大改築を終えたフランハイムの竣工式典に参加するべく、俺とベアトリーチェはフランハイムへと向かう。
せっかくならということで、俺たちは同じく完成した道路をグロッサー770に乗ってフランハイムへと向かう。
が、一応は国家元首2人が乗っている車なので、襲撃にあわないよう前後はストライカー装甲車やハンヴィーによって固められ、頭上はアパッチ戦闘ヘリが飛行して護衛している。
そんな仰々しい車列を引き連れながらも、快適にドライブを楽しんでいた。
「風が気持ちいいのう」
「オープンカーだからな。それに空気もきれいだし、絶好のドライブポイントだ」
「こんな速度は馬車ではでんし……技術とはすごいものじゃのう」
最初ベアトリーチェは車に乗ることを恐れていたが、少しもしないうちに慣れたようだ。
山間部を切り開いた高速を走っていると、ところどころ数キロに渡っての直線区間が続くところがある。
ベアトリーチェはそれがなにかに興味を示した。
「のうルフレイ、この道にはいくつか真っすぐの、幅が広くなる区間があるようじゃが、これにはなにか意味があるのか?」
「あぁ。これは高速道路で航空機を運用するためのものだ」
「つまりは王都郊外にあった滑走路のような役割をするということか?」
「まぁ、そういうことになるな」
ミトフェーラの領土は平野が多く、土地は使い放題であった。
しかしあまりに広すぎることと、町や村が固まっていないため、どこに軍事拠点を置くべきなのかという問題が浮上した。
その解決策として、高速を多機能的な軍事基地として活用できるようにしようと考えたのだ。
将来的に現代式の兵装を供給するミトフェーラ=二重帝国軍と、ミトフェーラ駐留のイレーネ=二重帝国軍が即座にどこにでも展開できるようするには、高速道路はまさにうってつけの存在であった。
もともと軍事利用を考えて作られているため、普通の高速を使う場合と比べて能率も良い。
だが、今後どれだけの部隊をミトフェーラの地に展開させるかは他国と折り合いを付ける必要がある。
「おっ、見えてきたぞ! あれがそうじゃろう!」
ベアトリーチェは、森の隙間から姿を表したフランハイムを指差す。
前までのものとは比べ物にならないほど巨大な都市として生まれ変わったフランハイムは、陽光を浴びて白く輝いている。
高速を降りて下道に入ると、いよいよフランハイムの市内へと入っていく。
「これがフランハイム……もう面影はひとつも残っておらんな」
「前の町並みは軒並み爆破解体したからなぁ」
「ん、あれは前からあった教会じゃな、それにあの像も……」
「住民が希望したものは移築はしたが残されているよ。あれだってそうだろう?」
俺から見て右手前に、移設された仮宮殿が姿を表す。
仮宮殿は中心の通りからは少し離れた場所へと移築された。
ここはイレーネの大使館および復興庁が入ることとなる。
「いよいよ中央大通りだ。ここを見ると驚くぞ?」
「……おぉ、これはなかなか凄まじいのう!」
「だろう? 新王都にぴったりな大通りだ」
大通りの横には歴史主義の建築群がそびえ立ち、その先には新宮殿が整然とそびえ立っている。
等間隔に並ぶ街灯には黒金旗と黒白旗が交互にはためき、二重帝国の調和を示している。
建物は白を基調としているが、シェーンブルンイエローと言われる黄色や金の装飾が施されており、どこか温かみを醸し出している。
グロッサー770は新宮殿前の広場に停車し、現地で待っていた武装義勇軍の歓迎を受ける。
俺達は並んで新宮殿の門の前に立ち、台に置かれた銀製のハサミを手に取る。
同時に武装義勇軍は黒白旗と黒金旗を掲げた。
「「我々はここに、新王都フランハイムの竣工を宣言する!」」
宣言と同時にテープカットが行われ、武装義勇軍から大きな拍手が起こった。
俺とベアトリーチェはハサミを台に置き直し、後ろを振り返る。
そこには悠然と新宮殿がそびえたっていた。
「竣工式は終わり、後は夜中の歌劇場でのこけら落としか」
「そうだな。フランハイムの住人が全員はいるからそれは大変なことになるぞ」
「ふふ、楽しみじゃ」
その後俺たちは共に新宮殿を内見したあと、歌劇場のこけら落としに向けて移動した。
◇
『これより、御天覧演奏会を開演いたします』
パチパチパチパチ!!!!……
アナウンスと同時に大きな拍手が沸き起こり、幕が引かれる。
幕の内側からは、様々な楽器を持った演奏者たちが現れる。
オーケストラは召喚できないため、彼らはイズンから借りた所謂『神の音楽団』であった。
彼らには一度大陸国家合同会議のときに助けてもらった。
その時の要領で音楽団を貸してもらえないかと頼むと、快く引き受けてくれた。
お陰でフル編成のオーケストラくを組むことが出来た。
しばらくすると指揮者がやってきて、再び拍手が沸き起こる。
