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#2−3:覗かれる側へ

✦✦✦《値札の向こう側へ》✦✦✦


 セリアは一度だけ、首を傾げてから振り返った。

 その目は、どこか品定めしているような――それでいて、すでに答えを知っているような気配だった。


「K、“見る側”はもう終わり。次は……あんたの中、覗かれる番ね」


 その言葉の後、セリアは一拍だけ瞬きをして、口角をわずかに引いた。

 威圧でも侮蔑でもない。ただ、楽しんでるのか、からかってるのか――その境目が、妙に読めなかった。


 彼女が指を鳴らした瞬間、景色がひっくり返るように歪んだ。

 Kは一瞬、足元が浮くような感覚に目を細めた。

 考える前に、風景だけがズレていく感じだった。


 重力の向きが変わったかのような感覚にKは目を細める。


 視界の先に広がるのは、巨大なホールだった。

 天井には魔力演算パネル、壁一面に点滅する数字。

 騒然とした喧騒と、目に見えない焦りと欲望が空気を熱くする。


 Kは思わず言葉を漏らす。


「これは……市場?」


 セリアの声が遠く響いた。


「魔王市場――秩序とか信念も、値がつけばそれなりに価値になるわ」

「売る気がなくても、“値札”は勝手に貼られるのよ」


 力も、性格も、希望までも……値札に貼られてる。冗談みたいだ。いや、冗談だったらどれだけマシか。

 ここはただの取引所じゃない。魔王そのものをまさに、「買って、売って、測る」場所だ――。

 戦うのではなく、“評価される”ことがすべてとは、何度聞いても……まったく、気に入らない響きだ。



✦✦✦《見る者から、測られる者へ》✦✦✦


 Kの足元にまで押し寄せるような怒号と歓声。


「第三エリア、契約値上昇! 魔王フェルネスト、+3.2ポイント!」

「新規上場、魔王ミストラ! 勢力比2.1倍、価格保証付きだ!」


 ホール中のディスプレイには、さまざまな魔王たちの姿が映っている。

 彼らは“能力”や“戦歴”をプレゼンし、後ろで取引員たちが価値を叫ぶ。


 見回すだけだったはずの手が、なんとなく伸びて、モニターに“ぺちっ”と触れてしまった。

 ……あれ? 今の、やっちゃったか?


