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亡霊塚③




 どれ程の時間をこうしているのだろう。


 どす黒く小高い山があちこちに出来上がっている。

 それは土鬼ノームの骸が積み重ねられた小高い山であり、今もなお土鬼ノームの軍勢は仲間の死を踏み締め、蹴り出し、乗り越え、狂った奇声を発し、目の前の野伏と魔導師に飛び掛かる。

 そして斬り伏せられ、山をさらにうずたかくする。

 それは永遠の反復行動。

 光の球が照らしているとはいえ、それでも暗がりの中、最後の方は、土鬼ノームが放つ二つの小さな緑色の光——小さな瞳のそれを追いかけ斬り伏せていく。


 緑が見えれば斬る。

 緑が見えれば斬る。

 緑が見えれば斬る。

 緑が見えれば斬る。

 緑が見えれば斬る。


 それの繰り返しだった。

 斬れば噴き出す土鬼ノームの鮮血を浴び、腐臭に顔を歪め意識が朦朧とする。

 アッシュとアドルフの身体は、そうして次第に鉛のように重くしていった。


 奇声。

 腐臭のする返り血。

 仲間の屍を踏みつけ飛びかかる嫌な音。


 その全てが一行の正気を削り取っていった。


 これがアドルフの云っていた土鬼ノームの脅威なのだろう。

 数の暴力。

 無心の狂気。

 盲目の威勢。

 何かそういった狂ったものだ。

 しかしだ。どれほど狂っているのかと云えば、その一点においては、そんな最中でも正確に屍を積み上げていく二人もそうなのかも知れない。






 あアぎゃああああああ!


 最後の土鬼ノームがアッシュの右肩の直ぐ上で断末魔の叫びを上げた。

 横穴を濡らした鮮血に足をとられたアッシュがよろめくと、そこを目がけ飛びかかった土鬼ノームをアドルフが斬り裂いたのだ。

 身体を真っ二つにした土鬼ノームが、ゴロンと小高い山に転げていった。

 そうして永遠の狂気はを見た。






「きっつ」

 体力の限界を覚えたアドルフは、そのまま前のめりに倒れ込むと、血溜まりに両手をつき肩で息をした。珍しく余所行きの言葉ではなく腹の底からの本音を短く漏らすのだから疲労は相当なものなのだ。

 魔導で底上げされた能力は、それ自体は本来無かったものを与えられた訳ではなく、本来ある力の限界点を開放するという側面を持つ。普段は使わない筋肉に神経、そういったものまでも総動員するのだから<言の音>が切れた後の反動というものは、持続時間が長ければ長いほど酷くなる。


「こ、これで最後ですかね——」


 アッシュも堪らずその場に崩れ落ち両手を後ろにつき身体を支えていた。

 振り返ればエステルも座り込み肩で息をしている。これほど長く<言の音>を紡ぐことは、滅多にない。そんなことを易々とできるのはきっと魔導師ジーウくらいのものだ。

 「ええ」と答えたアドルフは、顔を横にしてエステルを見ると「そりゃそうなるよね」と小さく呟いた。







「この娘達は三階から連れてこられたみたいです。横穴の先に小さなホールがあって、そこで輪姦される寸前で逃げ出したと」

 ブリタはそう云うと座り込んだ三人に小瓶を渡し、薬を飲むように薦めた。一度口にすれば身体中が熱くなるのだが、それは嫌な熱ではなく活力がみなぎるようで心地良い。ブリタは<障壁>の中で二人の娘を手当し、気付け香を嗅がせると、何があったのかを聞き出していたのだ。


 土鬼ノーム達の中でもリーダー格の一団は商隊の中で年頃の女を見分け、騒動のなか三十名ほどを<亡霊塚>まで連れ去ってきたのだそうだ。その中には女兵士も居たそうなのだが、果敢に挑んだものの、数に押され切り刻まれ命を落とした。

 第三階層に連れていかれると彼女達は幾つもの小さな部屋に振り分けられ鉄格子の向こうに隔離された。しばらくすると、一人、一人と部屋から連れ出され何処かへ連行されたそうだ。更にその後に、どこからともなく泣き叫ぶ声が響き渡ると、断末魔に変りそして途絶えていった。

