コロウには、8歳年下の弟がいた。
両親は幼い頃に病に倒れ、静かにこの世を去った。以来、二人は雪山の小さな小屋でひっそりと暮らしていた。
「コン!コン!」
コロウは小屋の前で薪を割っていた。
「兄ちゃん!木、切ってきたぞ!」
雪深い山中にもかかわらず、弟のロンは半袖短パンという元気いっぱいの子供だった。
冒険好きで、魔獣を狩っては夕食の食材に持ち帰るのが日課だ。
「おい、あまり遠くに行くなって言っただろう」
コロウはロンの頭を優しく叩き、心配そうに声をかけた。
「大丈夫だって!この辺りの魔獣はもう圧倒できるんだ!」
ロンは胸を張って笑う。
コロウは深くため息をついた。
「いいか、ロン。お前は俺の大切な弟だ。母さんが死ぬ前、俺になんて言ったか覚えてるか?」
ロンは黙ってコロウの顔を見つめる。
「お前は危なっかしいから、18歳になるまでは守ってやれってな」
そう言われて、ロンはしゅんと肩を落とし、小屋の中へ戻っていった。
それから数日後、ロンの体調が急変した。
「ロン!水だ、ゆっくり飲めよ」
布団に伏せる弟にコロウは水の入ったコップを差し出す。
どこかおかしい。
この症状は、父さんや母さんが苦しんだ時と同じだ。
コロウの背筋が凍りついた。
「コンコン」
雪の積もる小屋の戸口を叩く音がした。港町から医者が来たのだ。
「先生、こちらです」
コロウは医者をロンの寝床へ案内した。
医者は弟の顔色や目の様子を注意深く観察し、静かに尋ねた。
「ここ数日はどうでしたか?」
「いや、数日前までは元気すぎるほど元気で、森に狩りに行ってましたよ」
コロウが答える。
「狩り……ですか……」
医者はしばらく考え込み、さらにロンに問いかける。
「ロン君、森の中で何か食べたり飲んだりしましたか?」
ロンは黙り込む。やがて小さな声で答えた。
「果実を食べた……」
「何の果実だ?」
コロウの声は震えた。
医者は静かに告げる。
「森の奥深くの大樹に実る木の実でしょう。猛毒があり、普通の人間なら即死です」
「先生……弟は……」
震える声で、コロウは恐る恐る尋ねた。
「残念ながら、毒が体内に回って衰弱するまで、あと半日といったところでしょう」
絶望が胸を締めつけた。
また家族を失うのか──。
「兄ちゃん……ごめんね……知らなかったんだ……」
ロンは涙をこらえながら呟いた。
「何を言ってるんだ……お前のせいじゃない!俺のせいだ……」
コロウは涙を流しながら、弟を強く抱きしめた。
「どんなことがあっても、俺がついてるからな……!」
数時間後、ロンは静かに息を引き取った。
それからというもの、コロウは何度も弟の死にゆく悪夢にうなされている。