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第222話 車椅子のフィアンセ

 ワスプへと移されたクラウディアは、医療室にて治療を受けて寝ていた。

どうやら銃弾は腰付近に命中し、そのまま体内でとどまったとのことだ。

一時的な処置が行われ、彼女の容態は今安定している。


 だが最悪なことに、どうやら銃弾はクラウディアの脊髄を一部損傷させているようだ。

担当した医師からは「もう歩くことも難しいかもしれない」という報告を受けている。

その報告を聞いて罪悪感を感じたのか、テイラーはずっと彼女のベッドのそばにいた。


 コンコン


「どうぞ」


 俺が彼女が寝かされている部屋の扉をノックすると、中からテイラーの返事が返ってきた。

俺はゾルン島に生えていた花で作った花束を持って部屋へと入る。

ベッドの横にいたテイラーは、杖を使って立ち上がり俺を迎えた。


「司令、わざわざ見舞いに来られたのですか」


「ああ。あ、これはお土産だ、飾っておいてあげてくれ」


 俺はテイラーに花束を渡す。

だがあいにく花瓶はないので、彼は花瓶の代わりに水の入ったコップに花を挿した。

彼は自分の座っていた椅子を俺に明け渡し、俺はありがたくそこに座る。


「ずっとこの部屋にいるようだが、そんなに彼女の容態が心配か?」


「えぇ……私のせいで怪我をさせてしまったようなものですから」


「……彼女の本島の病院への移動が決まった。せっかくだしテイラーも一緒に島に戻れば良い」


 俺は懐にしまっていた、俺のサイン入りの休暇許可証の入った封筒をテイラーに与える。

彼は驚いた顔をしながらそれを受け取り、念の為にと中身を確認した。

彼は中身を確認し、それが本物の許可証であると知るとすっと中に戻した。


「……司令、これを受け取るわけにはいきません」


「なぜだ? 軍務のことならば何の心配もいらないぞ? ウィルソンとティベッツも賛成していた」


「私は軍人です。そのような私が私情で軍務を抜けるなど、たとえ司令の許可があろうとできることではありません」


「……テイラー。君はなにか勘違いしていないか?」


 俺がそう言って彼の顔を見ると、彼はビクッと体を震わせた。

俺は返された休暇許可証をテイラーへと再び差し戻す。

それを彼の胸に押し付け、俺は言った。


「これは俺からの慈悲ではない。上官命令、いや、皇帝命令だ。軍人とは上官の命令を遵守するもの。それでもこの休暇を受け入れないと言うのか?」


「――そ、それは……」


「どうなんだ?」


「……分かりました。休暇の件、受けさせていただきます」


 テイラーはそう言って俺の顔を見た。

そして彼はこわばっていた顔を緩めた。

彼の目に俺の顔は恐ろしくはうつっていなかった。


「もうすぐでゾルン島へ配置されるはずだった新規建造の対空巡洋艦出雲と随伴する空母信濃が本艦隊に合流する。それらと合流次第、病院船マーシーを召喚してクラウディアをそちらに移送、海路で島へと向かう手筈になっている。それまでに準備をしてきたまえ」


「わ、分かりました!」


 テイラーの顔を見て俺は頷く。

さて……邪魔にならないように俺はそろそろ退散するとしようか。

クラウディアがそろそろでていけという顔をしてこちらを見ている。


「さっさと準備をするんだぞー」


 俺はそれだけ言って部屋を出た。

俺が部屋を出た後、テイラーは再び信じられないという顔で休暇許可証を見た。

そして彼はクラウディアの方を見て、目が閉じられていることを確認して彼女の頬を優しく撫でる。


「私についてきてくださるんですか?」


 クラウディアの口が突然開き、テイラーは驚く。

彼は慌てて彼女の頬に乗った手を離そうとした。

だがそれよりも早く彼女の手がテイラーの手を捕まえる。


「……いつから起きていたので?」


「司令官さんが『そんなに彼女の容態が心配だー』って言うあたりから?」


「めっちゃ早くじゃないですか。起きていたのでしたら言ってください。意地悪ですよ」


 テイラーが不満げに言うと、クラウディアは少し嬉しそうに微笑む。

彼女はテイラーの手をそっと自分で自分の頬にあてた。

テイラーは不思議な感覚にどうするべきか戸惑う。


「別にあなたのせいではありませんよ。気にしないでください」


「しかし――」


「私が言っているのですから気にしないでください。これは皇帝命令ですよ? なんちゃって。ウフフ」


「……」


 テイラーは何だかこの雰囲気に耐えられず、ソワソワしてきた。

そんな彼の様子を見たクラウディアは、掴んでいた手を離した。

そして彼女は言う。


「もうすぐで移動なのでしょう? はやく準備なさったほうがよろしいのでは?」


「――そうですね。では一旦御暇させていただきます」


「えぇ。また後で」


 テイラーは軽く会釈してクラウディアの部屋を出る。

彼は刺激を与えないようゆっくりと扉を閉めると、外に出てため息を付いた。

彼がでてきたことを確認した、扉の横に隠れていた俺は、彼の方に手をおいた。


「! って司令! なぜまだここに!」


 テイラーは顔を赤くしながら言う。

そんな彼の様子がなんだか滑稽に、でも初々しく見えて何だか笑ってしまった。

なんで笑うんですかとテイラーに文句を言われたが、俺は笑いながら彼の肩に手を置いていった。


「頑張れよ!」


「何をですか――!!!!」


「恋だよ、そりゃ。皇帝として、上官として応援しようと思ってね」


「でも司令、恋人も妻もいないじゃないじゃないですか」


 ……痛いところを突かれた。

たしかに俺には転生前も転生後もまだ恋人がいたことがない。

まさかこれほど深く心に刺さることになるとは……うっ。


「司令も茶化している暇があればそろそろ妻の一人でもお作りになったほうがよろしいのではないですか? 仮にも皇帝なわけですし」


「妻ねぇ……」


 妻か、そういえば全然考えたこともなかったな。

確か1年以上前、グレースに告白されたことがあるような――

ずっと待たせてしまっていて……今でも彼女は俺を待ち続けているのだろうか?


 俺は男だからまだ年齢的にも余裕があるが、きっと女性の王族には結婚までのタイムリミットがあるだろう。

俺のことをずっと思っていてその機会を逃させるわけにもいけない。

それは俺の身勝手というものだ。


「……真剣に考えないと。でもこの戦争が終わってからだな」


 俺はテイラーと別れ、飛行甲板へと向かった。





「気をつけろ! どこにも当てるんじゃないぞ!」


 しばらくした後、艦隊はイーデ獣王国周辺海域で空母信濃たちと合流した。

信濃は近代化改装によってバルジが追加され排水量がさらに増大、またアングルドデッキ化やカタパルトの搭載、格納庫面積の拡大、新型缶の搭載による速力の向上などあらゆる面で進化していた。


 そんな信濃搭載の航空隊による援護を受けながらクラウディアの病院船マーシーへの移送が無事に完了、病院船とその護衛艦隊と、機動部隊本体は別れを告げた。

マーシーはその後数日の航海を経て無事にイレーネ湾に到着、クラウディアも病院に収容された。


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