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第14話 不確かな継ぎ接ぎ

 ──トントン。


 戸を叩く音に、小屋の空気が一変する。

 続いて聞こえてきたのは、優しい、穏やかな声。


???「おかあさんですよ。戸を開けておくれ」


 子ヤギたちはぴくりと反応し、れいは息を呑んだ。


 幸人が静かに立ち上がる。警戒心がその瞳に宿っていた。


ゆきと(…帰ってきたのか)


 幸人はゆっくりと戸の方へ近づく。床板が軋まないように、足音ひとつ立てずに。


 そして、わずかな戸の隙間から外を覗く。


 そこにいたのは──確かに、母山羊だった。


 そして、片手には水の入った木桶。


 だが、それだけに──幸人は、逆に不安を覚える。


 このタイミングの良さ。あの狼が現れた直後に、ちょうど戻ってくる母親。物語の筋書きとしてはごく当たり前の出来事、だがあまりに都合がよすぎる。


ゆきと(……この違和感……)


 数秒の思考の末、彼は皆に向き直る。


ゆきと「……母山羊だ。戻ってきた」


 その言葉を聞いた瞬間、子ヤギたちは「ほんと!?」「やった!」と歓声を上げながら戸の方へ走り出す。


りこ「あ、ちょっと待って──!」


 莉子が慌てて子ヤギを止めて、子ヤギの前に駆け寄る。


 幸人が「開けるぞ…」と


カチャリ、と小さな音がして──戸が開く。


子ヤギ(桃色)「おかあさーんっ!」


 そこには、紛れもない母山羊が立っていた。頬を緩めて、優しく微笑んでいた。


母山羊「ただいま、みんな。お留守番、ありがとうね」


 子ヤギたちは次々に母山羊に抱きついた。道後たちも思わず気を緩める。


 莉子と音羽も、その姿を見て──ほっと息を吐いた。


 母山羊は子ヤギたちに囲まれながら、小屋の中へと足を踏み入れた。


母山羊「みんな、喉が渇いたでしょう?井戸の水、冷たいわよ」


 そう言って木桶を中央に置くと、子ヤギたちは「わーい!」と声を上げて一斉に群がった。


子ヤギ(桃色)「おかあさん!さっきね、狼が来たんだよ!」

子ヤギ(黄色)「でもね、こわくなかったよ!」

子ヤギ(水色)「ぼくたちがおいかえしたんだ!」


 無邪気な声に、母山羊は目を丸くし──それから優しく微笑んだ。


母山羊「まあ……そうだったの。ありがとう。皆さんも守ってくれてありがとうございます」


 母山羊は深く頭を下げた。


 だが、子ヤギたちは「鍵を開けた」ことについては一言も触れなかった。無意識のうちに、あるいは叱られると感じて──黙っていたのかもしれない。


 全員が水を飲み、残っている昼食の果物を口にしながら、ほっとしたように小屋の中は穏やかな空気に包まれた。


 その中で、母山羊がふと顔を曇らせた。


母山羊「あの……少し、言いにくいのですが……」


 全員の視線が集まる。


母山羊「前日から姿が見えない一番小さな赤ちゃんが、まだ帰ってこないんです。他の子ヤギたちも今日の朝……あんな事があって………」


 少し言いにくそうに───。


 母山羊か「みなさんが良ければなのですが…小屋の周辺を少し探してきてもよろしいでしょうか」


莉子と音羽は不安そうな母山羊の表情を見て


りこ「私たちも一緒にさがします!みんなで行けば安全ですし──」

りこ(……でも、きっと……)


 莉子は首を大きく振った。


りこ(……ダメダメ!そんな事考えちゃ…!)


おとは「そうですわ。皆で探しましょう」


れい(………)


幸人も黙って母山羊を見ていた。


 だが、母山羊は首を横に振った。


母山羊「いいえ……皆さんには、この子たちをお願いできませんか。やっと落ち着いたところですし……」


 その言葉に莉子と音羽は戸惑った。


りこ「でも……お一人では危険じゃ──」


母山羊「大丈夫です。この周辺には慣れていますから。すぐ戻ります。夜のご飯の前までには」


 そう言って、深く頭を下げた。


 母山羊は子ヤギたちを優しく撫でてから、再び小屋を後にした。


 戸が閉まり、莉子がカチャリと鍵をかける。


 外からはもう、母山羊の足音すら聞こえない。




 * * * 




子ヤギ(黄色)「パパー!これから何して遊ぶ?」


どうご「遊ばねぇし、あとパパって呼ぶな!」


子ヤギ「え〜、さっき自分でもパパって言ってたくせに〜!ケチっ!」


 そんなやりとりに、小屋の中に笑いが戻った。


 幸人は一人、母山羊が小屋を出ていってから、周囲の様子を一瞥した後、まずは小屋の壁を丁寧に指先でなぞった。古びた木材の表面は乾いており、ところどころ節目が歪んでいる。構造としては単純な造り。


