ゲーム時間で夜を迎え、空には宝石のように星が煌めいていた。月がぼんやりと浮かび、薄暗い森の中を優しく照らしている。そんな中、義経は歩いていた。
黒く艶のある長い横髪を流し、白と赤を基調とした軍服のようなコートを靡かせる。ステータス画面を確認しながら、自分のアバターの状況をみていた。
怪我や状態異常などをアイテムで直しながら、義経は城下町へと戻るべく、森の中を歩く。
このVRMMO【フォーリング・スター・オンライン】は夜になると、昼間よりもレベルやランクの高いモンスターが現れる。
さらに難点なのが、プレイヤーのレベル以上のモンスターが徘徊するのだ。そのため、無暗に夜の森を出歩くのは得策ではない。
ただでさえ、レベルが上げ難いゲームなのだ。死亡ペナルティを受けるのは痛い。
「やっとレベル20か……。本当にこのゲームはレベルがなかなか上がらないな」
サービス開始から半月だが、未だにレベル10台というプレイヤーのほうが多い。レベル20まで上げれただけ、まだいいほうだろう。
ステータス画面でアイテムを整理しながら、次はどうやってレベルを上げるかと考える。ダンジョンにでも行くか、そう思った時だった。
「いやぁああっ!」
女性の悲鳴が森に響いた。その声は近く、義経はステータス画面を閉じて駆けだす。
森の奥で三匹のゴブリンが一人の少女を囲んでいた。地面につきそうなふんわりとカールされた白髪はぼさぼさで、汚れた白いワンピースを着る少女は腰を抜かしたように座り込んでいる。
抵抗しない彼女に向かってゴブリンが飛び掛かった瞬間、真っ二つに切り裂かれた。あれと驚く少女の前に義経は立つと一気に走り出す。
握られた太刀でゴブリンを切り捨てれば、悲鳴を上げながら消滅していった。
駆け付けるも一瞬。周囲に他のモンスターがいないことを確認し、義経は少女に目を向ける。ぼろぼろの姿に攻撃を何度が受けたことは見て取れた。
「大丈夫か」
「あ、はい、なんとか……」
少女は震える足で何とか立ち上がる。そんな様子を眺めながら、ステータス画面を表示させて、義経は眉を寄せた。彼女はプレイヤーであったのだ。
ステータス画面のマップ機能には近くのプレイヤーを表示することができる。プレイヤーであることはそれが示していた。
プレイヤーならば戦えばいいだろう。義経が疑問に思っていれば、少女はあのと声をかけ頭を下げた。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「それはいいが、どうして戦わなかったんだ。魔力切れか?」
「それは、その……」
その問いに少女は表情を曇らせる。何か聞いてはいけないことだったろうか。義経が不思議そうに見つめていれば、少女はおずおずと自身のステータス画面を見せてきた。
彼女の職業は
攻撃力と防御力は全職業ワースト一位、体力は平均以下で素早さは平均あるかないか。魔力が全職業トップであるものの、サポート特化であり攻撃技は殆ど覚えない。
唯一の武器である守護獣と言われるモンスターも、ディーヴァのレベルに依存するため、低いうちは壁にしかならない。しかも、ランクの高い守護獣でなくては弱い。
ソロには向かず、パーティーを組めばその豊富なサポート技でなんとか活躍できるぐらいである。そもそも、守護獣が育たなければ戦闘には向かない職業だ。
さらに彼女のレベルは一桁。やっと五に上がったといったぐらいだ。これでは弱小モンスターを倒せるか倒せないか微妙なところ。
「そんなステータスで昼ならまだしも、夜にソロは無理だろう」
「そ、そうですよね……」
「どうして、一人なんだ。ディーヴァを選ぶぐらいだ、パーティーを組む予定だったんじゃないのか?」
ゲームを始める時にチュートリアルがあり、その時に説明が一通りあるのだ。ディーヴァがサポート向けであるのは分かっているはずだろう。
義経の疑問に少女はそのと、ぽつりぽつりと話す。友達と一緒にやる予定であったのだと。
どうやら、事前にその友人からサポートしてほしいからと、ディーヴァになることを勧められたらしい。サポート職だからと言われ、少女はそれを了承した。
最初はサポートとして頑張っていたのだが、友人から戦力外通告を受けたらしい。他のメンバーとパーティーを組むからと言われ、見捨てられてしまったのだと。
「あとから知ったんですけど……私、引き立て役にされていたみたいで……」
友人にそんな扱いを受けてショックだったが、ゲームをやめることもできず。なんとか一人でもできるようにレベルを上げるべく森に入ったと、少女は瞳に涙を溜めていた。
別にゲームを続けなくてもいいのではないかと義経は思った。嫌な思い出のあるものを無理してやる必要はない。
このゲームは一度、決めた職業から変更することができないというマイナス面がある。やるにしてもデータをリセットするなど方法はあるだろうにと。
「お前、VRMMOの経験は?」
「それがその……まともなゲームはこれが初めてで……」
「なら、ディーヴァはやめておけ。今からでもデータをリセットして……」
「で、できません!」
データをリセットという言葉に少女は声を荒げる。その勢いに義経が目を丸くすれば、少女はすみませんと俯いた。
「その……父に心配かけたくなくて……」
このゲームは父に無理を言って買ってもらったものだった。父はゲームの話を聞くのが楽しみらしく、少女は友人とプレイしていることを話していたのだという。
もちろん、職をディーヴァにしたことも父は知っている。データをリセットしたと聞いて、父が心配するかもしれないからできない。
言わなければいいだろうと思うかもしれないが、黙っていられる自信はなかった。少女は落ち込んだふうに息を吐き出す。
そんなもの気にしなければいいだろうと義経は思ったものの、彼女の性格ではそうはできないのだろう。難儀なものだなと義経は少女の話を聞いていた。
「あ、あの……お兄さんは、ゲームとか上手いほうですか?」
「まぁ、人並み程度だが……」
少女は意を決したように目を向けてきて――その瞳に義経は嫌な予感がした。
「その、私とパーティーを組んで教えてくれませんか!」
「断る」
即答であった。ゲーム初心者を育成するほど大変なものはない。そもそもソロで遊ぶ方が好きだ。そう義経が訳を話して断るも、彼女は引かず、「お願いします」とコートを掴んできた。
「まともに頼れる人がいないんですよぉ。お願いしますぅ!」
「そう言われてもな……。そもそも、お前はステータスや職業、スキルのことは理解しているのか?」
「え、えと……その、わかりません!」
なんだ、その自信満々な回答は。義経はあまりにも素直に答えられて痛む頭を抑える。
一から教えなくてはいけないのだから、大変なのは目に見えていた。なので断るのだが、少女はお願いしますと言って引かない。終いにはコートを掴みながら、土下座をしていた。
「ごめんなさい。無理を言っているのは分かっています。でも、お兄さんぐらいしか、話を聞いてくなくて……お願いしますぅ」
少女の涙を堪えながら頼む姿があまりにも不憫に思えてしまい、義経は折れた。