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第十七話

その後の二日間、小早川遥は外出しなかった。高橋黎語と高橋誠は会社に出勤し、家には遥と高橋嘉遇だけが残った。


高橋黎語から特別に頼まれたのか、それとも嘉遇が遥の退屈を気遣ったのか、彼は家の中を丁寧に案内してくれた。地下のワインセラー、見晴らしの良いテラスガーデン、設備の整った三階のプライベートシアター、そして裏庭の澄んだプールまで──ふたりはひとつひとつの場所を回り、実際に体験してみた。


嘉遇は相変わらず多くを語らないが、説明は的確で分かりやすい。時折、ロンドンでの暮らしや学校での出来事を話してくれたりもした。


気づけば、外はもう暗くなっていた。


その夜、高橋黎語は裏庭でバーベキューパーティーを開くことにした。彼女は遥の手を引いて、自分と小早川洋子が子どもの頃にあった数々の失敗談を楽しそうに語り始める。


高橋誠と嘉遇はグリルの担当で、焼き上がった焼き鳥を次々とふたりの前に運び、飲み物のグラスも気を配って注いでくれる。


夏の夜風が心地よく吹き抜け、庭には色とりどりの花がライトアップされて咲き誇り、甘い香りが漂う。やわらかなピアノの音色を聴きながら、遥はすっかりリラックスしていた。夜空にかすかに輝く星を見上げていると、未来への期待で胸が膨らむ。


ちょうどそのとき、小早川洋子からビデオ通話がかかってきた。母娘でしばらく他愛ない話をしていると、黎語がすぐにスマホを奪い取る。久しぶりに顔を合わせた姉妹は、次から次へと話が尽きず、笑い声が絶えなかった。


遥は冷たいコーラを取りに立ち上がり、背伸びをしてふと前を見ると、嘉遇と目が合った。ふたりは自然と微笑み合い、彼がちょうど持ってきた焼き鳥の盛り合わせから、遥は遠慮なく手を伸ばして一本取った。


その様子を黎語が見逃すはずもなく、すぐにスマホのカメラを二人に向けて、満面の笑みで言った。「洋子、見て!この二人、知り合ってまだ二日なのに、こんなに仲良しなんて、運命かもしれないわね!」


婚約のことはみんな分かっていても、本人たちはあえて口にしない。そんな中、年長者にからかわれて、遥は思わず顔がほんのり赤くなり、コーラを飲んでごまかした。


嘉遇は落ち着いた様子で、カメラ越しに洋子に挨拶し、「洋子さん、ロンドンにはいつ頃いらっしゃる予定ですか?」と訊いた。


その言葉に黎語がすかさず、「あら、嘉遇。洋子はまだ日程決めてないのに、そんなに気になるの?めずらしく積極的じゃない、何か企んでるの?」と茶化す。


嘉遇は少し困ったように、「遥が、遅くとも来月には来るって聞いたので、ちょっと気になっただけです。」と説明した。遥もすぐに頷いて、その“理由”を黙認した。


二人の息の合ったやり取りを見て、母たちはますます楽しそうに笑った。


電話を切る前、黎語はわざと「洋子、ロンドンに来るときは、昔交換した形見を忘れずに持ってきてよ!もしかしたら、今回は使い道があるかもね」と言い添えた。その“形見”が何を意味するか、電話の大人たちは皆察して、思わず笑い合った。ただ、若い二人だけは聞こえなかったふりをした。


気まずさを和らげるため、遥はすかさず話題を変える。「お母さん、もし来るときは、持ってきてほしいものがあるから、後でリストを送るね。」


少し雑談してから電話を切ろうとすると、洋子が遥を呼び止めた。「遥、今日は光の誕生日よ。ちゃんと電話してあげて。そういえば、彼この前お母さんと誕生日を過ごすためにヨーロッパに行ったって言ってたわ。もしロンドンに寄ることがあれば、一緒に食事でもしたら?」


その言葉で、遥はもうすぐ高島光の24歳の誕生日だと気づいた。


一ヶ月前は贈り物に頭を悩ませていたのに、今ではすっかり忘れていた。


だが、母の前では平静を装い、「分かった、お母さん」と答えた。高島光がすでにロンドンに来ていたことは、あえて口にしなかった。

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