「エーリヒ様。敵爆撃機の生存者の奪還には失敗、機体の残骸も何者かによって徹底的に破壊されていたため回収は不可能であったようです」
「そうかぁ……ありがとう」
「はっ、では失礼します」
伝令を伝えに来た工場の作業員は、エーリヒに頭を下げて部屋から出ていく。
ユグナーに追放されて以来、彼はこの山中に埋もれている秘密工場の工場長になっていた。
だが、彼にとってはこちらのほうが自由に開発ができるためむしろこの状況を喜んでいた。
「ここであれば無限の労働力でいくらでも兵器を作り上げることができる……まさに夢のような状況だねぇ」
エーリヒはそう言いながら、工場長室のガラス張りの窓から見える工場を眺める。
そこでは急ピッチで大量のロケット弾とその発射筒の生産が行われていた。
労働員は魔族持ち前の体力で文句を言うこともなく懸命に働き続ける。
基本的に彼らが生産している物はロケット弾であるが、中には変わったものを作っているものもいる。
奥の方のスペースではIS-1Aの製造が行われているが、それらIS-1Aの数倍の大きさを誇る機体が製造されていた。
それはIS-1A用のエンジンを改修して性能を強化したものを4基搭載した試験機であった。
この機体はエーリヒのロケット機思想から生み出されたものであった。
これは爆撃をするために一応作られた機体であったが、事実殆どは別の任務に充てられる機体であった。
その任務でもう一つ重要となる兵器が、奥で生産されている。
それはまさに、ロケットエンジンを搭載した有人ミサイルであった。
ロケット弾の成功に確証を得たエーリヒは、命中精度を高めるために有人化に踏み切った。
だがもちろんロケット弾の誘導の過程でパイロットは脱出できず、命を落とす自爆攻撃となる。
その発射母機として製造されたものが先程の4発爆撃機だ。
この母機には1発の有人ミサイルが搭載可能であり、空中からの投下を可能とした。
だが地上の発射台からも発射可能であり、その際は補助のロケットエンジンで上空まで飛行した後に補助ロケットを分離、目標まで軟降下した後にロケットエンジンを点火させて突入させるという手法が取られた。
既に数発が完成を迎えており、空中投下用の爆撃機はまだ完成していないためにまずは地上発射型での発射試験が行われることになった。
既に発射台は外に設置され、そこに発射される有人ミサイルとその搭乗員がセットされた。
「しかしエーリヒ様、ユグナー様にはこの件に関して何も知らせていませんがよろしいのですか」
「彼には兵器の1つも作れないよぉ。でも戦争には兵器が不可欠だ。ならば兵器の設計ができる僕に対して口出しする権利はないよねぇ?」
「そ、そうですねハハハ」
聞かなければよかったと話しかけた整備員は思い、その場をすぐに後にした。
一方で有人ロケットは打ち上げの最終段階に入っており、翼の下には補助ロケットが取り付けられた。
搭乗員には麻薬の一種が投与され、死への恐怖が取り除かれる。
「発射準備整いました」
「よしっ、目標は敵の部隊! ……と言いたいところだけれどもまだ射程圏内に入っていないために今回は適当な場所への落下とする。補助ロケット第一弾点火始め!」
エーリヒの号令とともに一番外側の補助ロケットに点火され、有人ミサイルは空高く飛び上がる。
9秒の燃焼時間の後に第一弾の補助ロケットは分離、同時に第二弾の補助ロケットに点火される。
第二弾も燃焼が終了して切り離された頃には、有人ミサイルは高度7000mに到達していた。
そのまま上空から軟降下を始めた有人ミサイルの搭乗員は、雲の隙間から落下できそうなポイントを探す。
しばらく飛んでいると湖を見つけ、彼はそこに着水することにした。
残っている主機のロケットもフルで点火させ、水面に向かって突入した。
結局のところ最終的に水面に激突した機体は粉々に砕け、搭乗員は死亡した。
この結果を持ってエーリヒは大満足し、すぐに大量生産にあたらせることにした。
だがこの選択は、今後の戦闘における犠牲の増大に拍車をかけるのであった。
◇
秘密工場が着々と稼働を始める中で、この前のB-29による爆撃にさらされた工場地帯は大損害を被っていた。
高硬度からの夜間爆撃であったが、大量にばらまかれた焼夷弾により周りの建造物、森ごと焼き払って工場を壊滅へと追い込んだ。
これにより実質的に兵器類の生産は秘密工場ただ一箇所に絞られることとなった。
生き残った工場の労働員は秘密工場の労働員、もしくは近くの街の防衛隊へと転換された。
既に魔王国の東部戦線は崩壊の一路を辿っており、総司令部は王都近くに引き込んでの守備に徹することに方針を変更し、それに合わせて部隊の配置転換を行っている。
まだ残っている前線の兵士は、少数単位に分かれて展開しているイレーネ=ドイツ、ソビエト、アメリカ軍団の各部隊に包囲され、各個撃破されていた。
だが少数単位に分かれて面で制圧していることに加え地理にも明るくないので進軍はゆっくりとしており、その時間がミトフェーラに防御陣地の構築をするだけの猶予を与えていた。
「川の水をこっちに流し込め! 平地を泥地に変えてしまうんだ!」
ミトフェーラの王都よりも東の各都市では、イレーネ軍を迎え撃つために意図的に川を氾濫させて平地を泥地へと変えており、また水を引き込んだ水路を多数設けていた。
これは前線に出現した戦車を見たミトフェーラの兵士によって考案された防御戦法であり、鈍重な戦車を泥地に嵌まらせて動けなくさせることが目的であった。
また市街地には多数の戦車よけのバリケードが設置され、ことごとく戦車の進軍を妨害する作りになっていた。
これもまた前線で戦車を見た兵たちの考案で、かつての時代の戦争で馬避けのバリケードとして使用されていたものを流用してのものであった。
この戦術も長く生きてきた魔族であったからこそ考えついた戦法であった。
防衛に徹することにした諸都市では、戦争に動員されていなかった女性も戦闘員として動員された。
ミトフェーラとイレーネは、泥沼の戦争へと突入していく。
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本日外伝の2話を公開しようと思っていましたが、少し手を加えたいと思うので公開日を明日に延期させていただきます。
なお2話よりサポーター限定となります。
あらかじめご了承ください。