 それは恐らく喰われるのか犯されるのかしたのだと思うと、女の一人が目を白黒させ——気が触れたのか、薄ら笑いながら歯を鳴らしそう云った。


「酷いですね」


 それにアッシュは苦虫を噛み潰したような顔で心の声を口に漏らした。

 かたやアドルフは「生き残っている人は?」と冷静に、まだ幾許かは落ち着いている方の女に確認をする。訊かれた彼女は「わからない」と短く答えたが、はっとした顔をすると「木の扉」とやはり短く云ったのだ。


「木の扉?」

「ええ、何人かは鉄格子の小穴ではなくて木の扉の部屋に連れていかれたわ。そっちの娘達が、どうなったかは分からないけれども」

「なるほど」と、アドルフはそれに眉をひそめ相槌をうった。

「どういうことですか?」


 ブリタは小瓶を回収しながらアドルフに訊ねると、まるで宙にある袋へ手を突っ込むような仕草をし、そこから二着の丈の長い褐返色のチュニックを取り出した。

 それを二人の女に手渡すと「私の服ですが、これを着ておいてください」と、着替えるように伝えた。そして、それをぼんやり眺めたアッシュとアドルフの顔を掴んで逆を向かせると「着替えてもらうので」と、少々乱暴に云った。


「ああ、ごめんなさい——この下の階には土鬼ノームの女王が居るかも知れないと云いましたよね? 恐らく、その木の扉の向こうに女王なのか、それに等しい存在が居てそこへ連れていかれたのかも知れませんね」

「女王への供物とか、そういうこと?」と、次第に体力が回復をしてきたエステルが、ようやく口を開いた。

「ええ、その可能性はあるかと。もしかしたらまだ生きているかも知れません」


「それでは——」と、アッシュは顔をしかめながら立ち上がると、累々と積み上げられた土鬼ノームの屍を蹴り飛ばし、向こうにあると聞いた小さなホールへの道を開け始めた。

 きっとそのホールの先に下の階層への階段があるはずなのだ。

「少し休んだら行きましょう」とアッシュは続けた。

「そうですね」と一同はアッシュに倣うよう、その先への道を切り開くため土鬼ノームの屍をどけるのを手伝った。









 四人と二人は、はたして、そこにあった二階層の小ホールを抜けると三階層への階段を発見する。重くなった脚に鞭を打つと、二階層の階段よりも幅広なそこを下っていった。

 明らかに幅広い造りである下り階段は巨大な何かの通り道のようで、実際のところ、階段は擦り切られ削られている。対流する空気は澱んで来たし、ツンとした臭いが混じるようになってきた。


 つまり、上の階とだいぶ様子が変わってきたということだ。

 アドルフはこれに違和感を感じ顔をしかめた。

 三階層目があることは聞き及んでいる。しかしそれは明確な情報ではなかったから確証はないが、空気も景色も何もかもが、まるで別のもののように感じられた。

 本当は二階層より下は存在していなかったのではないかと。

 石造りの階段も暫く降りていくと、次第にその様相を変え、硬質で透明であるが白濁とした何かに覆われるようになってきた。その硬質な何かも表面が何かに擦り切られ削られている。明らかにが通った跡のようだった。


 そうして階段は様相を変えながらぐんぐんと地の底に向かって螺旋を描いた。









 二階層から三階層への螺旋階段では上の階で見つけたような横穴は見当たらなく、一行は目の前の足場だけに注意を払い歩くことが出来た。だから比較的に早く三階層、<亡霊塚>の最深部に辿りつく事ができた。


「うわ、上よりも俄然と大きいですね」とアッシュが感嘆の声をあげる。

 随分と広い踊り場のようになったそこから横に伸びる横穴——というには大き過ぎるが上の階と比べ物にならないほどに天井が高く、光の球を上に向かわせると遂には輝きが見えなくなってしまう。

 救出した二人に確認をすると、横穴のどん突きに、先ほど伝えた木の扉があるのだそうだ。暫く真っ直ぐ歩けば、両側の壁に足場が見えてくるそうで、そこには無数の小さな横穴があり、彼女達はそこの一つに囚われていたそうだ。


