高橋の理にかなった提案に、遥は思わず息を呑んだ。
彼とほんの一度会っただけで、高島の執着気質を見抜いただけでなく、自ら守ろうとしてくれるとは思いもよらなかった。
冷静に考えてみれば、彼の懸念は現実的だった。遥が知る限り、高島は一度不利な立場になれば絶対に引き下がらないタイプで、今後も何かと絡んでくるのは目に見えていた。
しばし考えてから、遥はうなずいた。
「わかった。これから外出する時は、事前に連絡するね。」
それを聞いて高橋もほっとした様子で、二人で階段を上がった。
高橋の家のドアを開けると、黎語が「パーン、パーン」とクラッカーを鳴らした。
「サプライズ!遥ちゃん、ロンドンへようこそ!」
突然の大きな音に、遥は思わず半歩後ずさった。
あらかじめ予想していた高橋がすかさず彼女の腕を支え、髪についた紙吹雪をさりげなく払ってくれる。
遥の視線は、リビングに集まった見知らぬ金髪や青い目の人たちに引き寄せられた。少し戸惑いながら尋ねる。
「この人たちは……?」
黎語はにこやかに彼女の手を引き、人々の輪の中へ。
「みんな近所の友達よ。紹介するね!こちらはウィルソンさん、こっちはアルヴィンさん……」と一人ひとり明るく紹介してくれた。
その夜、遥はたくさんの新しい友人たちと知り合った。
最初は少し緊張していたが、黎語の明るさと周囲の人々の親しみやすい雰囲気に次第に心がほぐれ、気づけば賑やかなパーティーにすっかり馴染んでいた。
ダンスを一曲踊り終えると少し疲れて、遥は部屋の隅のソファに腰掛け、賑やかな光景を眺めていた。
心に溜まっていた重たいものも、軽快な音楽と人々の笑い声に包まれて、いつの間にか薄れていくように思えた。
しばらくして、高橋が二階から降りてきた。
彼はカウンターから飲み物を二つ手に取り、遥の隣に座ると、一杯を差し出した。
「母は賑やかなのが好きで、遥にもいろんな人と知り合ってほしいと思ったみたいなんだ。もし疲れたら、いつでも部屋に戻って休んで大丈夫だよ。みんな自分たちで楽しんでるから、気にしなくていい。」
ダンスフロアで楽しそうな黎語を見て、遥は感心したように微笑んだ。
「お母さんの気持ち、ちゃんと伝わってるよ。すごく楽しいし、みんなが元気だから私まで明るい気分になった。」
遥の表情が和らいだのを見て、高橋の口元にもごく僅かな微笑みが浮かんだ。
「楽しんでくれてよかった。過ぎたことは気にせず、前を向いていけばいいと思うよ。」
思いがけない励ましに、遥は少し驚いたように彼を見つめ、素直な気持ちを口にした。
「イギリスに来る前は、LINEのアイコンも名前も冷たそうだったから、ちょっと距離を置こうかなって思ってた。でも、実際に会ってみたら全然イメージと違ってて……。たった一日で、ロンドンで一番信頼できる友達になっちゃった。なんだか不思議な感じ。」
遥の率直な言葉に、高橋の笑みが少し深くなった。
「そう言ってもらえて光栄だよ。LINEであまり話さなかったのは、時差のこともあったし、ネットだと伝わりにくいことも多いから、直接会ってからいろいろ決めようと思ってたんだ。」
なるほど、遥はその理由に納得した。
彼の印象が大きく変わったのは、高橋の細やかな気遣いゆえだった。彼らしい、周到な配慮だと改めて思った。