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第4話 決意

 断罪の後、婚約破棄を受け入れたリサに待っていたのは拝領という名の追放だった。


 本来であれば別の相手の下に嫁ぐか、婿をとって公爵家に残るはずなのだが、破棄された相手が国の第一王子。おそらくは次期国王になる人物であるため、その相手に婚約破棄された令嬢と改めて婚約したいと名乗り出る者はいないのではないか?というのが現国王エドワードの意見だった。

 実際にはそんなはずはないのだが、リサが陰で噂されている「傾国の魔女」という悪評と、その忌避される黒髪のことも相まって、それを強く否定できるほどの材料を父であるマイヤーも持ち合わせていなかった。

 結果、王の恩情という名の下に、リサには当代限りの爵位と領地が与えられることとなった。

 それならば最悪、今後も婿を取らずとも一応の恰好はつくだろうというのだ。

 本当にそうか?と私は思う。

 そんなのは気にせずに突っぱねられたんじゃないのか?って。だって公爵である父親も黒髪だし、実質国のナンバー2である公爵家であれば婿入りしたい貴族はいくらでもいるだろう。

 でも悪役令嬢が追放されるのはゲームのテンプレな展開。この流れもゲームシナリオの強制力によるものだったんじゃないかって思う。


 と、そこまで考えて違和感に気付く。

 何故私はこの状況を受け入れているのだろう?と。

 ゲームと現実の入り混じった話。

 しかもこれはリサの記憶。

 でもこの映像を見るまでもなく、ここで交わされた会話のことを私は知っていた。

 いや、知っていた、というよりも経験した記憶という認識をしていた。

 やはりこれは全て夢なのだろうか?

 私自身が思いついた架空のストーリーだからこそのテンプレな展開なのだろうか?


 この後リサは年度が替わった四月、南西部にある小領アルカディア領を拝領し、その領主としてアルカディア子爵の爵位を叙爵されることになる。

 王国としては体のいい厄介払い。

 存在自体が国にとっての腫物のような次期国王の元婚約者。しかも有力貴族の一人娘を辺境に追いやることで今以上の侯爵家の勢力強化を抑えた上に、公爵家の後継者が空白となることで当面の力を削ることも出来る。そしてあわよくば自分たちがその座を取って代わろうと謀略を練る者すらいた。つまり、その国王の決定に反対する貴族は一人としていなかったのだ。


 かくして、リサは僅かな側近とマイヤーの用意した私兵500と共にアルカディア領に向けて旅立った。

 夏の足音がすぐそこまで迫った六月の事だった。


 王都の隣にあるフィッツジェラルド領からアルカディア領までは約200㎞の距離。馬車で一週間ほどのところにある。

 私が目を覚ましたのは、フィッツジェラルドからヘンジトンを抜け、次のティルナと目的地アルカディアの境界まであと少しのところまで来ていた時だった。


 ああ、そうだ。

 すでに私は理解していた。

 これまでにリサに起こったことや、彼女が生まれてきてからこれまでをどのように過ごしてきたかを。

 ゲームをプレイしただけでは決して知ることがないはずの彼女の本当の想いを。


 そして、確信していた。

 今、私の意識はリサの中にあるということを。

 私はリサ=フィッツジェラルドとして生まれ変わったのだということを。

 彼女から受け継いだ記憶や感情の影響もあり、夢や幻覚で誤魔化し切れないほどにはっきりと理解していた。




「お嬢様!気が付かれましたか!」


 再び私の意識が現実に戻された時、目の前には今にも泣きだしそうな顔をしたお爺さん執事の顔があった。


「……ビクト?」


「はい!ビクトでございます!」


 フィッツジェラルド家の家令を務めていたビクト。

 本来なら年内で隠居する予定だったのだけれど、私がアルカディアに行くという話を聞いて是非とも同行したいと手を上げてくれた。

 私の事を産まれた時から見てくれている、私にとっては家族ともいえる人物。


「ごめんなさい。少し長旅で疲れていたみたい。もう大丈夫だから」


 私は体をゆっくりと起こすと、心配ないという意味も込めてビクトに微笑んだ。


「そうでございますか……。お嬢様は心労も溜まっておいででしょうし、領地に着きましたらゆっくりとご療養くださいませ」


「貴方にも心配かけてごめんなさい。でも本当に大丈夫だから。それに、アルカディアに着いたら着いたで休んでる場合ではないでしょうし」


「私や他の者もおります。お嬢様が休まれるくらいのお時間は作れますとも」


「ありがとう。でも領主が着いて早々に家臣に仕事を丸投げしたなんて噂が流れたら領民も不安に思うでしょう?少なくとも引継ぎが落ち着くまでは頑張らないとね」


「……分かりました。しかしくれぐれもご無理はなさらぬように。何かあればすぐに私どもにお声かけくださいませ」


「ええ、もちろん。みんなのことは頼りにしているわ」


 そう言って微笑むと、ようやくビクトの眉間に寄っていた眉が元の位置に戻った。


「リサ様。まもなくアルカディア領に入ります」


 馬車の外から護衛の騎士の声が聞こえた。


 ああ、ここから私のリサ=アルカディアとしての第二の人生が始まることになるんだな。

 一般アラサー女子の私に務まるとは思えないけど……。

 でも逃げ出しても生きていけないだろうしな……。

 やれるだけやるしかないんだろうね。


 私は確固決意を抱いたのだった。




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