 云われるがままに真っ直ぐに歩くと、その足場が見えてきた。

 木の足場は両壁に三段づつ組まれ永遠と横穴の奥に伸びている。壁面には幾つもの小さな横穴が穿たれ鉄格子が乱暴にはめられている。きっとその中に何かを捕らえ、つなぎ止める部屋なのだ。それは、見ようによっては土鬼ノームの食糧庫なのかも知れない。


 耳を澄ませば何処かからか、何かが蠢く音が聞こえてくる。


「なんで隠れているのかしら?」と、エステルはそれに尤もな感想を口にした。

「何がですか?」アッシュはそれに答え、素早く光の球を動かし足場の方を確認する。

「上の階ではあんなに必死に襲いかかって来たのに、なんでここでは?」

「ああ、土鬼ノームが隠れているということですね。確かに」とアドルフがそれに同意した。


 エステルの直感は確かに的を得ているといえた。

 三階層に降りてからここまで、一匹も土鬼ノームを見ていない。しかし、何処かからか監視はされている。そんな気配だけが一行に付き纏うのだ。その中、天井からなのか横穴の奥からなのか。微かに薄く引き伸ばされた大気の音が、ふぉおおおおと鼓膜を触っていく。


 随分と騒がしい静寂だ。

 一行は警戒を強め先を急いだ。


 アッシュは忙しなく光の球を操り、両壁の足場の穴という穴を照らした。そこに誰か居るのであれば何かしらかの反応があるだろうと期待をしてだ。しかし、一向にその気配はなく「捕らえられた人達はどこへ——」と半ば、これがどういう状況であるかを察してはいたが、僅かな期待を捨てず口にした。

 暫く歩くと、女が云っていた木の扉が見えて来た。

 木の扉と云うには大き過ぎる扉はまるで砦の門のようだったし、実際のところ何か禍々しい紋様が描かれ、その先に在るものが特別な何かであることを窺わせた。


 きっとこれが女王の門なのだ。







「生き残りが居るのならば、ここでしょう。中に入りましょう」

 アドルフは、ただただ無言で付き従う女二人の様子を一瞥し、特に変わった反応もなかったから、ゆっくりと扉に手をかけた。


「いきますよ?」


 今度はアッシュ達に目を配り、少し右手に力を入れる。

 扉は最初、ギギと硬い音を立てたが、開けることはできそうだった。それを見守った三人は、それぞれ「はい」と同意すると、少しだけ顔を引き締めた。

 はたして扉はすんなりと開かれた。キキキと幾許か高い音をたてながら内側に開かれた扉の先は、驚くほどに広大な岩場の大広間だった。

 水溜りというには大きく、湖というには小さい池のようなものが、その中央に横たわっている。それは蒼く青く碧く輝きを放っているように見えた。


 更にその中央には小島が浮かび——くたびれた王座が二つ、静かに主人の帰りをまっている。全くの暗闇に浮かんだ青い池の周囲だけが明るく、その外は澱んだ暗闇が光を嫌い慄いているようだ。だから身を寄せ合った闇は濃度を増し、岩場も何もかもを覆い隠している。

 そこには、まるっきり、すっかり、命の気配はない。

 土鬼ノームのそれだって感じられない。だから、池の青は随分と冷たく、生存者の希望が断たれたことをアッシュ達に知らせている。


 どこからともなく、ふわりとした風がアッシュの頬を撫でていった。風は相変わらず澱み生暖かい空気を運んだ。腐臭は更に濃くなり、鼻の奥を刺激するツンとした別の臭いもそうだった。気が付けば、それに合わせ水が飛び散るような音も聞こえてくる。一行は口に巻きつけた布の上から手をあて、それに顔をしかめた。

 救出された二人はブリタの申し出を断り素顔を晒したまま立ち尽くした。苦しむ様子もなく二人は、顔を強張らせてはいるが、薄らと笑っているようでもあり、何かを囁いているようにも見える。