ゆきと(…違う)


 幸人は、棚の裏、床下の板、そして窓際の隙間へと次々に目を向ける。


ゆきと(…違う、…違う。…ここも…)


 物語に「完結」があり、物語が動いているならば、必ず何かしらの“兆し”があるはずだ。だがそれは表に現れるとは限らない。むしろ、見えないところにこそ本質は潜む。


 ふと、小屋の奥にある一角に視線を向けた。


 幸人は膝をつき、


ゆきと(……これは…いや…)


 焦りが胸の内に滲む。


 今はまだ──材料が足りない。


 幸人は小屋の中を再び見渡しながら、静かに情報を刻み込んでいった。


 莉子もまた一人、不安と焦りの様なものを感じていた。


りこ「……ねぇ、みんな。これって……どうすれば帰れるのかな」


 沈黙。


どうご「……んなもん、狼を倒しゃいいんじゃねぇのか?」


おとは「そんな単純なもの……なのかしら」


 神威は黙ったまま、古時計の方を見ていた。


 莉子の目には、少しだけ不安が滲む。


りこ「……“完結”って、ほんとにできるのかな」


 その言葉に、れいも黙り込んだ。


 けれど──その時だった。


 カタンっ!トコ、トコ、トコ……


 小さな足音が、古時計のある方から響いてきた。


神威「……!」


 誰よりも先に神威が反応した。


 全員の視線が──そこに集まった。


 現れたのは、小さな、小さな子ヤギ。


りこ「──えっ!? あ……赤ちゃん!?」


 莉子が駆け寄ると、赤ちゃんはのんびりと水のある方へ歩いていく。


りこ「ねぇ!どこにいたの!?もう……食べられたのかと思って……!」


 音羽も、れいも、道後も目を丸くして声が出ない。


 そんな中、幸人が赤ちゃんの方へ歩いて、しゃがみ込み、静かに赤ちゃんに尋ねる。


ゆきと「なあ。他の子ヤギたちのこと、知らないか?」


 赤ちゃんは、幸人をじっと見つめ──ゆっくりと、首を横に振った。


ゆきと「……そうか。ありがとう」


 赤ちゃんはしばらく水を飲むと、トコトコと歩き出し──古時計の下の隙間に潜り込んでいった。


りこ「あんなとこに……隠れてたのね」


おとは「ふふ……あそこなら安全ですわね」


子ヤギ(桃色)「赤ちゃん、ひとりでかくれんぼしてるのかな」

子ヤギ(黄色)「パパ、赤ちゃんはね、おかあさんにずっとくっついて離れないんだよ」


どうご「知らねぇよ!パパって呼ぶな!」


 再び笑いが戻る。


 だが、幸人は静かに立ち上がると、古時計の方を見つめ──心の中で呟いた。


ゆきと(……そうか…。でも、まだ…足りない)


 焦燥が、胸の奥でくすぶっていた。



 * * * 



 そのとき──


 ザッ、ザッ……と、外から足音が聞こえてきた。


???「おかあさんですよ。戸を開けておくれ」


 声がした瞬間、全員の身体が凍りつく。


りこ「え……なんで…さっき……来たばかり、だよね……?」


おとは「……どうして、もう一度……?」


 幸人がすぐさま戸の前へ向かい、隙間から外を見る。


 そして──息を呑んだ。


 その視線の先にいたのは、今度は──白い狼だった。


 全身を白い毛に包まれた、不気味な美しさと狂気をまとう存在。


ゆきと「……狼だ」


 呟くと同時に、道後に目をやる。


ゆきと「また、頼めるか」


どうご「ああ。いつでもいいぜ」


 道後が構える。幸人は神威に視線を送ると、神威も立ち上がり、構える。道後が黙ったまま右手を前に出し、《守護輪廻(ガーディアン・リレー)》の力を発動し、静かに戸の鍵を外した。


 戸が──開く。


 そこに立っていたのは、笑みを浮かべた白い狼だった。


りこ「な……なによ、その姿……!」


どうご「……おい!何匹いんだよ!」


ゆきと「……道後。よく見ろ、毛の色が変わっても、“あの狼”だ」


 そして──狼は、にやりと笑って言った。


狼「──ただいま」

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