 俺は言葉では伝えにくかろうと思い、先ほどまで見ていたファイルを持ってくる。

その中から極秘の文書は抜き取り、残りをフローラに提示する。

彼女はファイルを受け取り、隅から隅まで読み漁った。


「……なるほど、国営の商会ですか。これと競合することになるが良いか? とおっしゃりたいのですね?」


「まぁ、そうなるな」


「面白いです! どちらが経営手腕が上か、腕の見せ所ですね!」


「それで良いのか……ならまぁ開店を認めよう」


 俺がそう言うと、フローラはカバンから契約書を取り出して机においた。

目を通して問題がないことを確認すると、俺はサインを書く。

そして玉璽も押し、その状態でフローラに返還した。


「ありがとうございます。私、頑張りますから!」


「それは結構なことなのだが……」


「? なにか問題が?」


「まぁこちらだけの問題と言えば問題なのだが」


 俺はコカトリス肉の独占販売契約の紙を持ち出し、フローラの前に置く。

彼女はそれをしばらく見て、そして机の上へと戻す。

一息ついた後、彼女は言った。


「……独占販売権の解除ですか。確かに新たな商いの上では大問題ですね。これを解消したいとおっしゃいたいのでしょう?」


「あぁ。だがそれ相応の対価は払わせてもらおうと考えているが……」


「対価は結構です。今まで散々美味しい思いをさせていただきましたので。この場で解除しましょう」


 フローラはそう言うと、契約書をビリビリに引き裂いた。

そんな彼女の顔は、嬉しそうに笑っている。

なんでそんなに楽しそうなんだ……?


「これでフェアですね、お互いがんばりましょう。 うんっ!、なんだかやる気が湧いてきました! 今日はこれで御暇させていただきますね! では!」


「あ、あぁ……」


 ビリビリに引き裂いた契約書をおいて、フローラはものすごいスピードで帰っていった。

その速度には、俺もオリビアも呆気にとられた。

しばらくして俺たちは顔を見合わせてくすっと笑い、机の上に無惨に散らかった紙くずを処分した。


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