 耳を澄ませば風の音の中にこんな言葉が織り込まれているようにも思えた。


「嗚呼、愛おしい愛おしい」

「嗚呼、狂おしい狂おしい」

「嗚呼、帰ってきてくれた」

「また私達を助けてくれる」





「あの子達大丈夫かしら……」

 心配をしたのはエステルだった。ブリタは「わかりませんね——ただ、少なからず気が触れてしまっているかも知れないです」と、それに答えにわかに悲痛な表情を浮かべた。薬師として十分な手当をしてやれなかったと自分を責めているのかも知れない。エステルはそんな風に思うとブリタにかけてやる言葉が見つからなかった。


 アッシュもブリタのその言葉に目を向けていた。

 そして、辺りを見渡す。疲労困憊のエステルにアドルフ、無念さに顔を沈めた様子のブリタ。生き残りの二人は、自分達だけが生き残ったことへの罪悪感なのか、はたまたは自身に降り掛かった恐怖へなのか、気が触れてしまっているのかも知れない。

 アッシュが望んでやってきた事の結果がこれだった。どこにも欠片も、ほんの少しも、喜びや希望は転げてもいない。大人しく云われた通りに王都へ向かっていれば、こんな気持ちにならなかったのだろうか。アッシュは静かに目を瞑った。


「アッシュさん、大丈夫ですよ」


 肩を落としたアッシュに優しく声をかけたのはアドルフだった。

「このまま、あの二人を連れて帰れるだけでも上々です」

 その言葉にアッシュは目を開き、顔を上げ「アドルフ——」と声を詰まらせた。

「希望は断たれたかも知れませんが、でも、結果は持ち帰りましょう。ここの探索をして連れ去られた人達の痕跡を見つけましょう。光をお願いしてもいいですか?」


 アッシュはかぶりを僅かに縦に振ると、一歩前に出て歯を食いしばった。

 そして狩猟短剣を腰から抜くと、手を鳴らした。すると如何だろう。無数の光の球がアッシュの手から放たれると、それは意思を持ったように隊列を円形に組み、小島の方へ向かうと王座の上で方々に弾けた。


 弾け広がった光の球が、肩を寄せ合った闇を振り払った。

 段々と薄まる闇の痕に大広間の光景が露わになっていく。




 一行は息を呑んだ。




 目の前に広がった光景は——青い池を中心にアッシュ達の爪先にまで敷き詰められた、何かの骨の絨毯だった。ボコボコとした岩場だと思っていたものは全て、その骨にへばり付き分厚く層を成した白濁とした透明な何かが、折り重なりそう見せていたようだ。

 その光景にエステルは顔を背け目を閉じ、ブリタは静かに目を細め静観した。

 アドルフは「これは——」と呟くと、少し前に転がった白骨の一部に手をかけ、その様子を探る。アッシュはその場に立ち尽くし、ただただ目を見開き絶句した。


「皆さん、あれを」

 ブリタは冷静に大広間の光景に目を凝らしていた。

 そして光の球が届かない大広間の上空、王座の直上を指差した。

 しなやかでほっそりとした指が差したその先——三人はそちらに目を凝らす。そして、段々と馴れてくるとブリタが差したものの正体を認識した。


 それはあまりにも大きい。

 それはあまりにも醜い。

 それはあまりにも不快な、脈打つ巨大な肉塊が天井と思しきところからぶら下がっていたのだ。それが脈打つ度に梨をひっくり返したような格好のの先から風が噴き出て、あの腐臭を放った。それと一緒に撒き散らされる白濁とした粘液のようなもの、それが固まったものこそ白骨にへばり付いた何かの正体なのだろうと想像がついた。


 絶句をした一同が、ギギギと背後の大扉がなったのを耳にしたのは、再び腐臭の風が撒き散らされた時だった。

 四人はそれへ咄嗟に反応し、それぞれが得物を構え振り返った。そして、気が触れてしまったと思われた二人の娘が、大扉を重たそうに閉じる光景を目の当たりにしたのだ。


「何をしているのですか!」

 叫んだのはアドルフだった。

 それに二人の娘は耳を貸さず、扉を閉め切り振り返ると、ゆっくりとした足取りで一行に向かって歩き始めたのだ。


「亡霊塚。亡き者の霊を祀る場所。そうね。私達は神に影を穿たれ亡き者とされた。人はそんな私達を嘲笑い暗闇の中へ投げ捨てたの」


 掠れていたが何処か清らかな不思議な声で、娘が云った。

 とんと今まで気が付かなかったのだが、彼女はそう云いながら髪をかきあげ耳を露わにすると、それは少し長く上に尖っているのがわかった。尖った耳は、創世記に描かれた原初の種族、最初に大地へ降り立ったエルフを彷彿させた。