 思考よりも先に、不安が首筋を這い上がる。

 古い魔導装置の起動スイッチに、うっかり触れたような――そんな、不可逆な感触だった。


 ピッ――。


《投資対象:魔王カイレスへの初期投資を受理。認証コード:K-Shadow003》


 ……何だ、今の表示は。

 頭の奥で「やばい」と思った。でも、群衆の声がその感覚を飲み込んでいった。


「……は?」


 周囲の視線が一斉にKに集まった。

 取引員がどこか芝居がかった調子で叫ぶ。


「ほら来たぞ、新入りだ! 黒服! ……誰でもいいんだよ、名前なんか後ででいい、ほら、賭けろ賭けろ!」

「おい、あいつ、カイレスにベットしたぞ!? 意外と見る目あるじゃん?」


「ち、違う……!」


 Kが否定しようとするが、誰一人として彼の声に耳を貸さなかった。


 彼の動揺などお構いなしに、群衆は熱狂し、

 モニターの下には《K:投資済》のラベルが浮かび上がっていた。


 背後で、セリアが小さくため息をついた気配があった。


「触れたら参加……って、言わなかったっけ? まあ、聞いてても、きっと触ってたでしょ?」


 呼吸が、どこかで引っかかった。

 逃げられない。けど、本当に逃げたいのかも、わからなかった。



✦✦✦《評価される筋肉》✦✦✦


 周囲の騒がしさは止むことなく、むしろ加速していく。


 その中でひときわ目を引いたのは、スクリーンに映る異様な演出だった。


《魔導ビルダー:注目銘柄/評価:高め(美・戦・空)》

《※筋肉支持者層からの熱狂的支持あり》


 筋肉美を誇示する魔王たちが、黒光りする魔導オイルをまとい、規則的に肉体を弾ませていた。

 評価パネルには“支持層:筋肉系ファン”と記されている。


「アクティベーション、始めッ♡!」


 掛け声と同時に、彼らは互いの尻を勢いよく叩き合い、魔力の通りを活性化させていく。

 衝撃で一瞬だけ血流が加速し、筋肉の輪郭が強調されるのだという。


 Kは、ぷっと鼻から変な音が漏れた。

 緊張してたせいか、笑ったのか、笑わされたのか、自分でもよくわからなかった。


 ……こんなことで笑える自分が、ちょっとだけ気持ち悪かった。

 いや、違うな。笑ったんじゃない。きっと、何かに飲まれてた。


 その瞬間、すぐ背後から――空気を滑るような、場違いな声が届いた。


「僕、妖精だよ?」


 Kが振り返るより早く、肩越しに小太りの男が覗き込んできた。

 手のひらを腰あたりで羽ばたきジェスチャーをしながら現れた。


 神官服をきた背丈がKの腰あたりまでしかない小太りの中年男性だ。

 似つかわしくない奇妙な姿だが、その目だけは澄んでいた。


「……ねぇ、それ、本当に“信仰”じゃないの? 笑った理由、さ……自分で説明できる?」


 Kは声を出せなかった。


「“笑える制度”を笑ってるうちはマシなんだ。でも、“その笑いが当たり前になる”とね、

……だんだん、疑問すら湧かなくなる。君の“祈り”は、どこへ行くんだろうね」


 男はにこりと笑った。


「信じた力って、けっこう食べるからね。君ごと。……でも、まあ、それで終わるのも悪くないよ。たぶん」


 ふっと背後に風が吹いた気がして、Kが振り返ったとき――男はもういなかった。


 ただ最後に、どこかで呟きが残った。


「妖精だからね。わかっちゃうのさ」


 Kは言葉を返せなかった。

 緊張は少し抜けた。でもそれ以上に、何か、大事な場所をズラされた気がした。



 頭上の魔道スクリーンが切り替わる。


《魔王メルリン様:高評価常連/炎上癖:やや多め》

《主な投資理由:顔面偏差値・炎属性ビジュアル特化(※自称)》


 紫のアイシャドウが濃い、細身の男の魔王がスクリーンを見つめ、目を細めた。


「あら、いい魔王ね。美しいわ……」


 Kは思わず小声で漏らす。


「……何だよこれ。市場って、こんな……サーカスみたいなもんだったか?」


 その言葉は誰に向けたものでもなかった。だが、すぐに返事が飛んできた。


「魔王娼(まおうショウ)よ?」


 男が顔を向け、艶やかに微笑む。


 Kが思わず聞き返す。


「魔王Show……?」


「ええ、そうよ。でも貴方……興味は、なさそうね」


 男は肩をすくめると、すぐに別の魔王スキャンへと視線を戻した。


「能ある鷹は爪を隠すか……」


「あなた何を言っているの?」


「艶ある男は、筋肉を隠す――」


 シャツの胸をはだけさせると引き締まった大胸筋が目の前の男の視線を釘付けにする。


「ぎょ・キューン!」


 唇を突き出し男は、言った。


「なんだそれ?」


「ギョッとして胸がキューンとしたの。野暮なこと言わせないで」


 全身を舐めるような視線を向けられ、これも一つの評価だとKは感じた。だが、それ以上に目から溢れだす思惑に気圧される。


「あなた才能あるわ。筋繊維一本一本に魔力のような物が巻き付いているように見えるわ」


 そこまで見えるのかとKは思わず自身の体を見る。

 あんな風に言われると、ほんとに“見えてる”気がしてくる。……まあ、それだけでも、少しは救われるか。


 だがこれ以上は、この者のペースに巻き込まれそうなため、踵を返す。


「そうか……」


 そういうとその場からKは離れた。


 Kはただ黙って、スクリーンに映る光景を見続けた。

 ここでは、肉体すら“数値と商品”であり、それが価値となって流通する。

 現実とは異なるが、どこかで知っていた感覚が、背中をひやりと撫でていた。




✦✦✦




✦✦✦【次回予告 by セリア】✦✦✦

「“市場”じゃね、黙ってる命から順に、測定不能にされていく。

数値にならなきゃ価値じゃない。……そういう仕組みなのよ、この場所は」


「K、あんたの選んだ剣も、言葉も、土地もさ……誰にも評価されないって、思われてた。でも、それでも――あんたは、立った。……それ、どういう意味か、わかる?」


「次回、《値札のない命》。

“売れる形”に収まらない命が、この世界に刻む“未登録の価値”。

価値ゼロのその背中に、私は……ほんの少し、投資したくなったのよ」


「そんなもん、“評価不能”ってね、時には……市場にとって、いちばん、厄介なのよ」

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