この日、ミシェルはベッドの上で困惑していた。
「えっと…この子は誰?」
幾ら寝惚けているとはいえ自分の布団の中に幼い子が寝てるのはおかしいと考え始める。
昨夜は丑三つ時まで母が残していった本を読んでいたのだ。それなのに、朝、目が覚めたら隣に幼い子が寝ているのはおかしい。
「寝惚けて誘拐でもしてきたのかしら?」
なんて口にしてみるが、この家から一番近い村まで往復で2日はかかるのだ。瞬間移動か空を飛ばない限りはムリだ。残念だが、ミシェルには瞬間移動できる力も、空を自由に飛ぶ力も持っていない。
では一体、誰?
ミシェルはますます頭を悩ませることになる。
ジッと眠っている子を観察し始めた。紅い髪に少し尖った耳。耳には小さな耳飾り。腕には包帯が巻かれている。観察するけれど益々わからなくなる。ただ、一つだけ見覚えのあるものを見つけた。
それは腕に巻かれている包帯である。それはミシェルが使っている包帯だった。ミシェルが作った包帯には所々に印がつけられており、子供の腕に巻かれている包帯にはその印が付いているのだ。
「どういうこと?」
ミシェルは考えて考えて、考えるのを放棄した。
「もういいわ。ノエが何の反応もしないってことはきっと害がないんだわ。まだ眠いし、もう少し寝ましょう」
考えるのを放棄したミシェルはもう一度寝ることに決め、本当に寝てしまった。
「なぁう」
それを見ていたノエは『まったく、少しは疑いなさい』と言いたげに鳴いて同じように眠ったのだった。
「あはは、くすぐったいって」
「なぁう」
うっすらと戻ってきた意識の中、子供の笑う声と猫の鳴き声がする。
『ここに、子供なんていたかしら?ノエが甘えるように鳴いてる?』
まだぼんやりとする頭でそんなことを考える。
「あっ、こら、ずるいぞ」
「にゃぁん」
やっぱり子供と猫の声がしてミシェルは飛び起きた。
「どういこと?」
部屋の中を見渡すが猫も子供もいない。でも、確かに笑い声と鳴き声は聞こえる。
「外かしら」
ミシェルはベッドから降りて急いで外に向かおうとして立ち止まった。
「ダメよ、このままじゃダメ。いくらなんでも寝間着じゃダメよ」
寝起きでまだ着替えていないのを思い出しミシェルは外に行くのを止めた。そして、急いで着替えを済ませると家の外へと出た。
裏庭の方ではまだ子供の声と猫の声がする。ミシェルは恐る恐る声のする方へと向かい、そこで見た光景に息をのみ見とれてしまった。
太陽の光に照らされた紅い髪、透き通るビー玉のような翠の瞳。幼い顔立ちだけど既に整っていて髪も瞳も似合っていた。
ボーッと見とれていたせいで、壁にぶつかり
『ガタッ』
大きな音をさせてしまう。
「誰だ!」
「なぁう」
2人が一斉にこっちを見た。
「あっ、ごめんなさい」
ミシェルは咄嗟に謝った。
『やだ、なんで私謝ってるのよ』
謝っておいてミシェルはそんなことを考えていた。
「にゃぁう」
ノエがミシェルの傍に来て足にすり寄った。
「えっ?ノエなぁに?」
ノエの行動に驚き足下を見るが、ノエはすり寄りながらグイグイとミシェルを前へと押し出し、子供の前へと連れていく。
「えっと…」
ミシェルは目の前の子供を見て何を言えばいいのかわからず戸惑ってしまう。子供はじっとミシェルを見たなと思ったらふわりと柔らかい笑みを浮かべ
「はじめまして」
と挨拶をしたなと思った瞬間その姿は竜の姿へと変わる。
「えっ?えっ?えぇぇぇ!!」
ミシェルは驚きのあまり大きな叫び声をあげその場に固まってしまったのだった。
「なぁう」
そんなミシェルに呆れたようにノエが一鳴きした、平和な昼下がりだった。