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第226話 ラ・マルセイエーズ

 ホーヘンシュタット上空に侵入したB-36の爆撃隊は、爆弾倉を開いてビラの入ったカプセルを露出させた。

これは一定高度まで降下した後に展開、中のビラを拡散するという仕組みになっている。

一方のホーヘンシュタットの守備隊は、新型の魔探で爆撃隊の接近に気がついた。


「敵爆撃隊の接近を確認! 全員迎撃準備に当たれ!」


「迎撃準備と言ったって……敵の姿は全く見えないのだがどこを目印にすれば?」


「適当なところだ! 前に敵の爆撃機を撃墜した連中も適当なところを狙ったら堕ちたらしいしな!」


「それはただのマグレでは……」


 どこを狙えば良いのかも分からず、取り敢えず彼らは発射筒を上空へと向けた。

同時に対空砲は仰角を最大まで上げ、B-36を撃墜せんと射撃を始める。

だがこの砲の最大射程は8000mであり、到底届くものではなかった。


 空に現れる対空砲弾の黒い煙は、ロケット弾の射撃を困難にした。

彼らは攻撃を行ってこないうちにB-36はカプセルを投下、そのまま悠々と戦線を離脱した。

遅れてロケット弾部隊は装填されているロケット弾840発を空中に発射したが、それが命中することはなかった。


「なにか降ってくるぞ!」


「爆弾だ! 急いで建物内に避難しろ!」


 彼らは空気を切り裂いて落下してくるカプセルの音を爆弾が落ちてくる音だと誤認し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

これほどカプセルの音を恐れた理由は、カプセル自体に注意がいくようにサイレンが取り付けられていたからだ。

このサイレンが落下時に空気で回って大きな音を出す。


 こうして落ちてきたカプセルは上空30mで破裂、中にはいってあるビラをばらまいた。

高度30mからばらまかれた無数のビラはふわふわと漂い、町中を埋め尽くすように地面に落ちる。

だがまだ爆弾が落ちてきていると思っていた兵士たちは、外に無音でビラが落ちていることにすぐには気がつかなかった。


「もうすぐで着弾してもよいはずだが……」


 1人の兵士があまりの着弾の遅さに疑問を持ち、外へと顔を出した。

すると外の道には一面ビラが散乱しており、嫌でも目に入ってきた。

彼はその1枚を手に取り中身を確認する。


「なんだ、結局爆弾じゃなかったのか? 驚かせやがって……ってなんじゃこりゃ!?」


「中身が気になるから拾って読んで見よう」


「俺にも1枚くれ」


 彼らは地面に散らばるビラを手に取り、真剣に眺める。

そのまま彼らは書かれている内容を黙って見つめていた。

そのとき1人がビラを裏向きにし、裏にも何かが書かれていることに気がついた。


「行け 祖国の子〜らよ、自由の日〜は来た〜」


「おい、何を歌っているんだ?」


「ほら、裏に自由ミトフェーラ王国の国家の譜と歌詞が書かれてある」


「本当だ。どれどれ……」


 彼らはビラを裏返し、裏に書かれている歌詞を見る。

それは義勇兵の歌、ひいてはフランス国歌として有名な『ラ・マルセイエーズ』であった。

だが王政を否定する部分の歌詞は取り除かれ、1番、4番、6番のみが記入されている。


「俺たちって本当にこれに書かれている通り『ロキ』に操られたものに従っているのか?」


「わからない。だが『ロキ』というのは聖書に出てくる存在だろう? そんなもの本当にいるのか?」


「さあ? だが本当にロキに操られているのだとしたら、我々は信仰しているイズン様に敵対していることになってしまうぞ」


「それはまずい。死んだら地獄行きになってしまう」


 イズン教徒である彼らは、イズンと対立したロキに手を貸すことを恐れた。

だが聖女の存在もありイズンの存在を彼らは認識しているが、ロキの存在は認識していない。

そのためロキが存在するのかどうか彼らは半信半疑であった。


「だがイレーネ帝国の皇帝はイズン様の使徒だと聞いたことがあるぞ」


「それに教皇様が実際に会いに行ったらしい」


「使徒様の言うことであれば本当なのでは……?」


「じゃあ俺たちは本当にイズン様に歯向かう異端者……」


 彼らは異端者になることにとてつもない恐怖感を覚えた。

彼らの心のなかには、ミトフェーラ魔王国への猜疑心が確かに植え付けられた。

だがすぐに離反するわけにもいかないので、彼らはまずは指揮官の貴族のもとに行って説得を試みることにした。





「ルモール指揮官、こちらのビラをもう読まれましたか?」


「ん? なんだそれは」


「先程飛んできた爆撃機がばら撒いていったものです」


「ちょっと見せてみろ」


 ルモールは兵士の持ってきたビラを受け取り、じっくりと読む。

兵士たちは『離反せよ』などと言っているようなそのビラに怒り出すかと思った。

だが以外にも彼は何も言わず、黙々と読む。


「……ロキとは何だったか?」


「聖書に出てくるイズン様の敵ですよ」


「我々が信仰しているのは誰だ?」


「それはもちろんイズン様では?」


 兵士は不思議そうにルモールの質問に答える。

ルモールはその兵士の返答を聞いて、しばらく考え込んだ。

そして悩んだ末、彼は何かを思い出したように声を上げた。


「あっ!」


「どうしたのですか、指揮官?」


「思い出した。あれは確か6ヶ月程前……そうだ、王都の魔王城内でのことだ。私は当時引きこもりであったユグナー殿下に招集され、殿下の部屋へと向かった。そして殿下に急に口の中に何かを入れられ……あぁ、私は今まで何をしていたのだ。守るべき陛下に銃口を突きつけ、悪魔に与し……」


 ルモールは頭を抱えてうずくまる。

ユグナー、ひいてはロキの生み出した服従の飴には解除条件があった。

それは飴の摂取によって忘れたロキという存在を、再び誰かに思い出させてもらうことであった。


「私は自由ミトフェーラ王国への帰属を宣言する。自由ミトフェーラの首都であるフランハイムに使者を送る準備を」


「はっ!」


 その後ホーヘンシュタットを出発した使節団は、道中でイレーネ=ドイツ軍団に拘束された。

そしてそのままドイツ軍団からロンメル大将を経由してフランハイムのベアトリーチェに帰属の旨が伝えられた。

これによりホーヘンシュタットを取り囲んでいたイレーネ=ドイツ軍団は一滴の血も流すことなくホーヘンシュタットに入城した。


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