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第4話 狂剣

 「ふえぇ……ここどこ?」


 タローは心細げに呟いた。雑踏の中、見知らぬ商店街をふらふらと歩く。どこか異国の空気が漂う街並み。だが、もっとも異様だったのは──


 耳だ。通りすがる人々すべてが、尖った耳をしていたのだ。


 「人間だ……」

 「なんで人間がここに……?」


 彼らは一様に驚いた表情でタローを見つめ、ざわめきが広がった。タローは不安げにきょろきょろと周囲を見渡す。すると、目の前に真っ白な制服姿のコックが現れ、にこやかに言った。


 「ダメじゃないか、食材が逃げ出しちゃ──」


 その瞬間、ドゴッ! と鈍い衝撃が走り、タローの意識は闇に沈んだ。


     *


 「う、うん……」


 まぶたを押し上げ、タローはぼんやりと目を覚ました。そこは揺れる馬車の荷台。両手はきつく縛られ、周囲を囲むのは尖耳の人々。


 「な、なんで……怖いよぉ……」


 訳もわからず、タローは必死に荷台から飛び降りた。ドサッ! と地面に叩きつけられ、全身を痛みに包まれながらも、這うように立ち上がる。


 「ここ……どこ……?」


 よろよろと歩き出し、涙をこぼしながら叫ぶ。


 「おねえちゃーん!」


     *


 ──ボルケーノ王国、王都・商店街 路地裏。


 「暴れんな、コラァッ!」


 怒声とともに、クライスの剣が宙を裂いた。複数のローブ姿の男たちが逃げ惑い、だがその一人を鋭く切り伏せる。


 「貴様、何者だッ!」

 「ぐっ、わぁあ!」


 鋭く刃が腹を裂き、男が絶叫を上げて崩れ落ちる。だが、なおも手をかざした教徒が叫んだ。


 「呪法ツンドラッ!」


 彼の掌から無数の氷の槍が飛び出し、クライスへと襲いかかる──


 「そんなもん、当たるかよッ!」


 ひらりと身を翻し、クライスは教徒の懐に飛び込むと、その顔面に拳を叩き込んだ。


 「ゴミがぁ!なにしてやがんだ、あァ!? ゴミクズがァッ!」


 連打を叩き込み、ついに教徒たちを全員叩きのめしたクライスは、その一人の胸倉を掴んで睨みつける。


 「儀式? てめぇ今、そう言ったよな? 一体何の儀式だ!」


 教徒は血を吐きながら、ふっと不気味に笑った。


 「……ふはは。もう手遅れさ……すでに“魔王召喚”の儀式は完了している……」


 ふらりと教徒が後方を指差す。


 「は……?」


 クライスが振り向いた、その先に──


 四足で立ち上がった、巨大な蜘蛛のような化け物がいた。だが、その胴体からはさらに複数の腕が生え、瞳は六つ。禍々しさの塊だった。


 「……マジかよ……」


 刹那、魔王とおぼしき異形は、その巨大な右腕を振り上げ、バコォン! とクライスの顔面を殴り飛ばした。


 「……がっ……!」


 顔面を抉られるような衝撃。クライスの体はゴミ捨て場へと叩きつけられ、鉄と腐臭にまみれた地に転がる。


 「ぐ、ぐぅっ……!」


 魔王は唸り声を上げると、その鋭い牙でクライスの上半身をがぶりと咥え、ズドドドドと商店街へ向かって走り出した。


     *


 「きゃあああああ!!」


 人々の悲鳴が響く。混雑する商店街を魔王が蹂躙する。建物の窓が砕け、商品棚が宙を舞う。


 「なんだあれは……ッ!?」


 コロウが猟銃を構えた。引き金に指をかけながら、声を張る。


 「ロイス! 見ろ、あの口!」


 ロイスが魔王の牙の間に見つけたのは、血まみれでぶら下がる青年の姿だった。


 「クライス……!? 嘘でしょ……!」


 ルーシェが凍りついた声で呟いた。


 魔王は咥えたまま海へと飛び出し、ザンッと水面を蹴って走る。海面に波が裂け、残響のような悲鳴が遠ざかっていった。


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