「まさかエルフ?」


 目を丸くしたエステルが呟くとブリタは「かも知れないですね」とエステルに肩を並べた。

「でも、それは神話の中の——本当に居るなんて」


 アッシュはエステルとブリタの顔を交互に見ると、真偽を問うよう最後にアドルフの顔に目をやった。アドルフはそれに黙って肩を竦めるとエステルとブリタに「下がっていてください」と静かに云い二人の前に位置取った。

 その様子を眺めながら二人の娘は、まるで双子が自然と調子を合わせるようゆっくりと歩き、一行に向かうことをやめなかった。


「神話。神代の刻。それすらも神の定めたことわりね。影を穿たれた私達は私達の子として定められた土鬼を産むことだけを強要されたわ。嗚呼、アッシュ・グラント。それはあなたも知っているわよね。かつて私達にその刃を突き立て、その呪いから救ってくれた筈だった。でもね、ことわりはそれを許してくれなかった。私達の子宮は今でも、ああやって鼓動している。六員環の呪いは永遠なの」


 二人は同じ言葉を高音と低音で斉唱するよう口にした。掠れてはいるが清らかな声。不思議な声。重なるこえ。それは地の底に漂う蜃気楼だ。不確かなものを確かなもののように魅せ心を揺さぶる。


 確かにその聲はアッシュを知っていると云った。

 確かにその聲はあれが自分達の子宮だと云った。

 確かにその聲はそれは六員環の呪いだと云った。


 そうやって四人はただただ娘達が口にした言葉の余韻に満たされる。

 そのうち背後でぶら下がった巨大な肉塊は身体を震わせ、またあの腐臭の風と白濁とした粘液を撒き散らした。



「これはまるっきりの想定外ですね」

 余韻に満たされた沈黙を破ったのはブリタだった。

 すると咄嗟に背後を振り返る。巨大な肉塊が身体を震わせながら、耳を覆いたくなる不快な音をたて上から降りてきているのに気がついたからだ。


「めちゃくちゃですね。まさか六員環がまだこの世界に居たとは」

 アドルフは黒鋼の短剣を構え、四人の前にまでやってきた娘達に鋭く視線突き立てる。

「ど、どうするの?」エステルは慄きアッシュの元に駆け寄った。

「アドルフ、あれは一体——」

 アッシュは駆け寄ったエステルを迎え短剣を構え振り返る。

 今では二つの王座を下敷きにした巨大な肉塊が池に身体を降ろしたのを見届けた。


「かつてのアッシュさんが屠ったと語られた六員環、禁忌の術で呼び出された悪魔。あれは暗闇の女王達——オーバリーとファロピアン。まさか土鬼ノームの女王が、彼女達だったとは——」

「アドルフ、あいつ——足が、いや、手が——」


 アッシュに言葉を遮られたアドルフは、それに異常を感じ振りかえった。


 ドドドド——グチャグチャと大きな音を立てながら巨大な肉塊は身体の両脇から脚とも手ともわからない、何かそういったものを突き出していた。そして、ついに敷き詰められた白骨の絨毯を踏み締め、巨大な——四人が見上げるほどの体躯をもたげ、歩き出そうとしていたのだ。


 二人の娘——アドルフがオーバリーとファロピアンと呼んだ娘は、ゆっくりと両手を広げた。すると巨大な肉塊の尻すぼんだ下側から伸ばされた二本の触手は、目にも留まらぬ早さで彼女らに巻きつき、そして王座のあった小島の方へと連れさり、ゆっくりと降ろした。彼女らは小島に立つと高らかに嗤いこう云った。


「さあ、狂宴の刻を始めましょう」




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