かつて、魔王には莫大な懸賞金がかけられていた。
その懸賞金を目当てに魔王へ挑む者たちは、世界中で「勇者」と呼ばれた。
その中でも、群を抜いて強かったのがルーシェだった。
彼女は各国の戦争に積極的に加担し、真の世界平和を願って戦い続けたため、人々からは「戦争の女神」と慕われていた。
ルーシェはアルタイル王国の出身で、討伐した魔物や獲得した懸賞金を王国に献上し続けていた。
一方、素行の悪いクライス王子は、父である国王の目を盗み、密かに恋人のルーシェと過ごす時間を大切にしていた。そんな秘密はクライスのメイドが巧みに隠していたのだ。
――アルタイル城、王子の私室。
ふたりはベッドに横たわっていた。クライスは煙草に火をつけ、ため息をつく。
「どうしたの?そんなに浮かない顔して」ルーシェは心配そうに抱き寄せる。
クライスは重い口を開いた。
「時々、全部嫌になるんだよ。王として生きるって定められた人生が」
「周りのやつらは好きな仕事に就き、好きな人と結婚してる。でも俺は違う。許嫁がいて、将来は王になるしかなくて」
「父上は俺をただの跡継ぎとしか見てない。まともに会話すらしない。信用されてないって、信じたくないのにそう感じるんだ」
クライスは目を伏せ、声を震わせた。
「もう、逃げ出したくなるよ」
ルーシェは静かに微笑み、「じゃあ、一緒に逃げよう」と囁いた。
「は?」驚きの表情を見せるクライス。
「姿を消して、どこか遠い山小屋で、ふたりで静かに暮らそう」
クライスは安堵の表情を浮かべ、「それも悪くないな」と呟いた。
「でも、まずは魔王を倒してからだ」
「それが終わったら、必ず一緒に逃げようね」
クライスは深く頷き、感謝の言葉を口にした。
――数日後、ルーシェは妊娠が発覚した。父はクライスの子供だった。
王家の徹底した隠蔽により、国民にはこの事実が知られず、肝心の魔王討伐は無期限の延期となった。
――4か月後、アルタイル城・医務室。
冬の冷たい風が吹き荒れる中、ルーシェはメイドや執事たちの支えを受け、無事に出産を終えた。
「見て、カイラ。この人がパパだよ」疲れた表情で子を抱きながら微笑むルーシェ。
クライスは静かにその子を抱き、「ありがとう」と呟いた。