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第2話 王子出陣


 アルタイル王国、王都の中心にそびえる白亜の城――その一角、石造りの回廊を渡った奥にある私室の武器庫で、クライス王子は剣を引っこ抜いていた。光の差す棚に並んだ様々な武具を雑にかき回しながら、彼は一振りの細身の剣を鞘ごと腰に差し込む。


 「これだろ?」

 金属の触れ合う音とともに、得意げな声が響く。


 「準備できた?」

 ドアにもたれかかり、声をかけたのは、勇者ルーシェ。金の髪を背に流し、硬質な鎧を纏った姿は、美しさと気迫を併せ持っていた。


 「ノックくらいしろよ、不敬だぞ」

 クライスは剣の重さを確かめながら、眉をしかめる。


 「お父上様が呼んでるよ。……いっしょに行こっか」

 軽やかに笑って、ルーシェは踵を返した。


 「はいはい、わかったよ」

 ぶっきらぼうに返しつつも、クライスは剣の柄に手を添え、ルーシェのあとを追う。


 王宮の重厚な扉が、二人の手によって押し開かれる。玉座の間へと続く長い赤絨毯の上を、彼らは並んで歩いた。


 「お、やっと来たな。あつあつカップルってか」

 立ち並ぶ柱の影から姿を現したのは、猟師のコロウだった。粗野な口ぶりでにやついている。


 「うるせぇよ」

 クライスは肩をすくめるだけで相手にしなかった。


 玉座に座る男は、王アルタイル。クライスの実父にして、アルタイル王国を束ねる存在。威厳を持ちながらも、片手に煙草をくゆらせていた。


 「魔王討伐へ。王子クライス、勇者ルーシェ、猟師コロウ、魔法使いロイスの出発を認める」

 その声音には、王としての重みがあった。


 「感謝いたします、陛下。では、行ってまいります」

 クライスは片膝をつき、厳粛に頭を垂れる。


 王子でありながら、彼は国内でも屈指の魔力と身体能力を持ち、討伐隊の中核に選ばれていた。しかしその一方で、短気な性格は王宮でもよく知られ、しばしば問題児扱いされている。


 城門の外、石畳の広場に出ると、すでに一行が馬車のそばに集まっていた。


 「やっと来たか」

 腕を組んで待っていたコロウが、半ば呆れたように言う。


 「そんな軽装で大丈夫なの?」

 ロイスが眉をひそめて、クライスの服装を見やった。彼は白い長袖シャツに黒のジーンズという平時の装いに、腰にだけ煌びやかな剣を提げている。


 「うるせぇ。どうせ死なねぇし、もたもたしててもしょうがねぇだろ」

 そう吐き捨てるように言うと、クライスは先に馬車に乗り込んだ。


 ロイスは国内屈指の魔法使いだ。長身で、巨木のような杖を携え、敵の群れを一掃する力を持つ。


 コロウは元猟師。森で魔獣と渡り合ってきた経験を買われての参加だ。革のベストの下、隠すようにソードオフショットガンを差している。


 「私はいいと思うけどな。かっこいいし」

 ルーシェは苦笑を浮かべて言った。彼女はかつて世界中の戦乱に身を投じ、奇跡のような勝利をもたらしてきた。神に祝福された女神とも称される。


 こうして、魔王討伐の一行は王都をあとにした。


 *


 魔王――そう呼ばれる“怪物”が現れたのは、五年前のことだった。

 隣国ハッタン王国の広大な砂漠。その上空から、突如として地上へと降ってきた。


 姿は異形。巨大な蜘蛛のような胴体に、六本の腕と四本の脚。皮膚は黒ずみ、目は無数に輝いていた。


 怪物は着地と同時に、周囲の村を襲い、住民のほとんどを喰らった。特にエルフの血肉を好み、女エルフばかりを狙ってはむさぼった。


 「なんてことだ……あんな魔獣が実在するなんて」

 城壁の上から見下ろす将軍フロストは、歯噛みする。


 ぐるるるる……

 怪物の喉が鳴る。よだれを垂らしながら、三人の女エルフを掴み、地響きを立てて走り出す。


 「撃てぇえええっ!」

 フロストが叫ぶと同時に、砲撃の音が轟いた。


 ドン、ドン、ドン――


 しかし、怪物の装甲のような皮膚には通じず、そのまま海岸を突っ切って海へと飛び込んだ。


 海を越え、無人島へと上陸した怪物は、咥えていたエルフたちを地面に叩きつける。


 ぎゃああああおおおっ!!


 凶悪な咆哮を上げ、一本の腕が女エルフの身体を引き裂いた。悲鳴と肉の裂ける音が入り混じる。


 怪物は獲物を巣へと持ち帰り、静かに、貪り始める。


 それが世界に災厄をもたらした始まりだった。

 怪物はその後も各国を渡り歩き、街を壊し、エルフたちをさらっていった。


 エルフたちは、その恐るべき存在を“魔王”と呼び、世界中がそれに震え上がった。




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