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【第3話】◯ェ◯ソンタイム


 澪は思う。真次郎を見ているとなんだか気持ちが止まらなくなる。何を話しても返してくれる彼に、こう仕掛けたらどうするかな?と心が弾む。期待で胸はいっぱいだ。


 だから、澪は笑う。







「──じーっと目が合うぅぅそっぽ向く〜!き〜みの横顔〜!な〜んにも言わずに〜!ドキドキしてるぅ〜!」


「うるせっ!!耳元でデカい声だすな!」


 急に歌い出す澪に真次郎は耳を押さえ、口からは出る文句の波が尽きない。澪は真次郎の反応は気にも留めずに、しれっと歌い続けた。


「こころーはー、うたーいーだすぅ〜!」


「もおいいから!距離感バグってんのか!俺ここ?隣?わかるか?おまえの、!」


「こ〜いのサ〜イレン〜!うおっおっおーーーおーー!」


「だあああああ!ほんっと!おまえ、そーいうとこだぞ!!」


「どーいうところでしょ?詳しくよろしいですか?」


「うっぜ!!うざさしかない」


「なるほど……かーらーのー?」


「つづかねぇわ!」


「あはははは!本当に面白いね」




 またしても腹を抱えて笑う松野。先程までの大人な雰囲気は皆無で、そこにいるのは澪たちと同じようにくだらないことで盛り上がれるタイプの人間。




「はぁ……本当に、今日はよく笑うなぁ」


「笑うと幸せになりますからね、よいことです」


「ふふっ……そうだね。じゃあ、その素敵な笑いを提供してくれたお嬢さん?」




 松野は澪に手を差し出す。躊躇わずにそれを掴むのが澪という人間。握手を交わす2人。松野は、目を細めて唱える。




「名前を、俺に教えてくれる?」


「知りたいんです?」


「もちろん。俺にも名前を呼ばせてよ」




 優しい微笑み。繋がる手の温もり。澪は松野を見つめる。やはり極道とは思えないほどに人が良く、それでいて一緒にいたくなる相手。


 無意識に甘えたくなる、存在。




「──澪です。私の、名前」


「澪、かぁ……よろしくね、澪」


 松野の纏う空気は、ひたすら柔らかかった。




「澪は高校生?それ星高の制服だよね」


「はい。17です」


「真次郎とそんなに変わらないね」


「ジロは同い年では?」


「ちげーよ、俺は20歳」


「なんと、先輩でしたか」


「おう、敬え。媚びへつらえ」


「ああ、ジロ。腰は大丈夫ですか?私を抱えて走って老体に鞭打って」


「んな老いぼれじゃねぇよ!」


「まっつんは、おいくつです?」


「人の話聞け」


「俺は真次郎より年上だよ」


「おまえもスルーすんな」


 極道の家の空気とは思えないほどの和やかな会話。澪は本当に乙女ゲームの中みたいだなと、この独特な世界観を楽しむ。


「澪は明日は学校大丈夫?……って、今日13日か」


 松野は冷蔵庫にかかっているカレンダーを見ながら呟く。澪も目にしながら頷いた。


「はい、今日は金曜日ですからね」


「お、13日の金曜日じゃん」


「なんと!◯ェ◯ソンタイム!アンラッキーデイズですね!」


「ホラー映画だっけ?澪の言い方は独特で本当面白いね」


「いやぁ、それほどでも」


「調子のんなよ、もう黙っとけ」


「私を黙らせる?死ねと?」


「なんでだよ、黙ってても死なねぇよ」


「話さないと息ができません」


「マグロか」


 鮮やかに繰り出される言葉の数々。やはり松野は笑い、けれど話を進めなければと何とか2人を止めて切り出した。


「じゃあとりあえず明日の心配はしなくていいね。真次郎、若頭には伝えた?」


「これから。仕事の報告兼ねて。まずこいつが腹減ったってうるさいから、ここ直行しただけだし」


「私を優先してくださったなんて……愛ですか?」


「絶対ない」


 オーバーリアクションをする澪を呆れながら流して真次郎は立ち上がる。松野も同じようにし、澪へと手を差し出した。


「それじゃあ澪、行こうか」


「どちらへですか?」


「兄貴のとこ」


 松野の手を取って席から立ち、歩き出す真次郎の後に続く。台所から出て廊下を進みながら、真次郎と松野は何やらこれから会うであろう若頭への話の詰め方を相談し合う。


 前を歩く2人の小難しい会話に飽きてしまった澪は、一歩後ろで眺めつつ首を左右に動かす。何か面白いものはないかと探っていると、進むルートから逸れた位置にある廊下。その端に置かれる白いビニール袋が視界に入る。


 忘れ物のようにポツンと置いてあるそれ。何だろうと思ったら自然と足はそちらへと向かっていた。


 真次郎と松野は澪に気づかずに真っ直ぐに進み、澪はフラフラと横の道へ。そして、ゆっくりとビニール袋を手に持つ。


「おや?これは……」


 中を確認して澪の声がワントーン高くなるのと同時に「おい」と地を這うような低い声が背後から澪を刺した。


 誰だろうと振り向くと、澪は目を見開き、相手を凝視する。


「おまえ、何してる」


 そこにいたのは、漆黒と深翠のお面をつけた……ガタイのいい大男。澪の頭の中には、真次郎や松野と話した際の言葉が再生された。





 ──“なんと!◯ェ◯ソンタイム!アンラッキーデイズですね!”





「で……」


「あ"?」






「でたああああ!ジロおおおお!まっつううううん!!」


 響き渡る澪の悲鳴に真次郎と松野が反応して走り出す。







 同時刻、この屋敷の奥の部屋でその叫びを耳にした二人。




 部屋の真ん中の机で高級そうな椅子に腰掛け書類をチェックしていた手を止めた人物は、同じ部屋にいる男と顔を見合わせる。


「ずいぶん、賑やかだな」


「ねぇー。真次郎と松野の名前を呼んでたから、二人のお客様かもね。可愛い声してたけど」


 得体の知れないものに対して何やら楽しそうにクスクス笑う男に、椅子に座っていた人物も口元に弧を描く。


 そして、ゆっくりと……柔らかい声音のまま吐き出す。





「──招かれざる客なら、するだけさ」




 それは、そこらにあるゴミを捨てるような軽い感覚で唱える──重い言葉だった。



 ────




 この世界に入った瞬間から、

 笑いも、優しさも、命すらも──

 「演出」か「真実」かを見極めなければならない。


 甘い香りの奥に、牙を隠している者たちと、

 笑顔で引き金を引ける者たちと、

 その隣で、まだ何も知らずに立つ少女。


 誰が「日常」で、誰が「非日常」なのか。


 少女の物語は、

 もうとっくに、

 夢から覚めている──。



 Fin


 ※本作の無断転載・AI学習利用・要約・スクリーンショット転載などを禁じます。

作者の許可のない二次使用・改変・共有は一切お控えください。


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