飛行機でたっぷり眠ったおかげで、小早川遥はすぐにロンドン時間に順応できた。
夜十一時、ちょうど眠気が襲い、あくびをしながら自室へ戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
午前二時、けたたましい携帯の着信音が眠りを破った。
ディスプレイには小早川洋子の番号が表示されている。遥はまだ半分眠ったまま電話に出た。
「遥、何も言わずにイギリスへ行くなんて、どういうつもりだ?」馴染みのある怒りの声が耳に響いた。
高島光だった。
遥は一瞬で目が覚めた。スタンドの灯りをつけて体を起こし、テーブルの時計に目をやる。落ち着いた声で言った。
「今、ロンドンは午前二時だよ、光。」
「俺に兄さんって呼ぶなって言っただろ!」高島の声は歯の隙間から絞り出すように荒れている。
「でも、私たちは同じ住民票に載ってる。法律上は兄妹、それが現実よ。」遥は淡々と、越えられない壁を語るように冷静だった。
その言葉は鋭い棘のように、高島の心の奥にある恐れを突き刺した。彼の中の理性が一瞬で爆発する。
「俺の下で喘いでた時、そのことを考えてたか?」口をついて出た言葉は、あまりにも乱暴だった。
電話の両端に、重い沈黙が落ちる。高島は自分の言葉のひどさに気づきながらも、謝ろうとはしなかった。
彼はただ、遥がまだ自分を気にかけていると確認したかった。たとえこんな形でしか確かめられなくても。
長い沈黙のあと、高島は相手がもう電話を切ったのではと疑い始める。心臓は静寂のなかで激しく脈打ち、理性がぐらぐらと揺れる。
壊れそうな瞬間、ようやく遥の声が聞こえた。
「私は後悔してないよ、光。あの時、本当にあなたを愛してた。でも、私の愛はなんでも乗り越えられるほど強くない。外からの噂には耐えられても、中から壊されるのには耐えられない。」
「私の母は、あなたの両親の離婚に関わっていない。母も私も、後ろめたいことは何もない。でも、私たちの間には計算が絡みすぎた。これ以上続けても、傷つくのは私たちだけじゃない。ここで終わりにした方が、あなたの父さんや私の母にとっても、一番いいのだと思う。」
「幸せな結末?」高島はその言葉を反芻する。十二歳で両親の離婚を知ってから、「幸せな結末」などというものは自分には縁がないと感じてきた。
彼はかつて小早川洋子を家庭を壊した元凶だと憎みながらも、表面上は取り繕ってきた。
遥が洋子に甘える姿を見るたびに、嫉妬心が膨らんでいった。
十年もの間、憎しみと新しい家族への渇望の間で引き裂かれ続け、気づけば自分自身が仕掛けた罠に囚われていた。愛憎はすでに収拾がつかない。
そして今、遥はその罠から抜け出し、遠くから見つめる側になった。そしてこう告げたのだ。最初の一歩から間違っていた、と。
高島はその現実を受け入れられなかった。
藁にもすがる思いで問いかける。「戻って来てくれ。直接話したい。」
「もう戻れない、光。」遥の返事はきっぱりしていた。
電話の向こうには、高島の荒い呼吸だけが残る。
遥は、彼がもう限界に近いことを感じ取っていた。
これ以上彼を刺激して家族の平穏を壊したくない。遥は声を和らげて、静かに懇願した。
「お願い、母を責めないで。母は本当に何もしていない。あなたのお父さんやあなたに、そしてこの家族に、いつも一生懸命だった。ただ、穏やかな日々を望んでいただけ。どうか、母を許して。」
高島の心に何年も根を張っていた憎しみは、その涙混じりの訴えの中で、ふっと力を失った。
これまで自分は一体、何に怒り、何に愛を感じてきたのか――。
彼は携帯を握りしめたまま、しばらくバルコニーに佇んでいた。小早川洋子がドアをノックする音がするまで。
振り返ると、洋子がいつも通りの穏やかな表情で、温かいコーヒーを差し出してきた。「遥と喧嘩したの? あの子、本当は家を離れたくないのよ。でも若いから、いろんな世界を見てみたいだけ。内緒で行ったのは、あなたが仕事で忙しいのを気遣ったからなのよ。」
高島は曖昧に「ああ」とだけ答え、携帯を洋子に返し、その場を立ち去ろうとした。どう接していいか分からなかった。
玄関まで来たところで、洋子に呼び止められた。「光、もうすぐ誕生日だけど、どうやって過ごす? 友達と? それとも、私が用意しようか?」
この一連の出来事で、高島は自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。
そして、自分の誕生日を覚えていて、祝おうと声をかけてくれるのが、かつて一番嫌っていた人だということに、複雑な思いが胸にこみ上げた。
小さな声で断る。「大丈夫。午後……ヨーロッパへ行く。」
「ヨーロッパ?」洋子は少し驚いた。
高島は詮索されるのを恐れ、慌てて付け加えた。「……母に会いに。」
夜中の電話のせいで、遥はその後あまり熟睡できなかった。目覚ましが鳴ると、なんとか気力を振り絞って起き上がる。
他人の家にいる以上、だらしない印象を与えたくなかった。
身支度をして階下に降りると、リビングには誰もいなかった。
高橋家の人たちはまだ寝ているのか、それともすでに出かけてしまったのか、遥は迷いながらも、外に出てみようかと考えた。
そのとき、ダイニングの方から人影が現れて、遥は驚いて足を止めた。
高橋嘉遇だった。彼は軽く会釈し、手に持っていたサンドイッチと牛乳を遥に差し出した。
「ロンドンに来てすぐなのに、もうこんなに早起き?時差ボケは大丈夫?」
遥は胸を撫で下ろし、朝食を受け取ってダイニングの椅子に腰掛ける。「だいたい平気。叔父さんと叔母さんは?もう出かけてる?」
嘉遇はキッチンに戻り、自分の朝食とジュースを持ってきて、遥の前に置いた。
「二人は遅起きだから、十時までは降りてこないよ。気にせず、好きなときに起きていい。キッチンには家政婦さんもいるし、食べたいものがあれば何でも言って。」
この自由な雰囲気は、いかにも高橋家らしい。遥は目覚ましを九時にセットし直すことにした。
二人で静かに朝食をとる。
食事を終え、遥は嘉遇にそっと尋ねた。「今日は週末だけど、時間ある?自分のアパートを見に行きたいんだけど。」
嘉遇はすぐに頷いた。「いいよ。案内する。」