――灼けつく陽光の下、馬車の操縦席でクライスは汗をぬぐった。
「……あちぃ……」
アルタイル王国を出発して、すでに三時間が経過している。誰が馬車を操るかのじゃんけんに負けた彼は、不満げに手綱を握っていた。
背後から怒鳴り声が飛ぶ。
「おい、王子! 遅ぇぞ!」
コロウの声だ。
クライスは苛立ちを込めて振り返った。「うるせぇ! じゃあ代わってくれよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」と、ルーシェが優しく宥める。
「……余計暑苦しいわね」と、ロイスはうんざりした顔で首を振った。
そんなやり取りのなか、馬車はやがて目的地――熱帯の国、ボルケーノ王国の城門前へと辿り着いた。
「止まれ!」
二人の警備兵が馬車の前に立ちはだかり、警戒した様子で近づいてくる。
クライスは堂々と名乗りを上げた。「アルタイル王国王子、ロード・クライス。魔王討伐の件でガロ国王との会議を予定している」
その名を聞いた警備兵は、一瞬たじろいだあと、深く頭を下げた。
「し、失礼いたしました。お通りください!」
重々しい門が、ゆっくりと音を立てて開いていく。熱気の渦巻く街が彼らを迎え入れた。
ボルケーノ王国――年中夏のような気候に包まれた国で、街の人々は皆、薄着の姿で忙しなく行き交っていた。
「おおお! クライス!」
城の前に待っていたのは、かつての親友、ダイカン王子。日に焼けた腕を大きく振って出迎える。
「ダイカン! 久しいな……十年ぶりか?」
「いやぁ、暑かっただろう。中へ案内する。こっちだ!」
彼に導かれ、クライス一行は王宮の奥へと進み、玉座の間に足を踏み入れる。
「来られましたか、クライス王子」
玉座に腰掛けるガロ国王は、にこやかに微笑みながら彼らを迎えた。その姿は、冷徹なアルタイル王とは対照的で、どこか人間味に溢れていた。
クライスは一礼し、用件を告げる。
「ありがとうございます。さっそく本題に入らせていただきます。魔王討伐に向け、各国の兵力を募っております。貴国の協力を仰ぎたく……」
「もちろんだ。兵は好きなだけ連れて行け」
ガロはため息をつきながら続けた。
「……君の父上のことだ、我が息子まで討伐隊に加えるとは……。親としての自覚を疑いたくなるよ」
クライスは短く息を呑み、口をつぐんだ。
「……構いません。俺は強い。魔王がいなくなるなら、どんな役でも引き受ける」
ガロはニヤリと笑う。
「……手段を選ばない。君はやはり、父上そっくりだ」
***
ボルケーノ王国 王都・商店街。
コロウは八百屋で買ったリンゴをかじりながら、街を見渡していた。
「クライスのやつ、大丈夫かね」
「今は……一人にさせてあげて。きっと、お父さんのことで……」
ルーシェが静かに言葉を添える。
***
同じ頃、王都の路地裏――
石造りの壁にもたれかかり、クライスはうつむいていた。
「大丈夫だ……父上は……まだ俺を……」
胸中で押し殺した想いを呟くと、彼は小さく息を整え、歩き出した。
コツ……コツ……と、靴音が狭い路地に響く。その先、視線の先に数人のローブ姿の人物が歩いているのが見えた。
――この国で、ローブに顔まで隠した連中なんて。
怪しい、とクライスは直感した。すぐに小声で呪文を唱え、魔法で音声を拾う。
「……儀式の準備は済んだ。これで……魔王様に合図を送れる……」
声の主は、明らかに敵意を帯びていた。
「……まさか。奴ら、この国に魔王を呼び出すつもりか――」
鞘から剣を抜く音が、乾いた空気を裂いた。
クライスの身体が疾風のように駆け出す。剣閃とともに、影のようなローブの一団へと切り込んだ。
熱帯の空の下、静けさが、裂ける。