月影の洞窟。それは森の中にひっそりと隠れるように存在していた。朝焼けに照らされる洞窟の入り口は何処か恐ろしい。ぽっかりと空いたその穴に吸い込まれそうであった。
入口を確認して義経はマップを表示させる。ダンジョンマップを取得していないため、詳細なものではないが、道が表示されていた。
「難易度は3か。そこそこだな」
「絶対、ゲーム初心者向けじゃない難易度だ……」
こまちの言葉を無視し、マップに表示された難易度に義経はふむと考える。難易度3はゲーム初心者がいることを考えれば、多少難しくなった程度か。
(これならば、問題はないか)
義経は行くぞとランプを片手に洞窟の中へと入っていけば、こまちも恐る恐るといったふうに着いてきた。
ぽちゃんと雫が滴る音が洞窟に響く。それ以外は静かなもので、モンスターが飛び出てくる気配がない。不審に思いながらも奥へと進んでいく。
しゅっと何か音がした瞬間、義経は飛び避ける。ガンっと壁に突き刺さるのが視界に入った。
確認してみればそれは細長い矢のようなもので、ダンジョンに仕掛けられた罠が発動したようだ。こういった罠が仕掛けられているのは、ダンジョンでよくあることである。
これは危険だと義経が気を付けるようにと振り返って、はぁと深い溜息を吐き出した。
「ひぇぇえ、助けてください~」
こまちが粘液のような糸に絡まり、天井から吊るされていた。いったい、どうしたらそうなるのだ。
義経は太刀を抜いて糸を切れば、落ちてきたこまちは腰を打ち、痛そうに呻いた。
「罠には気を付けろ。変なものには迂闊に触るな」
「わ、わかりました……」
腰を抑えながら立ち上がったこまちだったが、ふらりと足元を躓かせた。小さく悲鳴を上げながら手を壁に触れる。
カチ。何かが嵌る音がした。
「うん?」
なんだろうか、こまちが首を傾げる姿に義経は眉を寄せた――嫌な予感がして。
カサカサと足音が響く。後ろを振り返れば、奥のほうから何かが走ってきた。
蜘蛛だ。こまちの膝丈ほどの大きさの複数の蜘蛛がわらわらとやってくる。
(二体、いや三体だ)
義経は武器を構える。三体であれば、倒せなくはない。これは逃げるよりも、経験値にしたほうが旨みはある。
「お前も武器を、守護獣を出して自分を守るように指示を出せ。あと、ステータス強化系の技を俺にかけろ。いいか、俺の後ろより前には出るな」
「は、はい!」
こまちは腰につけていた守護獣の秘石に手を振れる。すると、月の影のように淡い鱗を持った西洋竜が姿を現した。
こまちはムーンシャドウドラゴンに言われたように指示を出す。ムーンシャドウドラゴンは咆哮し、守りの構えをとった。
戦闘領域に達し、義経は飛んだ。一匹の蜘蛛を斬り裂き、技を繰り出す。炎を纏った刃は途端に蜘蛛を燃やした。
悶え苦しむ蜘蛛を他所にもう一匹が義経に襲い掛かる。糸を吐きつけられ、素早さが低下した。
デバフをかけられたと思っていればm歌が響く。すると、光の塵が義経に纏い、ステータスダウンが無くなっていた。ディーヴァであるこまちがサポート技を出したようだ。
それに気づいたもう一匹の蜘蛛がこまちに飛び掛かかるも、主人を守るようにムーンシャドウドラゴンが翼で弾き飛ばす。
飛んできた蜘蛛の隙を逃さず、義経は太刀を突き出した。ぐさりと蜘蛛の身体を突き抜ける刃、ぼっと炎が溢れ燃え上がる。そのまま勢いよく振って引き抜く。
燃えながら地面に叩きつけられた仲間に、残った蜘蛛は逃げようと引き返す。それを見過ごすことを義経はしなかった。
さっと前に出て再び技を発動する。炎を纏った刃が逃げる蜘蛛目掛けて振り下ろされた。
灰となった蜘蛛たちはアイテムをドロップさせる、僅かなGと素材だ。素材は下位のものであるが、売れば多少の金にはなるだろう。
太刀を仕舞い、こまちを見れば驚いているのか目を見開いてた。義経がどうしたと問えば、「一瞬でしたね」と返ってきた。どうやら、早期決着が凄いと思ったらしい。
「これぐらいの下級モンスターならば、さくっといける。まぁ、ディーヴァでは無理だが」
「そう言えば、義経さんは職業なんですか?」
「
「ぱらでぃん」
「分かっていないな、お前」
舌足らずに言うこまちに義経は呆れたように溜息をつく。
パラディンという職業は分かりやすく言えば騎士だ。このゲームでは聖騎士という扱いである。近接攻撃を得意とし、アンデット族に耐性をもつ職業だ。
「攻撃力は全職業トップだ。メジャーで人気のある職業だな」
「他には何があるんでしょう?」
「
「その、あの……えへへ」
えへへではない。じとりと予が見遣れば、こまちは目を逸らしながらごめんなさいと謝罪した。
覚えていないものは仕方ない、一からまた覚えなおせばいいことである。責めることでもないので、覚えろよと言って義経はムーンシャドウドラゴンのほうを見た。
ムーンシャドウドラゴンを出し入れする作業が手間だ。洞窟型のダンジョンなため、狭い空間ではあるものの、移動には問題ない。
「ムーンシャドウドラゴンは出したままにしろ。いつでも戦えるようにするんだ」
「わ、わかりました」
こまちの返事を聞き、再び二人は歩き出す、はずだった。ふわぁっと小さく鳴いたかとおもうと、こまちが転げたのである。そして、発動する罠。
飛び出る岩の棘を避けた義経に、こまちが謝ろうと動こうとし、それを止めた。
「動くな、壁に手を付けるな」
「うぇ、でも先に進めませんよぉ」
薄々、気づいてはいたが、彼女は俗にいうドジっ娘というやつではないだろうか。確かに洞窟内は足場がよくはないが、そう何度も転げるほどではない。
さらに狙ったかのように発動する罠の数。なんだ、不運スキルでもついているのかというほどの起動率。
どうしたものかと義経は考えて、よしと小さく呟く。
「……だ、大丈夫でしょうかこれ」
「これしかないだろう」
結果、こまちが義経のコートを掴んで歩くということで落ち着いた。とにかく足元に注意を向けさせ、壁の罠を発動させないようにする。これができるのは誰かにしがみつくほかない。
こまちの背後は守護獣であるムーンシャドウドラゴンに任せることにする。これで幾分かは良いだろう。
気を取り直して洞窟内の探索を開始した。