指揮者は一度頭を下げると、指揮台の上に登った。
彼が指揮棒を構えると、演奏者たちは各々の楽器を構える。
♪〜〜
指揮者が指揮棒を振る始めると同時に演奏が始まった。
こけら落としの記念すべき1曲目は『威風堂々』であった。
オーケストラを知らないフランハイムの住民、そしてベアトリーチェはその重厚さに大層驚いた。
「なんじゃこれは! これこそが本物の音楽じゃ!」
「これは『威風堂々』という曲さ。気に入ってもらえたかな?」
「もちろんじゃ。にしてもイレーネは音楽でも進んでおるのじゃのう……」
「音楽は人々の心の拠り所だからね」
なんて言っているけれども、どの音楽の先人の栄光を借りているに過ぎない。
世界中の音楽家たちよ、本当にありがとうございます。
――そうこうしていると1曲目の『威風堂々』の演奏が終了し、曲は次のものへと移る。
「ルフレイ、これはなんという曲じゃ?」
「これは『新世界より』だな。ドヴォルザークという人が作った曲だ」
「ふむ、これもなかなか……」
『新世界より』、何と俺達にふさわしい題名であろうか。
こうして異世界に来た俺が、こうして地球の名曲を聴いている。
なんだか不思議な気分だ。
「おっ、次の曲は知っておるぞ。イレーネの国歌じゃな。名前は確か……」
「『神よ、皇帝フランツを守り給え』だな」
「そうじゃ。なんとも厳かな曲じゃのう。神の使徒たるルフレイの治める国の国歌として適当じゃ」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
この歌は配布されたパンフレットに歌詞が載っているので、住民たちは立ち上がって斉唱する。
その次には『国王陛下万歳』が流れ、これもまた同じく斉唱が行われた。
すると少し早いが、ついに最後の曲となった。
「この曲は……?」
「『歓喜の歌』、国際連盟の連盟歌でもあるな」
「そうか。ルフレイ、この歌は一緒に歌おうぞ!」
「突然だな、まあ構わないが」
俺はベアトリーチェといっしょに立ち上がり、パンフレットに載っている歌詞を見る。
前奏が終わり、俺とベアトリーチェ、そして参加者全員が大きな声で歌い始めた。
” 歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高なる者よ、汝の聖所に入る
汝が魔力は再び結び合わせる
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
時流の刀が切り離したものを
物乞いらは君主らの兄弟となる
汝の柔らかな翼が留まる所で
ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
自身の歓喜の声を合わせよ
そうだ、地球上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい
すべての存在は
自然の乳房から歓喜を飲み
すべての善人もすべての悪人も
自然がつけた薔薇の路をたどる
自然は口づけと葡萄の木と
死の試練を受けた友を与えてくれた
快楽は虫けらのような者にも与えられ
智天使ケルビムは神の前に立つ
天の壮麗な配置の中を
星々が駆け巡るように楽しげに
兄弟よ、自らの道を進め
英雄が勝利を目指すように喜ばしく
抱き合おう、諸人よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
聖なる父が住みたもうはず
ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界中の者どもよ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう! "
『皇帝陛下万歳!』
『国王陛下万歳!』
『二重帝国万歳!』
『ミトフェーラ万歳! イレーネ万歳!』
『神の使徒、皇帝陛下万歳!』
『『『『万歳! 万歳! 万歳! 万歳!…………』』』』
歌い終えると、住民から万歳の歓声が響き渡った。
俺の方を見て熱狂する彼らに、俺は手を振り返した。
割れんばかりの万歳の声が歌劇場に木霊し、魔族にも受け入れられたことを実感する。
この割れんばかりの熱狂は中継を通じてミトフェーラ全土へと拡大した。
ミトフェーラの住民は団結の象徴として歓喜の歌を歌い、手を取り合って踊る。
題名通り歌は人を歓喜させた。
だがこの歓喜はやがて皇帝、国王崇拝へと姿を変えていくこととなる。
それは教皇を中心とするイズン教の教義を捻じ曲げ、無理やり崇拝対象を皇帝へと向ける新宗派を誕生させる原動力となっていく。
この時、そんなことが起ころうとも、それによってイズン教に大きな分裂が生じることになろうとは誰も想像していなかった。