夜の灯りがほのかに揺れる中、彼女の寝顔はとても穏やかだった。高島光は、じっとその横顔を見つめながら、過去と現在が頭の中で渦巻いていた。ようやく午前三時になって、そっと彼女の額にキスを落とし、ようやく目を閉じた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が光を目覚めさせたとき、腕の中の遥はまだ眠っていた。彼女は無意識のうちに寝返りを打ち、光の痺れた腕を押し潰す。その痺れは針で刺すように鋭く、目が覚める。ふと枕元の時計を見ると、もう九時を指していた。朝食を欠かさない自分が寝坊するなんて――一瞬で目が覚めた。
食堂の様子を思い浮かべ、光はすぐに起き上がり、静かに遥の部屋を出た。ドアを閉めた瞬間、階段の方から洋子の驚いた声が響く。
「光?!」
光は慌ててうつむいた。バスローブの襟元は少しはだけ、乱れた黒髪が肩に落ちている。心臓が激しく打つ中、洋子の視線がじっと自分を捉えていた。
「どうして遥の部屋から出てきたの?」
重苦しい沈黙の中、背後でドアが「カチャリ」と開く。
きちんと身支度を整えた遥がドア枠にもたれて立っていた。
「おはよう、お母さん。」遥は光に向かって、少しだけ不満を込めた声で言う。
「兄さん、朝ごはんに呼びに来てくれたんでしょう?そんなに急いでどこ行くの。」
「な、なんだ、妹を起こしに行っただけなのね。」洋子は肩の力を抜き、微笑みながら手招きした。
「早く降りてきなさい、お味噌汁が冷めちゃうわよ。」
遥は洋子の腕にそっと手を添えて階段を下りる。だが食堂に入ったところでふいに足を止めた。
白河夕が朝日を浴びてにこやかに座っていた。
「遥、おはよう!今日は光と結婚式の相談をしに来たの。邪魔じゃないよね?」
「何言ってるの、夕さん。」洋子が先に笑って言う。「遥は妹で、あなたはもうすぐお嫁さん。結婚の話をするのに遠慮なんていらないわよ。」
遥は無言のままテーブルの端に座り、陶器のスプーンが器に触れるかすかな音の中、夕の楽しげな声が途切れることなく続いた。
「光はチャペル式とビーチ式、どっちがいいと思う?指輪は定番の六本爪ダイヤ、それともアンティークのサファイア?三カラット以上だと豪華だけど、普段使いにはちょっと……」
遥は黙々と食事を口に運び、二人の会話には耳を貸さなかった。食事を終えて立ち上がると、スマホに何件か通知が届いていた。
LINEには夕からの送金メッセージ。二百万円、全額振り込まれている。
遥が顔を上げると、夕が意味ありげに微笑みながら挑発的な視線を送ってくる。続いて新着メッセージ。
「昨日のキス写真、特に素敵だったよ。アングルも雰囲気も完璧――光にもぜひじっくり見てもらいたいな。」
遥は画面を軽くタップし、「受け取りました」とだけ返信した。
入金を確認すると、銀行アプリが残高三億円を表示した。
遥の唇にかすかな笑みが浮かぶ。その瞳には、言葉にできないほどの安堵が広がっていた。
三人が結婚式の話で盛り上がる隙に、遥は静かに部屋に戻り、着替えを済ませてタクシーで新宿へ向かった。料亭の個室では、鈴木暁、田中薇、小林凛の三人の友人がすでに待っていた。
「本当にイギリスに行っちゃうの?どのくらい?」暁が手を握る。
「三年。その後は向こうで就職して暮らすつもり。」遥は穏やかな声で答える。「……もう、戻らないと思う。」
薇が持っていた湯呑みをテーブルに落とし、驚きの声を上げた。
「じゃあ光はどうするの?二人は結婚する約束だったのに!」
凛が慌てて薇の手を押さえる。三人とも、この禁じられた恋の重さを知っていた。
遥は玄米茶を口に含み、湯気が目元を包み込む。
「もう、終わりにしたの。」
「もう、彼のことは好きじゃない。」